・1-63 第78話 「決着」
※作者注
本話も、流血シーンがあります
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柱に突き刺さってしまった自分の剣を、引き抜く。
その誤った判断を頭領がしてしまった、
わずかに生まれた
しゃがんだ姿勢から両足をのばし、その勢いを乗せて振り抜かれた脇差。
その切っ先は、頭領のむき出しにされた首筋を捉えていた。
確かな手ごたえがある。
厚みのある肉の抵抗感が、脇差を通してはっきりと伝わって来たかと思うと、一瞬で消え去った。
源九郎が振るった刃は、前から、後ろへ。
頭領の
視界いっぱいに、頭領の首筋から噴出した鮮血の色が広がる。
その暖かさを感じながら、源九郎は身を引いていた。
身体を低くし、柱に突き刺さった剣の柄を握りしめたままの頭領の腕の下をくぐるようにして体の位置を変えると、身体を敵に向けながら数歩後ろに下がって距離を取る。
頭領がどんな動きを見せても、絶対に対処することのできる距離。
十分な間合いを取っても、源九郎は油断することなく脇差をかまえ、血しぶきを浴びた凄絶な顔から鋭い視線を頭領へと向ける。
いわゆる、残心と呼ばれるものだ。
たとえば、真剣で確実に相手の急所を切り裂いたのだとしても、人間が完全に絶命するには数秒間、かかることがある。
その数秒間に相手が反撃を試みる危険があるから、戦いに勝ったと思っても残心し、相手が完全に絶命したのを確かめるまで気を抜いてはならない。
その鉄則を、源九郎は忠実に守った。
なぜなら、今、自分自身が斬った相手は、慢心や気の緩みの一切を排除してようやく対抗できるほどの技量を持った、達人だったからだ。
源九郎はカッと
頭領はまだ、立っていた。
柱に突き刺さったままの剣を握りしめたまま、じっと、剣をくわえこんだまま離さない柱のことを睨みつけている。
出血はすでにその勢いを失っていた。
大量の血が身体から出て行ったために血圧が下がり、今は、動脈の切り口からたらたらと流れ出ているのに過ぎない。
やがて、唐突に頭領の全身から力が抜けた。
固く握りしめていたはずの剣の柄から手が
倒れ伏した頭領の身体が、ビクン、ビクン、と震えている。
それは、彼にまだ命があるからではなかった。
一度に大量の出血をしたことのショックから、その筋肉が
見開かれたままの頭領の
そこにはもはや、一切の意志の存在を感じ取ることができなかった。
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頭領は、死んだ。
そのことをようやく信じることができた源九郎は、かまえを解く。
まぶたを閉じる。
すると自然と、細く、長く、すべてが終わったのだという
(12人……。
俺は、12人を、斬った)
自身の全身に浴びた、返り血のぬめった感触。
その暖かさは、それが生きていた者から流れ出てきたのだという事実を、源九郎がこの場で斬り捨てた12人の命の存在を、実感させる。
自分は、殺人者となった。
どんな理由があろうとも、12人もの人間を斬った。
その実感に、源九郎の身体は震えはじめる。
だが、彼はすぐにまぶたを開いていた。
そうしてこの現実を直視し、動きださなければならない。
自分はいったい、なんのために、これほどの罪を犯したのか。
野盗たちがこれから多くの村を襲い、略奪し、焼き払い、数えきれないほどたくさんの人々を傷つけ、命を奪うことを防ぐために。
必死に生き、自分たちの故郷を守ろうとしていただけの長老の命を奪った、その報いを受けさせるために。
そして、その運命を
源九郎はまず、脇差にまとわりついた
大量の返り血を浴び、汚れていない布の部分などなかったが、それでも脇差は白く輝く鋭利な凶器としての姿を取り戻していた。
それから彼は、フィーナの方へ視線を向ける。
源九郎が斬り捨てた、手斧を手にしていた野盗の亡骸の側で。
彼女は膝を折ってその場に泣き崩れていた。
こんな現実は、見たくない。
フィーナは固くまぶたを閉じ、しかし、その隙間からとめどなく涙をこぼしながら、すすり泣いている。
源九郎はゆっくりと、彼女をこれ以上は怯えさせることがないように注意して近寄っていく。
そして、彼女の前まで来ると、その場にしゃがみこんだ。
フィーナは、目の前に誰かがやって来たことに気づいても目を開かなかった。
それどころか、源九郎が脇差で縄を斬ってやり、さるぐつわを取り払ってやっても、彼女はなにも見ようとはしなかった。
源九郎と野盗の頭領、どちらが勝利したのか。
どのような結末だろうと、彼女にはまだ、それと向き合う勇気がないのだ。
幼い少女にとって、この現実を直視することは恐怖でしかない。
そんな彼女に、いったい、どう接すればよいのか。
「……その、待たせてすまなかった。フィーナ」
「……ッ! 」
するとフィーナは、ハッとしたように顔をあげた。
だが、まだ目を開くことはない。
声を聞いてもまだ、源九郎が助けに来てくれたことを信じ切れずにいるのだろう。
それほど不安になるほどのショックを、彼女は受けたのだ。
「そのまま、目を閉じていなさい。
おじさんがもういいって言うまで、しっかりと」
源九郎は、そんな怯えきった少女を静かに見つめながら、そっと彼女の髪に触れる。
「今から、こんな場所からフィーナを連れ出すから。
だから、それまでは絶対に、目を開かないようにするんだ。
おじさんがいいよ、大丈夫だよって言ったら、フィーナはもう平気だ。
まるで悪い夢から覚めるみたいに、嫌なことは終わってる」
そう言いながら、源九郎はそっと、フィーナのことを抱き寄せた。
そうして自分自身の体温を伝えることで、彼女に、すべてが終わったのだということを伝えるために。
源九郎に優しく抱き寄せられても、フィーナはなにも言わなかった。
目を開くこともなかった。
ただ、彼女は無言のまま。
もう決して離さないで欲しいと、そう願うようにその両手を源九郎の背中へと回し、きつく、しがみついて来ると、源九郎という存在に取りすがるようにしながら泣き続けた。
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