・2-11 第92話 「サムライと元村娘:2」

 新鮮な焼き魚。

 少々の塩を振って、ただ焼いただけの料理。

 シンプルだったが、それは間違いなくごちそうだった。

 口の中であふれた唾液が涎になって垂れそうになるのを慌てて飲み込みながら、元気よく腹の虫をならしていた源九郎だったが、しかし、なかなかありつくことはできなかった。


「それじゃ、いっただっきまーす! 」

「あっ、待ってくんろ! おさむれーさまはこっちの大きくて美味しそうな方を食べてくんろ! 」

「えっ? ……いやぁ、魚を取ってくれたのも焼いてくれたのもフィーナだしさ、俺よりもフィーナの方が大きい魚を食べる資格があるんじゃないか? 」

「いや、おさむれーさまが! 」

「いやいや、フィーナが……」


 どちらが大きい方の魚を食べるのか。

 そのことで譲り合いになってしまったのだ。

 源九郎もフィーナも、互いに相手が空腹を我慢しながらこの旅を続けていることを知っている。

 どちらも相手を心配させないために空腹のことを隠して来たのだが、源九郎が村の依頼をこなしに行く間以外は常に一緒に行動しているし、手持ちの食料が少ないことも、あまり食べることができていないことも知っているのだから気づかないわけがない。

 いつも腹を空かせているのを知っていながら、知らないフリをして旅を続けてきた。


「あー、もぅ! このままじゃ、せっかくの魚が焦げちまうべ! 」


 双方が引き下がらずに譲り合いを続けていることに、とうとうフィーナが怒り出した。

 彼女は源九郎と並んで焚火の側に腰かけていたのだが、バッ、とその場に立ち上がると、素早く小さい方から順に二匹の魚を手に取って少し距離を取った。


「おらが小さい方! おさむれーさまが大きい方! 図体がでっけぇんだから、それが当たり前だべ! 」

「け、けどよ、魚をとって来た方が……」

「そういうのはえーからっ! 」


 そう言うとフィーナは問答無用で自身の手に持った焼き魚にかぶりつていく。

 もう議論は無用、有無は言わせないと、強硬手段に出たのだ。

 彼女は口の中で魚をもごもごと咀嚼しつつ、三白眼で源九郎のことを睨みつけながら説教じみた口調で言う。


「ええだべか、おさむれーさま! おらは見ての通りまだ子供で、一人で旅を続けていくのなんて無理だべ!

 だからおさむれーさまにはいつもしっかりしていてもらわねーと、おらが困っちまう!

 このほっそい腕でまた野盗みたいなやつらに襲われたら、抵抗できるわけがねぇ!

 おさむれーさまがお腹すいて力が出ねーなんてことになったら、おしまいだっぺ! 」


 フィーナは源九郎とは対等な旅の仲間ではあったが、自身がどういう立場にいるのかはよく理解していた。

 まだ年端もいかない子供。それもか弱い少女だ。

 一人ではどうすることもできないような危険はいっぱいある。

 それどころか、同じ村人たちでさえ危険になり得るのだ。そのことは旅を始めてすぐに、すっかり思い知らされてしまっている。

 そんな彼女がこれからも旅を続け、辺境に暮らす人々のことを気にかけてもくれない王様に向かって「ガツンと言ってやる」ためには、サムライの力が不可欠なのだ。


「わ、わかったよ。俺が悪かったよ……」


 救った村から報酬を得られなかったことには怒らなかったフィーナに本気で叱られて、源九郎はしゅんとなる。

 それから彼は、目の前で美味しそうに焼けている魚へと手をのばし、それをゆっくりと、ありがたそうに自身の口へと運んだ。


────────────────────────────────────────


 食事をとり終えると、源九郎とフィーナはその日はもう休むことにした。

 明日からはまた、どちらへ進めばたどり着けるのかさえ分からない王都に向かう旅を再開しなければならないのだ。

 その道中ではまた、救いを求めている村だっていくつもあるだろう。

 長い旅になるのだから、しっかりと休んでおく必要があった。

 といっても、安穏と熟睡するわけにはいかない。

 ここは人里離れた森の中であり、野生動物などが近くに潜んでいる。その中には獰猛な肉食獣もおり、襲われないように警戒しなければならない。

 また、この森の中にはおそらくいないはずだったが、野盗などによって貴重な旅荷物を盗まれる可能性も考えなければならない。

 だから二人で交代しながら睡眠をとり、獣除けと明かり取りを兼ねて焚火を燃やし続ける必要があった。


「あの……、おさむれーさま。今日も、ええんだか? 」


 旅荷物の中から毛布を取り出して広げ、横になったフィーナが、焚火の近くに座って火の番をしているサムライにすまなそうな顔でたずねる。


「ああ、かまわねぇさ。ゆっくり寝な」


 焚火に新しい薪を足しながら微笑みかけてやると、少女は安心したようにはにかんだ笑みを浮かべ、もぞもぞと毛布にくるまった。

 夜に休む時はいつも、フィーナが先に眠って、源九郎が後から交代する、という順番にしている。そしていつも少しだけ少女の方が長く眠れるように時間配分をする。

 それは、まだ成長期の子供にはできるだけ長い睡眠時間が必要だろうという配慮だった。


「これも、オトナの役割ってもんさ」


 フィーナが静かになると、焚火に向き直った源九郎は優しい微笑みを浮かべながらそう呟く。


(父親ってーのは、こんな気分なのかな)


 焚火が爆ぜる音、そしてフィーナが静かに呼吸をくり返す音に耳を済ませながら、彼は空想を楽しんでいた。

 ━━━正義のサムライになる。

 その夢のために一心不乱に走り続けて来たから、今までに家族を持ったことはない。

 露営ばかり、おまけに睡眠時間も削らなければならないというのは確かに辛いことではあったが、源九郎にとってはそれも楽しい経験だった。



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※作者より

本作をお読みいただき、ありがとうございます。

作者の熊吉です。


本作ですが、GW中の集中投稿、お楽しみいただけましたでしょうか?

これ以降の投稿ですが、これまで予告させていただいていた通り、毎週日・水・土の三回、AM9時の投稿となります(※次話投稿は十日になります)。


これからも本作をお楽しみいただけるよう、精一杯頑張らせていただきます。

もしよろしければ、これからも熊吉と本作とを、よろしくお願い申し上げます。

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