・1-66 第81話 「おらも連れて行ってくんろ」

 辛い経験を背負ってしまったフィーナのために、この村を旅立つ前になにかしてあげることはできないか。

 源九郎はそう悩みつつも、受け取った本差しと脇差を左の帯に挟み込む。


「うん、やっぱり、こうじゃなくっちゃな」


 その刀の重みを感じて、源九郎は思わず微笑んでいた。

 日常的に刀を差して歩くことはこれまでなかったはずなのに、不思議とその重みがないことに違和感があったのだ。


 これでようやく、あるべきものがあるべき場所に戻って来た。

 そんな実感を得た源九郎は、肌脱ぎになっていた衣装を整えなおす。

 今日は身体を動かすのはこのくらいにして、早く傷を治すために休もうと思ったからだ。


「あの、おさむれーさま」


 そんな源九郎に、フィーナが躊躇ためらいがちに声をかけて来る。

 刀を渡してくれと頼まれたからやって来た彼女だったが、まだ、源九郎に言いたいことがある様子だった。


「ん? どうしたんだ? 」


 見た目は平気そうに振る舞っていても、傷ついているのに違いないフィーナ。

 彼女を気づかって優しい笑みを返す源九郎を上目遣いで見つめながら、フィーナはもじもじとしている。


 源九郎は、急かすことなくじっと待った。

 誰にも自分の伝えたいことを上手に言語化できないことはあるし、そんな時は、相手がきちんと言葉を見つけることができるまで待ってやるべきだと考えているからだ。

 まして、相手はまだ13歳の、子供なのだ。


「おさむれーさま」


 やがて自分の気持ちを形にできる言葉を見つけたらしく、フィーナが口を開く。


「おらもおさむれーさまの旅に、連れて行ってくんろ! 」


 その言葉に、源九郎はきょとんとしてしまう。

 あまりにも予想外な言葉だったからだ。


「べ……つ、に、俺はいいけど、よ」


 まだ幼さの残る少女を自分の旅に連れて行く。

 それも、おそらくは危険な旅に。


 そのことを内心で危惧しつつも、源九郎は否定をしない。

 彼女をこれ以上傷つけたくはなかったからだ。


「その、フィーナの方は、それでいいのか?

 村の人たちとは、話し合ったのか? 」


「村の、新しい長老様にはお話しして、かまわねぇって、言ってもらってるだ」


 どうやらフィーナは、自分なりに十分に考え、行動したうえで、源九郎の旅に同行したいと言い出したようだった。


「なら、かまわねぇがよ……。

 どうして、旅になんか出ようと?

 こんなむさいおっさんと2人旅だし、多分、けっこう大変だぜ? 」


「大変なのはわかっとるだ。……あと、おさむれーさまはむさくなんかねぇから、安心してくんろ」


 まだ驚きから抜けきっていない源九郎のことを、フィーナはまっすぐに見上げる。

 その表情は真剣そのもの。

 彼女は本心から、源九郎と共に旅に出るつもりでいるらしい。


「おら、この国の王様に会いてぇんだ」


 そして彼女が口にする言葉は、迷いがなく、はっきりとしていた。


「そんで、聞きてぇんだ。

 どうして、おらたち村のもんが、こんなに辛い目に遭わなきゃいけねぇんだ、って!


 王様は王宮で何不自由なく暮らしとんだべ、きっと。

 なんに、おらたち村のもんは、野盗に襲われて、家も焼かれちまって。


 王様は、税金だけは取っていくだ。

 けんど、おらたちが助けてっておねげぇしても、なんもしてくれなかっただ!


 そのせいで、長老さまは……。

 おらの村は……。


 おらだって、おさむれーさまが助けに来てくんなかったら、今頃はきっと、死んじまってただ。


 王様は、おらたちのことなんかちっとも考えてねぇ。

 だからおら、王様に会って、文句を言ってやりてぇんだ! 」


 フィーナの心の中で、激しい怒りが炎のように燃えている。


 税はしぼり取り、戦争だと言って人手も取り。

 それでいて、村が野盗たちに襲われていても何もしてくれない、この国の王様。


 その王様に、一言文句を言ってやりたい。

 フィーナはその心の中で、自分たちが経験させられた理不尽への憤りを、怒りの感情を激しく抱いているようだった。


「おさむれーさま、おらが足手まといかもしんねぇってのは、わかっとるだ! 」


 強く、まっすぐに響くフィーナの言葉。

 彼女はまなじりに涙を浮かべながら、必死に源九郎に頼み込む。


「けんど、おらは一生懸命、働くだ!

 火おこしだってできるし、おさむれーさまのために、毎日お料理するだ!

 お裁縫でもなんでも、がんばるだよっ!

 だから!

 おさむれーさま、おらを連れて行ってくんろ! 」


 源九郎は、驚いたまま数回、まばたきをくり返した。


「……ダメ、だべか? 」


 その様子を否定ととらえたのか、フィーナは落胆し、切なそうな顔をする。


 影の濃い表情だった。

 フィーナの姿に、源九郎は彼女が深い傷を負っているのに違いないということを思い出す。


(フィーナを、オラの娘を、頼む、か)


 そして長老の最後の言葉も思い出した源九郎は、ふっ、と微笑んで見せていた。


 これは、乗りかかった船、というモノに違いない。


 源九郎は、この村娘を、フィーナを救った。

 だとすれば、すでに2人の運命は交差し、交わってしまっている。

 今さらなんの関わりのない存在として、無視することなどできないし、したくない。


 源九郎がいたから、彼女はこうして生きている。

 その運命に干渉してしまった以上、最後まで[責任]を持って彼女を守り通すのが、自分の役割なのではないか。

 それがサムライ、源九郎としてふさわしい生き方なのではないか。


 フィーナは、トラウマを背負っている。

 13歳の少女が背負うにはあまりにも過酷なモノを、背負わされてしまった。

 ならば、せめてその心の傷が癒え、彼女がまた、影のない笑みを浮かべて生きて行けるようになるまでは、自分がフィーナを支えてやるべきなのではないか。


 国王に文句を言ってやるために、旅に同行させて欲しい。

 フィーナのその言葉は、自身が負ったトラウマを克服するために怒りにすがった結果なのかもしれなかった。


前に逃げる、ということわざがある。

 過去を振り返らないために、ひたすら、前に、前に、前だけを向いて進み続ける。


 立ち止まった瞬間、負ったトラウマに捕らわれるかもしれないという危うい状態に、フィーナはいるのかもしれない。


 そんな状態にいる彼女を支えるために、自分にもできることがあるはずだ。

 それが共に旅をすることなのなら、そうするべきではないか。

 源九郎にはそう思えた。


 それに、彼女の、国王に文句を言ってやりたいという気持ちは、源九郎もまったく同じだった。


 村をこんな状態にして放置し、野盗たちの蹂躙じゅうりんするままにする。

 国家として、正しく統治できている状態とはとても呼べない。

 そんな国家が正常であるはずがなかったし、この有様をそのままにしている国王とやらに、お前はいったいどういうつもりなのだと、そう詰問してやりたかった。


 旅をし、人々を救いながら、やがては国王に会って、物申す。

 源九郎の旅の目的が決まった気がした。


「フィーナが料理してくれるのか!

 そいつは助かるなァ!


 なら、ぜひとも、俺と一緒に来てくれよ!

 そんで、一緒に王様に、ガツンと一言、文句を言ってやろうぜ! 」


 我ながら、少し演技がかっていたかもしれない。

 源九郎はそう思ったが、しかし、フィーナの表情はぱっと輝き、明るい笑みが浮かぶ。


「うん!

 おら、一生懸命、がんばるだよ! 」


 どうやらこれから先の源九郎の旅は、思っていたよりも賑やかなものになりそうだった。


────────────────────────────────────────


※作者より

 本作をここまでお読みくださり、ありがとうございました。

 本話で、1章が完結となります。


 すでに申し上げました通り、プロットの作成等のため、本作は一時的に投稿を休止させていただきます。

 なるべく早期に投稿を再開いたしますが、おそらくは3月以降に入ってからのこととなります。


 殺陣たてを極めたサムライ、源九郎。

 そして、村娘のフィーナ。


 世の悪を斬り捨て、人々を救うための旅が始まります。

 もしよろしければ2人の行く末をこれからも見守っていただけると嬉しいです。


 どうぞ、よろしくお願いいたします。

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