・1-64 第79話 「もたらされた未来」

 源九郎は、12人の野盗を斬った。

 頭領が自ら手を下した者のことを考えれば、合計で13人もの野盗が村を苦しめていたことになる。


 すべての野盗が退治されたからと言って、それで村に平穏が取り戻されたわけではなかった。


 なにしろ、村は焼かれてしまったのだ。

 燃え広がった炎は消火することなどできず、村人たちは自分たちの故郷が、生活が灰になっていく姿を遠巻きに見つめていることしかできなかった。


 それでも、村人たちには希望があった。

 源九郎が野盗を倒したことでさらわれていたフィーナが戻って来たし、なにより、大切な作物の種を取り戻すことができたからだ。


 村人たちにとっての好材料は、それだけではない。

 野盗たちに奪われていたモノがみな、取り戻せたからだ。


 農耕のために飼育されていた馬たちや、村から略奪された様々な物資。

 源九郎が斬り捨てた野盗たちの遺体を、疫病などが発生するのを防止するために埋葬してやるのと同時に、人を出して馬を連れ戻し、物資を取り戻した村人たちの表情は悲壮だったが、それでもその視線はまっすぐ前を、未来を見すえていた。


 村人たちは早くも村の復興を始めている。

 焼け落ちた村にはいくつもテントが張られ、村人たちはそこで寝起きしながら、取り戻した馬たちの力を借りて畑を耕し、そこに作物の種を巻いている。


 彼らはたくましかった。

 すべてを失ったはずなのに、その現実に絶望せず、村を、自分たちの故郷を再建しようとしている。


(きっと、豊作になる。

 そうに違いねぇさ)


 どん底にあるはずなのに、それでも自らの未来を切り開こうと懸命に働く村人たちの姿を、耕作地を区切る防風林の木陰の下から見守りながら、立花 源九郎はそう確信していた。


 服を肌脱ぎにして、上半身を裸にした彼の胸には、野盗の頭領によって切りつけられた傷跡がまだ生々しく残っている。

 野盗たちから取り戻した酒を蒸留し、アルコール度数を高めた消毒液を使って消毒し、村人たちの中でもっとも裁縫さいほうが得意だという女性が傷口をぬったその傷跡は、一応、ふさがってはいる。

 しかし、まだその傷口の部分は組織がもろく、少しでも無理な運動をすればすぐにまた開いてしまう状態だった。


 この傷のせいで、源九郎は村人たちの働きを見ていることしかできない。

 自分も手伝うと、そう申し出てみたのだが、村人たちは「ありがてぇけんど、恩人に、それも怪我人に働いてもらうわけにはいかねぇ」と断られてしまったのだ。


 ではなにをやっているのかと言うと、身体をなまらせないための軽い体操だ。

 本当ならば素振りでもしたいところなのだが、上半身を激しく動かすと傷口が開きかねないので自重している。


 常に鍛錬を怠らない。

 それは源九郎がまだ[田中 賢二]であったころからの習慣であったが、ゆっくりと身体を動かす彼の姿は、かつての中年のおっさんではなく、サムライとしてのものだった。


 この、異世界にやって来て。

 いったいどんな冒険が待っているのかと胸を躍らせていただけの自分は、もういない。


 正義のために、極めた殺陣の技を使い、刀を振るう。

 運命を、斬り開く。


 その、思い描いて来た夢が、本当はどんな姿をしていたのか。

 そしてそのことによって、なにができるのか。


 それを、浴びた血の暖かさと、むせかえるほどの濃い死の臭いによって理解した彼は、すでに[立花 源九郎]以外の何者でもなくなっていた。


 源九郎は、人を斬った。

 12人もの命を奪った。


 その結果得られたのが、今、目の前に広がる光景だ。


 耕されたばかりの黒々とした土に、村人たちは列をなして種をまいていく。

 その向こうでは牧草地に放たれた馬たちがのんきに草をはむ、平和な世界。


 だが、視線をそらせば、彼らの村の残骸が、この場所で起こった凄惨な出来事を思い知らせる。

 焼け残り、天に向かって屹立きつりつしたままの、黒焦げになった柱が、まるで墓標のように立っている。


 その姿は、源九郎に長老の姿を思い起こさせた。


 あの老人が命がけで守ろうとしたものは、すべて灰になってしまった。

 だがきっと、村人たちはここに村を再建し、何度踏みにじられてもたくましく生き続けて行くのに違いない。


 すべてが源九郎の思い描いた通りになったわけではなかった。

 悪を斬り、善良な人々を救う、正義のサムライ。

 それが源九郎の目指した夢だったが、守りたかったもののすべては、守れなかった。


 その一方で、守ることができたものも確かにある。

 源九郎が自らの手を返り血で汚したことで、この村には、そこに暮らす人々には、明日のために懸命に努力していくことができるという[日常]が取り戻された。


 まったく悔いがない、というわけではない。

 失われたモノの大きさを思えば、その感情はどうしてもわきあがってきてしまう。


 決して完璧ではない、自分。

 思い描いた理想とはかけ離れた、この世界。


 それでも源九郎は、後ろを振り返らずに前を向き、[サムライ]として生きていくことを決めていた。


 正義のサムライになると、一心不乱に夢見て、中年のおっさんとして生きていた田中 賢二から、サムライ、立花 源九郎へ。


 源九郎が生きるこの世界にはきっと、この村のように、困難に直面している人々が大勢いるのに違いなかった。

 そしてこの世界の[神]は、その自身の信念から、人々に手を差し伸べることはしない。


 だとしたら、そんな人々を救えるのは、自分しかいない。

 すべてが思い通りに行くわけではないが、それでも源九郎は、自身の殺陣の技で、守るべき一部でも助けることができる。


 それが不完全な手段であることは、源九郎も理解している。

 自分がただの[殺し屋]なのではないかという疑問さえ浮かんでくる。

 だがそれでも、救えるモノは確かに存在する。


 ならば、なにも迷うこともない。

 躊躇ためらうこともない。


 その極めた殺陣の技で。

 自らが振るう刀で。

理不尽に抵抗する力を持たない人々の運命を切り開くために、戦うだけだ。


 アラフォーのおっさんは、この[異世界]でようやく、本物の[サムライ]へと[転生]した。

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