・1-65 第80話 「源九郎の行く先は」
「おさむれーさま」
源九郎が傷口を気にしながらゆっくりとした動きで体操をしていると、おずおず、と控えめな様子で、そう声をかけられる。
振り向くとそこには、源九郎が野盗たちから救い出した村娘、フィーナの姿があった。
まだ幼さの残る13歳の少女は、最初に出会った時と変わらない粗末なチュニック姿で、黒髪の下から金色に輝く印象的な瞳で上目遣いに源九郎のことを見つめている。
「鍛冶師のじーさまが、おさむれーさまの刀が仕上がったから、届けてくんろって」
そう言うフィーナの手には、修理のために預けていた源九郎の本差しと脇差が握られている。
産業が未発達だった時代、多くの村は自給自足が基本だった。
そしてその自給自足の中には、金属の精錬や加工などを行う鍛冶が含まれていることもある。
農作業に使う農具を始め、日常的に金属はなくてはならない存在だった。
その生活必需品を作ったり修理したりするためにイチイチ遠くの街にまで出かけて行くのはあまりにも不便だったから、自前でなんとかできるように村の中に鍛冶師が1人や2人いるのは決して珍しいことではない。
「おお、出来上がったのか。
どれどれ……」
源九郎はフィーナにニカッと歯を見せて笑いかけると、さっそく二本差しを受け取り、鞘から抜いてその出来栄えを確かめる。
「その……、おさむれーさま。
怒らねーでくんろ?
鍛冶師のじーさま、できるだけのことはしたけんど、これでもう精一杯だ、って」
そんな源九郎に、フィーナが申し訳なさそうな口調で言う。
実際のところ、刀の出来栄えはイマイチだった。
特に、本差し、打刀の状態が良くない。
切っ先には刃こぼれの形跡が目立ち、研ぎの仕上げも荒かった。
だが、鍛冶を任された者が、誠心誠意、できるだけのことをしてくれたというのだけは十分に伝わってくる出来栄えだった。
「いや、十分だ。
鍛冶師の人には、ありがとうって伝えておいてくれ。
足りない部分は、大きな街でちゃんとした刀鍛冶を見つけて直してもらうし、それまではこれでなんとかなるだろうさ」
刀の状態は不満足なものだったが、源九郎は怒らず、優しく微笑んで見せる。
相手が子供、フィーナだということもあったが、普段は農具や馬具しか扱ったことの無い村の鍛冶師が、不慣れながらも懸命に働いてくれたことが分かるからだ。
それに、そもそもは兜割などという大技を使った源九郎もいけないのだ。
「……おさむれーさま、やっぱり、どっかに行っちまうだか? 」
刀を鞘に戻す源九郎に、浮かない表情のフィーナがそうたずねる。
「ああ。
きっと、この世界にはまだまだ、この村みたいに困っている人たちがたくさんいるだろうからな。
その人たちを、この刀で……、助けて回るつもりだ」
寂しそうなフィーナの口調に気づきつつも、源九郎は考えを変えない。
傷が回復し、安定するまではこの村にお世話になるつもりだった。
しかしその後は、旅に出る。
すべてではないが、自分の刀で、殺陣で、救える人々がいると知っているからだ。
村人たちは、源九郎にずっと村にいてくれていいと言っていた。
この村を救った恩人として、一生面倒を見るとさえ言ってくれた。
だが、源九郎はその厚意に甘えるつもりはなかった。
たとえ自分がこの村にとって忘れ得ない功績があるのだとしても、なにもせずにそこにいるだけではむしろ居心地が悪かったし、サムライとして生き、できるだけ多くの人を救うためには、ここに留まっていることはできない。
村を再建しなければならない村人たちのことは、心配ではあった。
またあの野盗たちのような存在があらわれ、襲われないとも限らない。
そんな時、源九郎がいれば村を守ることができるだろう。
この村を、人々を、一生をかけて守り続ける。
それも1つの選択肢ではあったが、きっとこの世界には、源九郎の、サムライの助けを必要としている人々があちこちにいるはずだった。
その人々を放っておくことはきっと、[正義のサムライ]はしないはずなのだ。
源九郎はその視線を遥か彼方の地平線へ、まだ見たこともない世界へと向ける。
「もちろん、この村でなにか困ったことがあったら……、すぐに助けに戻ってくるさ」
それからフィーナの方へ視線を戻すと、源九郎は彼女を励ます笑みを浮かべた。
それは彼女をなぐさめるための言葉ではなく、本心からの約束だった。
その源九郎の気持ちは、フィーナにも伝わっている。
彼女は寂しそうではあったが、少し安心したような笑みを浮かべた。
その様子を確認して、源九郎も安心する。
(トラウマになっていてもおかしくねぇけど……、フィーナ、大丈夫そうでよかった)
彼女が経験した、幼い少女にとっては辛すぎる出来事。
目の前で育ての親である長老を殺され、そして、多くの命が失われる様を目にした。
彼女はまだ幼いのに、血を見過ぎている。
だからこそ野盗の根城となっていた城を出るまで目を閉じていろと源九郎は言ったのだが、それである程度は見るべきでない光景を目にせずに済んだのだとしても、肌で直接感じた修羅場の雰囲気は、少女の心を深く傷つけているはずだった。
そんな彼女を残して旅に出ることは、源九郎も不安だったのだ。
だが、ひとまずフィーナは平気そうに見える。
彼女は長老の葬儀の際にも気丈に振る舞っていたし、源九郎の前に姿を見せる時はいつも元気そうにしている。
ただ、その表情にはいつも影があることも事実だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます