・1-51 第66話 「たった1人の攻城戦:1」

※作者注

 ここから数話、流血シーンが続きます


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 源九郎が引き抜いた刀の刃が、日差しを浴びて鈍く輝く。

 その剣呑な輝きを目の当たりにして、生き残った2人の野盗は怯えたように後ずさった。


 突然の事態に腰が抜けていて、その動きは緩慢だ。

 思い通りに動かない手を必死に動かし、野盗たちは源九郎から少しでも遠ざかろうとしている。


 源九郎は刀をかまえる型を取らず、自然体のまま、恐怖にガチガチと歯を鳴らしている野盗たちに近づいていく。


 その2人の野盗に、源九郎は見覚えがあった。

 最初にフィーナを助けた時、森の中の小屋にいた3人の野盗たちの内の2人だ。


 あの時、野盗たちを叩きのめした源九郎は、すっかりいい気分になっていた。

 これから始まる異世界での冒険に心を躍らせ、自分が身に着けてきた殺陣の技を存分に振るって、この世界で[立花 源九郎]として生きていけるのだと思っていた。


 だが、現実は思っていたのとは違っていた。

 この世界は源九郎が想像していたモノよりもずっと残酷だ。

 なにしろ、この世界を統べる神が、人々がどんなに困窮していようとも手を差し伸べてはくれない世界なのだ。


 そして、野盗たちも、源九郎に叩きのめされた程度では改心しなかった。

 目の前に峰打ちで見逃してやったはずの野盗たちがいることが、その証拠だ。


 彼らの兄貴分だった野盗は、頭領によって粛清しゅくせいされた。

 しかし、それでもその子分たちは野盗から足を洗ったりはしなかった。


 頭領があれほど冷酷なのだから、それを恐れて逃げ出さなかった、という可能性もある。

 だが、目の前で源九郎に怯えている2人の野盗は、酒を口にしていた様子だった。


 今はすっかり表情を青ざめさせてはいるものの、サシャに乗った源九郎が突っ込んできた時、2人の手には酒の入ったコップが握られ、すでにアルコールが入って顔が赤かった。


 彼らはなにも、少しも、改心などしていない。

 このまま野盗として、略奪をくり返し、無力な人々を虐げて生きていこうとしていたのだ。


 源九郎が、あと2メートルほどのところにまで距離を詰めた時だった。


「わっ、わぁぁぁぁぁぁぁッ!! 」


 若い方の野盗がそんなわめき声をあげながら背中を見せ、四つんいになって逃げ出そうとする。

 腰が抜けて動けなかったのが、恐怖が限界点を突破して、本能的な動き、死から逃れるという行動を可能にしたのだろう。


 源九郎は、彼を見逃さなかった。

 素早く跳躍ちょうやくして間合いを詰めると、自然体で右手にかまえていた刀を横なぎに振るい、野盗を背中から斬った。


 神は源九郎にとってもはや尊敬するべき相手ではなく、人々の悲劇を見ているだけの冷酷な存在に過ぎなかった。

 だが、神が与えた刀は、よく斬れる。


 源九郎が振るった刀は、いともたやすく、野盗の脊椎せきついを切断していた。

 裂けた服の隙間からパっと鮮血が飛び散るのと同時に、神経の伝達経路を失った野盗の身体は地面の上に崩れ落ちる。

 そしてそのまま彼は2度と起き上がることはなかった。


 源九郎の脇で、哀れな悲鳴があがる。

 背中を見せて逃げようとする相手にさえ容赦しないサムライの姿を目にして、残った野盗の方は気が触れてしまったようだった。


 だが、彼は逃げようとはしなかった。

 逃げても無駄であると、たった今、目の前で見せつけられてしまったからだ。


 野盗は言葉にならないわめき声をあげながら、震える手で腰に手をやり、そこからいつも肌身離さず身に着けていた短剣を震える手で引き抜いた。

 そしてそれを、びゅんびゅん、闇雲に振り回す。


「くっ、来るなッ、来るなぁぁぁぁっ!! 」


 ようやく聞き取れたのは、そんな言葉だ。


 命乞いをする野盗に揺れそうになる心を、源九郎は押し殺す。


 長老が斬られた時、彼は丸腰であったのだ。

 それなのに野盗たちはなんの躊躇ためらいもせずに、無力な老人を斬った。


 実際に手を下したのは、おそらくは野盗たちの頭領だろう。

 長老が受けた傷口は鋭い刃によるものであり、あれほど鮮やかな切り口は、相応の腕を持った者でなければつけることはできない。


 だが、目の前で半狂乱になって短剣を振り回している哀れな野党が直接手を下したのではないとしても、関係なかった。

 野盗たちは村に火を放ち、長老が命をかけて守ろうとしたものを焼き払った。

 彼らは長老の命だけではなく、願いを、すべてを踏みにじったのだ。


 だから源九郎は、立ち止まらなかった。

 野盗に冷静に距離を詰めると、刀で短剣を打って弾き飛ばし、丸腰になった野盗の喉笛を刀で斬り裂いていた。


 喉を斬られた野盗は痛みに短剣を取り落とし、それから喉にあふれた血で気道をふさがれて息が苦しいのか口をぱくぱくとさせながら、少しでも出血を抑えようと両手で切り口を抑える。


 源九郎は、その野盗が息絶える瞬間まで目を離さなかった。

 やがてその野盗は力を失い、糸を切られた操り人形のようにガクンとうなだれ、その場で動かなくなった。


 源九郎は刀を素早く振って血糊ちのりを払いながら、一瞬だけまぶたを閉じ、奥歯を噛みしめた。


 人を斬った感触。

 悪人とはいえ、その命を奪った実感。


 その生々しさに、源九郎は背筋が寒くなる。

 身体の奥底から、取り返しのつかないことをしてしまったのだという恐れがせりあがってくる。


 殺陣を極めてはいるものの、本当に人を斬ったことなど、これまでなかった。

 演技で斬る[フリ]をしたことは何度もあるが、しかし、自ら望んで誰かを傷つけたことはなかった。

 また、そのために殺陣を磨いてきたわけでもなかった。


 たった今、それはすべて過去のこととなった。

 源九郎はこれから一生、この、人を斬った、皮膚を、肉を、骨を断ち切り、命を終わらせた感触を忘れることはないだろう。


(後戻りは、しねェ……。


 後悔も、しねェ! )


 源九郎はすぐにまぶたを開くと、決然とした表情で振り返り、残りの野盗たちが、そしてフィーナがいるはずの本丸を見つめていた。

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