・1-61 第76話 「頭領:2」

※作者注

 本話も、流血シーンがあります


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 もうすぐ、頭領の剣の間合いに入る。


 そのことを確認した時、源九郎は静かに双眸そうぼうを閉じると、こうべを垂れ、その首を差し出すようにしていた。


「ほぅ、死ぬ覚悟はできたようだな。


 なかなかいさぎよい態度だ、異邦人」


 その源九郎の姿勢に、頭領は感心した声をらす。


 だが、感心したからと言って、源九郎をこのまま生かしておくつもりはないらしい。

 頭領は足を止めず、ほどなくして、すぐ近くにまでやって来た。


「異邦人。

 最後に言い残すことがあれば、聞いておいてやろう」


 いつでも源九郎の首をねることのできる位置についた頭領は、そうたずねて来る。


「貴様のおかげで、我々の計画は大きく狂わされてしまった。

 その、礼だ。

 遺言を果たしてやる義理もないが……、そうだな、名前くらいは記憶しておいてやろう」


「へっ、へへっ、そいつはご親切に、どうも」


 源九郎は自身の顔を冷や汗が伝って行くのを感じながら、笑う。

 そして、頭領からはバレないように、そっと、自身の右手の位置をずらしていき、左の腰の帯に差したままの鞘に触れる。

 ━━━源九郎がこうべを垂れたのは、この動きを頭領から隠すためだった。


「俺の名は、立花 源九郎。……日本という国から来た、サムライだ。

 聞いてくれるというのなら、少し聞いてもらいたいことがある」


「ほぅ? うかがおうか」


「ああ。実は……」


 頭領がこちらの話を聞こうという態度を見せた、その瞬間に、源九郎は動いていた。


 帯に差していた脇差の鞘を素早く引き抜いた源九郎は、顔をあげ、頭領の顔面の位置を確かめると、それを勢いよく投げつけていた。


「なっ!? 」


 頭領は、とっさに反応できない。

 人質を取っていることで、源九郎は絶対に反抗して来ないだろうと、そう決めつけていたせいだった。


 投げつけられた鞘は頭領の顔面にぶつかり、彼をのけぞらせる。

 大きな隙ができていたが、源九郎はかまわなかった。


 今、なによりも優先するべきなのは、フィーナを救うことだった。

 急がなければ、フィーナに手斧を突きつけている野盗がなにをするのかわからない。


 源九郎は前転してフィーナとの距離を詰めつつ、一度は捨てざるを得なかった脇差を拾い上げていた。

 こうすることを予期して、あらかじめ拾えるような位置に投げ捨てていたのだ。

 そしてそのまま勢いを殺さず、一気に脇差の間合いに野盗を捉える。


 源九郎が反抗して来た。

 そのことを認識した瞬間、野盗はフィーナに危害を加えようと、手斧を振り上げていた。


 しかし、野盗は手斧をフィーナに突きつけるために、それを下げた状態で持っていた。

 だから上にかかげて振り下ろすまでに、数秒の時間がかかる。


 その、わずかな猶予ゆうよ

 脇差の間合いにまで接近を果たしていた源九郎は、右手でかまえて脇差に左手を添え、狙いを安定させ、そして立ち上がる勢いをこめて、その切っ先を野盗の喉笛へと突き入れていた。


 鋭い刃が皮膚を割き、肉を貫く感触。

 手ごたえを感じるのと同時に、源九郎は脇差を横に動かし、突き刺したものを引き抜く動作をしていた。


 ブツン、と、太い何かを切断する抵抗がある。

 そう思った次の瞬間には、源九郎の目の前は深紅に染まっていた。


 脇差が、野盗の首筋の動脈を切り裂いたのだ。

 噴水のように勢いよく吹き出した血は視界を覆いつくし、そして、流れ出た血の量に比例して、野盗はその命を失っていく。


 野盗の手から手斧が落ちる。

 源九郎は、それが床に落ちるのよりも早く、脇差を手に背後を振り返っていた。


 フィーナを助けることを優先したために、まだ、頭領が無傷で残っているからだ。

 そして源九郎が思った通り、頭領はすでにこちらを振り向き、体勢を立て直していた。


「おのれッ!!!

 貴様ら、生かしては返さぬっ! 」


 頭領が憎しみのこもった視線を向ける。

 その双眸そうぼうは殺気だって爛々らんらんと輝き、剣を握る手には渾身こんしんの力がこもっている。


「イヤァァッ!! 」


 源九郎は腹の底に力を入れ、鋭い声を発しながら頭領へと向かって行った。

頭領を倒す以外には、フィーナを救い、自分も生き残る手段がないからだ。

 だから、躊躇ためらってなどいられない。


 それに、すでに態勢を整えているとはいえ、頭領にはまだ動揺が残っているはずだった。

 すでに勝負はついた、と気を緩めてしまった状態から、もう一度集中力を取り戻すのには、わずかながらも時間がかかる。


 その微弱な隙に、源九郎は勝機を見出していた。


「死ねェッ!! 」


 総髪にした髪をなびかせ、姿勢を低くしながら迫ってくる源九郎に、頭領は鋭く剣を振り下ろす。

 源九郎がダンッ、と強く床を蹴りあげて横に飛んでその一撃をかわすと、頭領は振り切って下に行ってしまった剣を寝かせ、横なぎに追撃をかけてきた。


 頭領はやはり、剣の使い手だった。

 自分と剣の位置関係が今どうなっているか、自分の身体をこう動かせば剣がどのような軌跡を描くか、彼はすべてを知っている。


 源九郎は身体を引いてかろうじて頭領の剣の切っ先を回避したが、完全には避けきれず、羽織の胸のあたりの布を切り裂かれてしまう。


(押し込まれるッ! )


 受け身に回っていては、やがて頭領に追い詰められる。

 そう悟った源九郎は脇差でピッと鋭く空気を切り裂きながら頭領に斬りかかり、彼にそれ以上の追撃をさせないように牽制けんせいした。


 使っている武器、流派は違っていても、両者の実力は匹敵する。

 互いの刃をかわし、打ち払う、互角の戦いが続いた。

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