・2-2 第83話 「サムライ:1」

 野盗たちにさらわれ、捕らわれの身となった少女の前にあらわれたのは、異彩を放つ姿をした男性だった。

 背は少女が暮らしていた村の誰よりも高く、彼女が生まれて来てからの十五年弱の年月の間で目にして来たどんな人物よりも高い。肩幅も広く筋肉質のたくましい身体つきで、背筋は天に向かってまっすぐにのび堂々としている。両足は自然体に広げられ、しかし、その物腰には一切の緩みがなく、全身に気力が満ちているのがわかる。

 顔立ちは彫りが深く精悍。物静かに野盗たちの姿を観察している双眸にある瞳の色は濃い茶色で、髪は上質の石炭のように黒く、長くのびたそれをオールバックにしてまとめ、後ろでひとつに束ねている。

 肌の色は、少女のものと同じように日焼けしていたが、うっすらと黄色みがあるように思われる。見たことの無い色合いだった。

 服装については、なんと形容して良いのか、彼女には分からない。

 その男が身に着けているのは、すべて、見たことも聞いたこともないものばかりであったからだ。

 この辺りに住んでいる者はほとんどがチュニックと呼ばれる貫頭衣を身に着けている。布に頭を通す穴をあけ、すっぽりと被った後に腰のあたりをひもで縛って固定するというのが基本形で、袖がついているものとついていないものがある。また、この下にズボンをはくことも一般的だった。

 男が身に着けている衣装は、それとは明らかに異なった構造を持っている。

 羽織、袴、襦袢といった名称を持つその衣服は物珍しく、少女にとって、そして、野盗たちにとっても、初めて目にするものだった。

 そして男は、腰に、二振りの刀を差している。

 長いものと、短いもの。どちらも黒塗りの鞘に納まっており、緩やかな湾曲を持つ。

 それが日本刀と総称される刀剣の一種で、打刀と脇差と呼ばれていることも当然、少女は知らなかったが、剣の一種だということはさすがに分かった。


「な、なんだぁ、てめェはぁっ!? 」


 たっぷりと戦利品を獲得し、今晩の[お楽しみ]を前に酒盛りまでして、気分が最高潮に達していたところにあらわれた、見慣れぬ風体の大男。

 それに向かって、野盗の1人が威圧するようなだみ声で誰何する。


 すると男は、わずかに口の端を吊り上げ、不敵に笑った。


「俺か? ━━━俺の名は、立花 源九郎。サムライだ」


 男、源九郎が名乗った言葉も耳慣れないもので、理解できずに少女は戸惑うしかない。

 そして彼女は、サムライの次の言葉に驚き、双眸を見開くこととなった。


「この近くの村の村長さんの依頼でな。……ちょいと、お前らを退治して、そこに捕まっている娘さんを助けに来た、旅のもんだ」


 それは、信じられないことだった。

 絶対に来ないとあきらめていた救い手が、少女の前にあらわれたのだ。

 そしてそれは、野盗たちも同様であった。

 自分たちに一方的に略奪されるしかなかった弱々しい村人たちから、奪った品々を、そして少女を救いに来る者があらわれるなど、まったく予想もしていなかったのだ。

 だからこそ彼らは、そろいもそろって、見張りも立てることなく酒盛りに興じていた。


「今まで散々、村の人たちを苦しめて来たんだ。その報い、今から受けさせてやる。だが、せめて武器を手にするまでは、待ってやろう。……さっさと好きな得物を手に取りな」


 呆気に取られている野盗たちのことを見渡したサムライ、源九郎は、そう言うと足を前後に開き腰を少し落として姿勢を低くしながら自身の腰に手をやり、打刀の柄に手をかけた。


「……ぶはっ! ぎゃーっはっはっはっはっ!!! 」


 その仕草を目にした野盗たちは、━━━爆笑した。


「コイツ、気違いだぜェっ! 」

「たった一人しかいねぇのに、俺たち相手に勝てる気でいやがるなんてよ! とんだ間抜け野郎だぜ! 数も数えられねぇのか!? 」


 源九郎のことを指さし、腹を抱え、ゲラゲラと遠慮なく声をあげて嘲笑う。

 野盗たちが嗤うのも、当然のことだっただろう。

 少女にだって、源九郎と名乗った男に勝ち目があるとは、少しも思えないからだ。

 戦いにおいては、数が多い方が有利に決まっている。

 武器などまともに扱ったことの無い村娘だって、それくらいのことは知っているし、六対一という勝負に、勝ち目がないなんてことは瞬時に理解することができる。

 だが、源九郎は自身のことをバカにして嗤っている野盗たちを、呆れた顔で見返しているだけだった。

 この余裕は、いったいどこから来ているのか。


(もしかすると、ご領主様が兵隊を出して下されたのかな……)


 少女はちらりとだけそう思い、すっかり忘れ去っていたはずの希望を胸に抱いてきょろきょろと周囲を見渡す。

 しかし、そこには彼女が期待したような、野盗を討伐するために差し向けられた兵士たちの姿はない。

 隠れている可能性もあったが、なんの気配もしない。そこにあるのは森の木々と茂みだけで、日が傾いて徐々に明るさが減り、木立に光が遮られてできる影の濃さが増してきていることを確認することができただけだった。


(こんなの、勝てるわけがない……っ! )


 源九郎以外に味方がいないことを知って、少女はわずかに抱いた希望を失い、そして、より深い絶望の底へと落ちていく。


「……ったく。人が親切に待ってやるって言ったのに」


 サムライがそう呟いたのは、その時だった。

 そして彼は、突然、鞘から刀を引き抜く。

 後は、一瞬のことだった。

 源九郎はそういう技を習得していたのか、刀を引き抜くなり流れるような動作でそれを振るい、素早く、鋭く踏み込んで手近なところにいた野盗を斬った。

 刀の軌跡は正確に、そこが間合いの外だと思って油断し、笑い続けたままだった野盗の喉笛をとらえ、掻っ捌く。

驚きに双眸を見開く野盗と少女たちの前で鮮血のドレスをまとった鈍色の刀身が、剣呑に輝いていた。

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