:第2章 「源九郎とフィーナの旅」

・2-1 第82話 「ある少女の絶望」

(※作者よりご挨拶申し上げます)

いつもお世話になっております。熊吉です。

 

大変長らくお待たせいたしました。

本話より、殺陣を極めたおっさんの異世界漫遊記、投稿再開となります!

 

辺境の村々を救うために旅に出た源九郎とフィーナ。

2人はこれから本格的に異世界を冒険していくこととなります。

新キャラも登場予定ですので、お楽しみにしていただけると嬉しいです!


また、試験的に作風も改めてみました。

公募を意識し、通常の小説に近い文体で書いています。数字も漢数字を使用することにし、縦書きでも見やすくなっていると思います。

加えて、WEB小説界隈、けっこう30代の読者の方が多いようなので、あまりフリガナがあるとくどいかなと思ったので特殊な読み方や難読漢字以外はフリガナを省くようにしてみました。

以前よりテンポよくお読みいただけるようになっていると嬉しいです。

 

投稿予定ですが、再開当初の本日は、1日で3話(AM9、10、11時)投稿!

その後もGW中は毎日、AM9時に投稿を予定しております。

 

その後は、日水土の週三、AM9時の投稿として、作品の更新を続けさせていただきます。

どうぞ、よろしくお願いいたします!


以下、本編となります。

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 人里離れた深い森の中。山肌のすそ野にぽっかりと開いた洞穴の前で、六人の男たちが焚火を囲い、実に愉快そうに笑い合っている。

 野盗と聞いて誰もがイメージするような男たちだ。みな汚らしく、衣服は乱れ、手入れの行き届いていない粗悪な品質の剣を身につけている。服装は貧困層が身につける、使い古されて擦り切れだらけの麻布のチュニックとズボンで、その上にどこかの戦場で拾って来たらしい錆の浮いた鎧を身に着けている。

 その声は下卑たもので、ゲラゲラと上機嫌に高笑いをしている。態度は粗暴で、木製の小さな樽の形をしたジョッキに注がれた麦酒ビールを豪快に口に運ぶ。

 彼らの機嫌が良いのは、酒のためだけではなかった。

 野盗たちの背後にある洞穴には、今朝がた、近くの村から略奪して来た戦利品が積み上げられているのだ。

 戦利品、と言っても、金銀財宝といった、目もくらむお宝などではない。

 村人たちが狩猟によって得た獲物の皮や、その肉を加工して作った保存食である干し肉、燕麦を始めとする穀物や、豆類が詰め込まれた麻袋がいくつか積み上げられているだけだ。

 見た目には地味なものだった。

 しかしそれらは、野盗たちにとって、そして、それを生産した村人たちにとっては、間違いなく[お宝]であった。

 なぜならそれらは、村人たちが自らの生活を成り立たせるために、日々の贅沢を抑制し、休むことなく毎日働いて、爪に火を灯すほどの暮らしを続け、ようやく紡ぎ出した貴重な品々であるからだ。

 この世界のどこかには、こんなものなどありふれている、豊かな場所だってあるのだろう。

 だがここにあるのはこれだけであり、村人たちにとっては唯一の財産、野盗たちにとっては大した戦利品であった。

 そして、━━━少女がいる。

 十四、五歳にしか見えない、農村の娘らしく日焼けした肌を持つ、貧しい暮らしをしているためか栄養状態が良くなく、布目が不ぞろいなハンドメイド感あふれるチュニックに包まれた華奢な体躯を持つ、ボサボサのくすんだ栗色の髪と瞳の少女。

 彼女は、荒縄で縛られ、さるぐつわをかまされていた。

 なぜなら彼女は野盗たちの仲間などでは当然なく、彼らによって捕らわれてしまった[戦利品]であるからだ。

 この世界の住人にとって、人間は時に、高価な商品となる存在だった。

 奴隷制度があるからだ。

 自由を奪われ、最低限の衣食住を保証される代わりに、主人のために仕えなければならない人々。

 男も女も、価値ある奴隷になる。

 男は一般的に力が強く頑健で、鉱山労働、農業畜産など、肉体労働に適しているし、その一方で女は腕力が強くないために抵抗されても簡単に制圧できるため、家事・炊事などの雑用に適しているとされ、あるいはその他の目的で使用されることもある。

 まだ年端もいかないような子供であろうと、変わりはない。

 むしろ、子供は大人ほどに自我が発達しておらず命令に従順であり、大人よりも早く仕事に慣れるので高値で売り買いされることもあるほどだった。

 少女は、子供と呼ぶには少しだけ、大人に近すぎる。

 しかし野盗たちが襲った村、━━━そのほとんどが老人か幼子だけしかいない、やっとの思いで生存している村の中ではもっとも[商品]として価値がありそうで、そして、野盗たちにとっての[お楽しみ]にも適した存在だった。

 縛られて身動きの取れないまま、他の戦利品と共に洞穴のむき出しになった岩肌に座らされた少女は、虚ろな瞳で、森の木々の向こうで徐々に傾いていく日の光を見つめ、絶望に染まった精神で、野盗たちの笑い声を聞いている。

 このまま、日が暮れてしまえば。

 彼女にとっての[悪夢]が始まるのだ。

 絶対、確実に。

 決して逃れようのない、救いのない一夜。

 少女は、自分を助けてくれる者など誰もいないことを知っていた。

 そもそも、たった六人の野盗たちにさえ逆らうことができなかったからこそ、彼女が暮らしていた村は略奪を受け、自身も捕らわれの身となってしまったのだ。

 村人たちは無力だった。

 長く続く戦乱のためだと言われ、働き盛りの世代は兵役や労役に取られ、重税にあえぎ、瀕死になりながらもなんとか命をつないできた。

 村人たちに手を差し伸べる者などいなかった。

 人を、税を奪っていくにも関わらず、領主は村のことなど省みず、兵士の一人でさえよこしてはくれない。


(神……、様……)


 少女は、縛られ、さるぐつわもされているために自らの運命を自身で決めることさえできず、ただ、祈った。

 祈っても無駄だということは、彼女だって知っている。

 なぜなら、村人たちは毎日、いつでも、この世界の創造主たる[神]に、村がこの苦境から救われ、自分たちの暮らしがほんのわずかにでも楽になることを願ったが、なにも起こりはしなかったからだ。

 だが、そう理解していても少女は祈らずにはいられない。

 この状況から脱することができるかも、などという希望は、とうに捨てている。

 縄をほどき、少しでも拘束を緩めようと努力し、肌に血がにじむほどに、自身にできうる限りの抵抗をしてみたが、なんの意味もなかったからだ。

 彼女が祈ったのは、ただ、この苦しみがほんの少しでも短く終わり、自分が、せめて虐待などはしないまともな主人の下に売られていくことだった。

 少女の意識は暗く沈み、コールタールの沼の底にいるように重かった。


「……? 」


 その時ふと、野盗たちの笑い声が消えていることに気がついた。

 緩慢な動きで彼女は視線をあげ、焚火を囲んで枯れ木の上に腰かけていたはずの野盗たちが立ち上がって中腰に身構え、ある一点を見つめていることを認識する。


 そこには、少女にとって見慣れない風体の、大丈夫ますらおが立っていた。

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