・2-16 第97話 「旅の商人・マオ:2」
彼が自身の身ぐるみまで売り飛ばして買い込んだという、商品。
それはいったいなんなのか。
源九郎もフィーナも、興味深そうな視線を彼へと向けていた。
そこまでして買うのだからよほど貴重なものに違いなかったし、それほどに珍しいものならば一目でいいから見たいと思うのだ。
「こ、困りましたにゃ」
しかしマオはあまり見せたくないらしい。
心底から参った、という表情で、自身の右手で額の辺りをぼりぼりとかいている。
その仕草に、源九郎はなんだかきな臭いものを感じた。
「おいおい、まさか、危ないモノじゃないだろうな? 盗品とか、違法なモノとか」
「ち、違いますにゃ! ミーはそんなものには手を出したりしませんにゃ! 」
まさかと思いつつたずねると、マオは慌てたように両手をバタバタと振った。
それから、「仕方ないですにゃ」と呟き、後生大事に身に着けていたポーチを取り外し、フタを開く。
中から出てきたのは、━━━金貨、だった。
よくある円形の硬貨で、表面には人間の似顔絵、裏面には太陽を模しているらしい、丸の周囲に三角形のギザギザで光の広がりをあらわしている図柄が刻み込まれている。
金はほとんど腐食しない金属だったから、それらはすべて作られた当時のままの、美しい姿を保っていて、焚火の炎を反射してキラキラと輝いていた。
それが、十枚ほど。ポーチの中に入っている。
「すげぇ! 本物の金貨だ! 」「おら、金貨なんて見たことねーだよ! 」
その黄金の輝きに、源九郎もフィーナも双眸を見開いていた。
「ふふん、金貨は金貨でも、ただの金貨じゃないんですにゃ」
するとマオは少し得意げになって、ポーチから1枚取り出し、見えやすいようにかざした。
「これは、正真正銘、本物の! プリーム金貨なのですにゃ! 」
どうだ、すごいだろう。
マオはさも自慢げな様子だったが、源九郎はきょとんとしてしまっていた。
金貨というだけでも価値があることは間違いないのだろうが、この異世界についての知識をほとんど持っていない彼からすれば、なにがどう他と違うのかわからない。
「ぷ、プリーム金貨!? ほ、本当だっぺ!? 」
フィーナは、その価値を知っているらしい。
彼女は身体をのけぞらせながら口元に手を当て、全身で驚きの大きさをあらわにしていた。
そんな彼女に、源九郎は小声でたずねる。
「なぁ、フィーナ。プリーム金貨って、なんなんだ? 」
「んへっ!? おさむれーさま、知らないんだべか!? ……あ、いや、おさむれーさまは遠くから旅をして来たんだし、知らないのも当然だべか」
フィーナは信じられないという顔を見せたが、すぐに納得してうなずくと、プリーム金貨というのがなんなのかを教えてくれる。
「えっと、おらも長老さまからお話に聞いてるだけなんだべが、プリーム金貨っていうのは、ずっと昔にあった大きな国が発行した金貨なんだべ。そんで、なんでも金のがんゆうりつ? っていうのがすっごく高くって、今ある金貨の何倍もの価値があるっていうんだべ」
「そうです、その通り! これはその、大変に価値のあるプリーム金貨なのですにゃ! 」
そこへ、興奮した様子のマオが、熱っぽい口調で会話に加わって来る。
「かつてこの辺り一帯は、一つの、大きな国が治めていたのですにゃ。それは大変に栄えていた国でして、鉱山から金がたくさん採掘されていたのですにゃ! その古王国で鋳造されていたのが、このプリーム金貨! なんとこれ一枚で、メイファ金貨なら八枚分、アセスター銀貨なら十枚分もの価値があるんですにゃ! それをミーは、一枚をメイファ金貨四枚で買ったんですにゃ! これを王都に持って行って両替商に持って行けば、なんと、ミーの全財産が倍になってしまうんですにゃーっ! 」
「お、おう、そうなのか? 」
その勢いに、源九郎は面食らってしまう。
隣ではフィーナがマオと一緒になって興奮し、「すごい、すごいっ! 」と瞳を輝かせながらぴょんぴょんと飛び跳ねているのだが、メイファ金貨とか、アセスター銀貨とか、知らない通貨単位が飛び交っているためにまったくその価値が把握できないサムライには、とてもついて行くことのできないテンションだった。
「とまぁ、そういうわけでして、ミーの商いの成功は約束されているのですにゃ。ただ、行き倒れになってしまってはすべてが水の泡になってしまうところでしたにゃ。お二人とも、あらためて感謝申し上げますにゃ。もしご入用でしたら、ミーのこの全財産からいくらかお支払いもいたしますにゃ」
盛り上がって来たところだったが、急に真顔になったマオはそそくさと金貨をポーチの中にしまいこみ、首のあたりにしっかりと身につけ、かしこまって頭を下げて来る。
(ははぁ、なるほどな)
その仕草で、源九郎はマオがなぜポーチの中身を見せたがらなかったのかを理解した。
行き倒れになっていたところを救われたのだから、お礼をよこせ。
そう言われることを警戒していたのだ。
もしマオが無一文であったなら誰もそんなことは言わないだろうが、こうして大金を持っていることが分かってしまうと、どんな善人であろうとも欲が出てきてしまう。
本当は金貨のことを言いたくなかったのに違いない。
せっかくの儲けがなくなってしまうかもしれないし、もし相手が欲深い人間たちであったのなら、「殺してでも奪い取る! 」となってもおかしくはなかったのだ。
しかしそれでもポーチの中身を明らかにしたのは、源九郎とフィーナなら野盗のマネごとはしないだろうと信用してくれたからに違いなく、マオもある程度の謝礼を支払わなければならないことを覚悟し、そうするつもりがあってのことなのだろう。
「なぁに、心配すんなって、マオさん。謝礼をよこせなんて、言わねーからさ」
マオの葛藤を察した源九郎は苦笑しながら肩をすくめてみせていた。
謝礼をもらうことができればこれからなにかと役立つはずだったが、かといって、最初からそれが目的で人助けをしたわけではない。
ここで欲を出したらつまらないと、そんな風に彼は考えていた。
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