・2-5 第86話 「村人たちの救世主:2」
六人の野盗を斬り伏せ、さらわれていた少女を救い出した旅のサムライ。
立花 源九郎。
赤面したままその背中にしがみついている少女を背負って戻って来た彼の姿を目にした村人たちは、それはもう、大喜びだった。
口々に歓迎の言葉を叫びながら家々から飛び出して来た村人たちは、少女が無事に帰って来たことを、そして村が野盗たちの脅威から解放されたことを知って、互いに抱き合い、涙を流し、そして笑顔をあふれさせた。
「源九郎様、どうか、ずっとこの村におってくんろっ! 」
それから彼らは、長老を筆頭に、みんなで源九郎のことを勧誘した。
「畑仕事も、家畜の世話も、み~んな、オラたちでやるでよ! 源九郎様はな~んも気にせず、ただ村におってくれるだけでええんだ! 」
「んだ、んだ! 空き家はいっぱいあるし、今日からでも住んでもらえるべ! ……あ、なんなら、オラたちで新しく家さ建てるだよ! うんと、でっけぇ家だべさ! 」
村人たちの熱心さには、鬼気迫るものさえあった。
なにしろ、源九郎は村人たちにとっての救世主であり、このままこの村に留まってもらえれば、これから先も野盗たちから村を守ってもらえるのに違いないのだ。
この辺りの村々は軒並み、若い、働き盛りの世代は徴用されてしまっている。
長く戦争が続いているせいだ。
残されたのは体力が衰え始めた年長者たちばかりと、まだ子供と呼べる世代だけ。
彼らには村を自衛する手段がまったくない。
領主たちは戦争のことで忙しく辺境の名も知れぬ人々を気にかけてやる余力もそのつもりもなく、野盗たちのような存在が跳梁跋扈している。
だからこそ、たった六人に、何十人もの村人たちが好き放題にされてしまっていたのだ。
しかし、源九郎さえいてくれたら。
その強さはもう、お墨つき。
サムライは野盗をたった一人で全員退治し、さらわれていた娘を無事に連れ帰ってきてくれたのだ。
彼が村に留まってくれることこそ、村人たちにとって現在望み得る中で最大最良の安全保障であるはずだった。
「い、いやぁ、参ったな……。でも俺、連れがいるし、旅の途中なんです。この村に立ち寄ったのも、偶然で……」
村人たちの間から厚意を通り越したギラギラとした情念を感じ取った源九郎は愛想笑いを浮かべながら、決して悪くはない条件の村人たちの勧誘を断った。
働かなくても生活を保障してもらえるだけでなく、家も、それも村人たちにできるだけの豪邸を建ててもらえるのだという。
もちろん村でのものよりも良い暮らしなどいくらでもあるに違いないのだが、少なくともこの条件は、村人たちが出せる最上級のものだ。
それだけ真剣に、切実に、村人たちは源九郎という存在を求めてくれている。
「源九郎様、なんなら、お連れさんもご一緒に住んでくれてもええんだ! 一人が二人に増えるくらい、なんでもねぇこった! 」
「しかしですね、急ぎで行かなきゃいけないところがあって……」
「んなら、せめて何日かだけでもいてくんろ! 源九郎様が盗賊を退治してくださったおかげで、盗られたもんも取り返せるだ! 明日にでも野盗どもの洞穴に行って、取り返してくるでよ! そうすりゃ、源九郎様にお渡しできるお礼も増やせるべ! 」
村人たちはしつこかった。
だが、源九郎にはどうしても、彼らの要望を飲めない事情があった。
「すみません、ホントに、すみません! 」
源九郎は、半ば逃げ出すように村を後にするほかはなかった。
両の手の平を身体の前に見せ、自身を包囲するように、にこにことした凄みのある笑顔のまま迫って来る村人たちを推しとどめつつ後ずさると、彼はタイミングを測って踵を返し、刀が暴れないように左手で押さえながら全力疾走を開始する。
「まっ、まってくんろっ! 」
「一晩だけ! 一晩だけでもええからっ! 」
村人たちは追いすがって来る。
だが、徐々に引き離されていく。
毎日農作業していて本来であれば体力があるはずの村人たちだったが、彼らは普段、麦粥に野草やおがくずを混ぜて食べるような切り詰めた生活をしているために、十分に走ることができない。加えて、大柄な源九郎は歩幅が広く鍛えているから俊敏だった。
「まっ、まってくださいっ! 」
「んおわっ!!? 」
うまく逃げきれそうだと思った矢先にガッと後ろから強く、身体全体でぶつかるような勢いで左手に組み付かれた源九郎は驚愕した。
いったい誰が自分に追いついたのか。
慌てて振り返った彼は、そこにいた者の姿を目にして、さらに驚きに両目を見開く。
━━━それは、野盗たちから助け出した少女だったのだ。
「お、お嬢ちゃん? か、身体は、大丈夫なのか? 」
「私の身体なんて、どうだっていい! 今は、どうだっていいんですっ! 」
まさか野盗に捕まっていたせいでここまでおぶってきてやらなければならなかった少女まで追いかけて来るとは思っていなかった源九郎が半ば呆然としつつ、根っからのお人好しぶりを発揮してたずねると、彼女はぶんぶんと激しく首を左右に振った。
「お願いです! せめて、今晩だけは、村に! ……私と、一緒にっ! 」
少女はそう絞り出すように叫ぶと、うるんだ、決死の覚悟を決めている真剣な表情で源九郎のことを見上げる。
うん、とうなずいてくれるまで、決して離れない。
彼女はその華奢な身体で発揮することのできる渾身の力でしがみついていた。
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