・2-15 第96話 「旅の商人・マオ:1」

「いやぁ~、どーも、どーも。助かりましたにゃ~」


 行き倒れの猫人(ナオナー)族を拾ってからしばらく後。

 フィーナが作った魚の燻製を平らげたマオは、満足そうなほくほくとした笑顔でぺこり、と頭を下げた。


「とりあえず、元気になったみたいで良かったです」


 その感謝の仕草に、源九郎も嬉しそうにうなずく。

 最初は驚きかされたものの、結果として人助けができて良かったと思っているのだ。

 しゃべるネコ、という存在に対する驚きは当然あった。

 しかしここは彼がかつて暮らしていた地球ではなく異世界であると考えれば、こんな、メルヘンチックな生き物がいたとしてもすぐに受け入れることはできる。

 むしろこの出会いに、源九郎は少し浮かれていた。いよいよ、異世界の冒険らしくなってきたなと思うのだ。


「む~。一匹くらい、おさむれーさまに食べさせてあげたかっただ」


 対照的に、フィーナは不機嫌そうなジト目でマオのことをねめつけていた。

 というのは、今後の保存食にと作った六匹の魚の燻製をすべて食べられてしまったからだ。やっとの思いで確保した食料だったのにこんなに早くなくなってしまって、残念がっている様子だった。


「大変美味しい魚の燻製でしたにゃ~。お嬢さん、料理がとってもお上手ですにゃ~」


 マオは揉み手しながら、謝るのではなくそう言って料理の腕前をほめる。

 もう食べてしまったことは変えられないのだから、とにかく機嫌を直してもらおうとしているのだろう。

 ただ、魚が美味しかったというのは嘘ではなさそうだった。

 行き倒れになるほどの空腹だった、というのももちろんあるのだろうが、マオの食べっぷりは見ていて小気味よいほどであり、六匹の魚があっという間に彼の胃袋に飲み込まれていく様は圧巻だった。


「フン! 食べ物の恨みは恐ろしいって、昔っから言うべ! 」


 しかし、フィーナはツンとした態度を崩さない。


「にゃ、にゃ~、困りましたにゃ~」


 その頑な態度に、マオは途方に暮れた顔で源九郎の方へ顔を向ける。

 助けを求めているらしい。


「ま、まぁ、いいじゃねぇか、フィーナ。人助けになったんだからさ。それに、これからも旅は続くんだから、また機会はあるだろ? 」

「それは、そうだんべぇけど」


 フィーナはまだ不満そうではあるものの、機会はこれからもあるさという言葉にはまんざらでもなさそうで、ふくれっ面のまま源九郎のことを横目で見つめる。

 彼女としても、人助けできたことは嬉しいのだ。

 しかしそのために使った魚の燻製は、やっとの思いで今後の旅を続けるために用意したものであり、なにより源九郎に食べさせたくて一生懸命に作ったものだった。

 出来上がりには自信もあったので、一匹も食べてもらわないうちになくなってしまったことが残念でならず、彼女の心中は複雑だった。


「この埋め合わせは、後で必ずさせてもらいますにゃ~」

「その言葉、おら、しっかり覚えておくだよ! 」


 悔しさの入り混じった視線でマオをねめつけるフィーナだったが、一応それでこの場は納得してくれるつもりでいるらしく、源九郎はほっとして肩をすくめてみせた。


「それで、えっと、マオさん? 猫人(ナオナー)族なんだって? 」

「はいですにゃ。ミーは、旅の商人をしておりますにゃ」

「旅の商人? 行商人っていうことか? 」

「そんなところですにゃ。あっちで安く仕入れたものを、高く買ってくれそうな人がいるところまで運んで売る。そうやって生計を立てておりますにゃ」

「それが、どうして行き倒れに? 」


 せっかくなので相手のことを知りたいと源九郎が話題を振ると、マオもそれに応じてくれる。


「それが……。ちょっと、商売で調子に乗り過ぎてしまったのですにゃ」


 行き倒れになっていた理由を問われたマオは、辛そうに顔をうつむけた。


「ミーは、数日前に別の行商人と出会ったのですにゃ。そしてその行商人が、なかなか良い商談を持ちかけてきたのですにゃ。とある商品を、相場よりもずっと安く売ってくれるというお話だったんですにゃ! 」

「安く仕入れができるなら、良かったじゃねぇか。……あ、まがい物つかまされて無一文になっちまった、とかか? 」

「いえいえ、ミーもプロですから、まがい物かどうかは見抜けますにゃ。……ですが、無一文というのは本当ですにゃ。というのは、その商人の提示した条件があまりにも良くて。ミーはついつい、全財産をはたいてその商品を買い込んでしまったのですにゃ」

「……なるほど。それで、マオさん裸なんだべか」


 勢いで全財産を投げうってしまったことを恥ずかしそうに身悶えしているマオに、まだ完全には機嫌が直ってはいないものの、話には興味があるらしいフィーナが三白眼を向ける。


(あ、服とか着るんだな、本当は)


 マオはズボンらしきものをはいてはいたがそれ以外に衣服はなにも身に着けていなかったから、源九郎はてっきり、彼ら猫人(ナオナー)族は動物の猫と同様に体毛を頼みに暮らしているのだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。

 彼らもまた、人間と同じように衣服を利用するようだった。


「そうなんですにゃ……。あんまりお買い得で、王都までもっていけばそれだけで莫大な利益になる勘定でしたにゃ! ここは一発当てる時! と、ついつい熱が入ってしまって、身ぐるみまで売って買い込んでしまったんですにゃ……」


 まるで飲みの席での醜態を後から見せつけられているかのような、心底から恥ずかしそうな様子でマオは両手で頭を抱えて身をくねらせている。


「へー、それで、いったいなにを買ったんだい? 」

「そ、それは、ですにゃ……」


 貴重な食べ物を分けてもらったお礼という意味もあってかこころよく質問に答えてくれていたマオだったが、源九郎にそう問われると言いよどんだ。

 その手はおそらくは無意識に、彼が首に身に着けているポーチへと向いている。

 どうやらそのポーチの中身が旅の商人から買った大変お買い得な商品であるらしかったが、どうにも、それがなんであるのかは言いにくい様子だった。

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