・1-50 第65話 「俺は、立花 源九郎」

 野盗たちがすぐに逃げ出してしまうのではないか。

 そのことを源九郎は心配していたのだが、どうやらそれは杞憂であったらしい。

 野盗たちは襲撃を成功させたことに気分を良くし、今後の略奪の前祝も兼ねて、宴会を始めようとしていた。


 源九郎は少し立ち止まって作戦を考えたりせず、サシャを走らせていた。

 フィーナを無事に救い出すためには、時間が惜しいからだ。


 それに、野盗たちを攻撃するのは今がもっとも効果的であるように思えた。

 彼らは村人たちのことなど歯牙にもかけず、油断し、勝利に酔いしれている。

 すでに一部は酒を飲み始めているし、見張りもまともに立てていなかった。


 野盗たちは、城門を閉じてさえいないのだ。


 野盗たちの根城からは、見通しがよく効いた。

 元々高所に築かれている上に、周囲の丘陵には木々がまばらに生えているだけ。

 しかも城の周囲は、視界をよくするために意図的に木が切り倒されている。


 近づいてくる者がいれば、すぐに発見することができる。

 もし村人たちが攻め込んで来るなら、彼らがたどり着く前に十分、城門を閉じてしまえる。

 野盗たちはそんな風に考えているのだろう。


 普通であれば、あり得ないことだった。

 いくら村人たちを下に見ているからと言って、野盗たちのやり方は油断しているとしか言いようがない。


 村人たちがこれまで無抵抗を貫いてきたから、野盗たちはきっと、すっかりなめきっているのだろう。

 あんな弱虫の村人たちになにができるモノかと、おごりきっていた。


 だが、ここには源九郎がいる。

 そして源九郎には、サシャがいた。


「ハイヤァ! ハイヤァ! 」


 源九郎の勇ましいかけ声に応えるように、サシャは力を振り絞って疾駆しっくする。

 丘を下り、その勢いのまま城へと続く斜面を駆け上って、源九郎とサシャは野盗たちの根城へと突撃していった。


 源九郎のかけ声と、サシャのひづめの音に野盗たちも気がついた。

 二ノ丸で焚火を囲んでいた野盗たちは怪訝けげんそうな表情で酒を口に運んでいた手を止め、音のする方向へ緩慢かんまんな仕草で視線を向ける。


 サシャに乗った源九郎が、殺気立った険しい表情で迫ってきている。

 そのことを野盗たちが認識した時には、すでに遅い。


 源九郎と城門との距離は、もう、数十メートルしかなかった。

 野盗の1人が慌てて城門を閉めに走り出したが、彼が城門にたどり着くよりも、源九郎が城門をくぐる方が早かった。


 そして源九郎は、サシャの走る速度を緩めない。

 城門へ向かって走り出そうとしていた野盗めがけて、そのまま真っ直ぐに突っ込んで行った。


 馬は、体重が数百キロにもなる生き物だ。

 そこに源九郎の体重と、全速力で駆けてきた速度が合わされば、その運動エネルギーは大きなものとなる。


 すでに酒を口にして酔いが回り始めていたその野盗は、自分めがけて一切減速することなく突っ込んで来るサシャの巨体をかわすことも、受け止めることもできなかった。


「うげァッ!? 」


 もろに跳ね飛ばされたその野盗は近くの建物の壁に叩きつけられ、その衝撃で頸椎けいついが砕け、肋骨が潰れて絶命する間際に、くぐもった悲鳴を上げる。

 その野盗は地面に崩れ落ちて、2度と動かなかった。


 源九郎は、そんな野盗の悲惨な最後には見向きもしない。

 目の前にいる残りの4人の野盗たちを見すえながら、サシャを突進させ続けた。


 サシャのひづめ焚火たきびを蹴散らし、逃げ遅れた2人の野盗がその突撃に巻き込まれた。

 人間の体重程度では、到底、馬の体当たりを受け止めることなどできない。

 1人はサシャのひづめに踏みつけられ、内臓を破裂させ血反吐を吐き出して死に、もう1人は焚火たきびの中に蹴り飛ばされ、全身に火が燃え移って地面の上でのたうち回ってから、やがて動かなくなった。


 そのまま本丸にまで乗り込みたいところだったが、源九郎は手綱を引き、サシャを止めなければならなかった。

 本丸へと続く城門の前の道は攻め込んできた者たちがそのままの勢いで突っ込んでくることができないように曲がりくねって作られており、馬でそのまま駆け抜けることができないようにされていたからだ。


 源九郎は素早くサシャから飛び降りると、その尻を叩き、彼女にこの場をいったん離れるように伝えた。

 城の中は狭く、サシャに乗ったままでは戦いにくかったし、彼女を余計な危険にさらしたくはなかったからだ。


 サシャはフィーナのことが心配なのかこの場を離れたくなさそうな様子だったが、しかし、源九郎の指示に従ってくれた。

 もちろん、大人しく出て行くのではなく、けたたましい声でいななきながら脚を大きく振り上げ、あっという間に3人が死んでしまったことに腰を抜かしている野盗たちを散々恐れさせてから走り去っていった。


 地べたにへたり込んだまま、よくわからないわめき声をあげて怯えている2人の野盗の姿を睨みつけた源九郎は、凄絶な決意のこもった表情を浮かべていた。


 彼らは運よく生き延びることができた。

 だが、いずれにしろ、その命は今日、これまでのことなのだ。


「なッ、何なんだよッ、おめぇはっ!! 」


 立ち上がることのできない野盗の1人が源九郎を指さし、口角から泡を飛ばしながら叫んだ。


「俺か? ……俺は、立花 源九郎」


 源九郎は少し身体を開き、左足をやや後ろに引き、刀の柄に手をかけながらその問いかけに答える。


「お前ら悪党どもを今から冥府めいふに叩き込む、サムライだ」


 そして源九郎は鯉口こいくちを切った。

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