・1-62 第77話 「頭領:3」

※作者注

 本話も、流血シーンがあります


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 野盗の、頭領。

 他国の辺境を犯し、村を略奪し、焼き払い、そこに住む人々を難民として追いやることで、その国を混乱させ、衰退させるという使命を帯びた、忠義のために名誉を捨てた騎士。


 彼は、強かった。

 源九郎の想像通り、いや、その上を行く。


 その戦い方は柔軟で、他の野盗たちにあったようなパターンがない。

 同じ攻め手は1度としてなく、源九郎はその攻撃を防ぐだけで精一杯だった。


 しかも、頭領は源九郎よりも遥かに場数を踏んでいる。


 殺陣たてを極めているとはいっても、真剣で命を取り合うのは、源九郎にとってこれが初めての経験だった。

 その経験の差は大きいと言わざるを得ない。


 頭領の変化に富んだ、予想のつかない攻め手。

 それに対処するために、源九郎はついつい、反射に頼ってしまう。


 頭で考えていては、対応が追いつかないのだ。

 だから身体に染みこむまで身に着けた殺陣たての動作で、脳で判断せずに反射的に対処するという方法を取らざるを得ない。


 そしてそれは、フェイントにかかりやすくなるということでもあった。

 頭で考える前に反射で動くということは、相手の動きに対して、身体が勝手に動くということなのだ。


 これは、フェイントだ。

 頭で理解する時には、すでに源九郎の身体は動いてしまっている。


 振り下ろされようとしていた頭領の剣が、途中で止まる。

 源九郎が反射を使って戦っていることを見抜いた彼は、そうすることでいともたやすく隙を生み出させていた。


(……しまったっ! )


 自分が頭領のフェイントにかかった。

 そう悟った時には、源九郎の脇差は頭領が振り下ろすはずだった剣を打ち払うために振り上げられ、そして、空を切っている。


 その瞬間を、頭領は見逃さない


「未熟ッ! 」


 彼はそう叫ぶとすかさず、途中で止めていた剣をあらためて振り下ろしていた。


 源九郎は、とっさに後ろに飛び退すさって回避する。

 だがよけきれずに、頭領の振り下ろした剣の切っ先が源九郎の胸を縦に切り裂いていた。


 冷たく固い刃物で、皮膚と肉を切り裂かれる感触。

 鋭い痛み。

 自身が斬られたことを理解するころには、その痛みは熱く脈打ちながら広がり、源九郎に死の予感を否応もなく与えていた。


 傷は浅かった。

 頭領の刃は確かに源九郎を斬り裂いたが、その傷は肋骨ろっこつの表面まで。

 致命傷ではない。


 だが、その激しい痛みは一瞬、源九郎の行動を阻害する。


 一撃で倒すことはできなかったが、頭領は勝利を確信し、その表情に獰猛どうもうな笑みを浮かべ、源九郎の血糊ちのりをまとわりつかせた剣を横にかまえる。

 首をねるつもりなのだ。


 手強い、敵。

 映画やドラマの中で正義に倒される、甘い汁をすすり肥え太って堕落した悪ではなく、自ら誇りを捨てて主君のために働くと誓った者。


 その剣は鋭く、死の予感と恐怖から、源九郎の身体は硬直しそうになる。


(俺は……、負けられねぇんだッ! )


 しかし、歯を食いしばって耐える。


 負ければ、フィーナを救うことはできない。

 自分も、せっかく手にした2度目の人生を、命を失うことになる。


 決して、負けるわけにはいかない。


 なぜなら、彼は[立花 源九郎]だからだ。


 悪を斬り捨て、その刀によって運命を切り開き、理不尽に虐げられる無力な人々を救う。

 そんなヒーローなのだから。


 頭領が源九郎にトドメを刺すために剣を振り始めた、その刹那せつな

 背中にドスン、と何か硬くて細長いものが当たる感触を覚えたサムライは、とっさに大きく身をかがめていた。


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「これで、終わりだなッ! 」


 頭領はそう叫びながら、渾身こんしんの力で剣を振るった。


 それは、源九郎に致命傷を与えるはずだった。

 その首をね飛ばされ、鮮血をほとばしらせながら、頭領たちの計画を台無しにした異邦人は死ぬはずだった。


 たとえ、無理にかわしたとしても、源九郎は大きく態勢を崩しているはずだ。

 それに対して頭領の両足はしっかりと床をつかみ、その身体はどんな風にでも、自在に動かすことができる状態だ。


 この一撃で、決着がつく。


 だが、勝利を疑わなかった頭領は、次の瞬間には、双眸そうぼうを見開いて驚愕きょうがくしていた。


 頭領が横なぎに振り抜いた剣。

 その刃は、源九郎を捉えることはできなかった。

 彼が大きく身体を沈めたからだ。


 それだけなら、頭領の勝利は揺るがない。

 無理な体勢を作って強引に回避されたとしても、態勢を崩した相手はもう、次の攻撃には対処することができないはずだからだ。


 しかし、源九郎の背後には、柱があった。

 キープの屋根の重みを支えている、両手でやっとつかめるほどの太さがある柱。


 源九郎の首を確実にね飛ばすために深く踏み込んで振り抜かれた頭領の剣。

 その刃はサムライの首を斬り裂くことはなく、その背後にあった柱に深々と食い込んでいた。


 固く、厚みのある木材。

 その柱は頭領の剣を上下からガッチリとくわえこむ。


 頭領は、とっさに剣を引き抜こうとする。

 目の前に迫った勝利に目が眩み、その柱の存在をまったく予期していなかったために、彼は自らの武器を手放して逃げる、という選択をすることができなかった。


 そしてその判断の遅れが、致命傷となった。

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