・1-52 第67話 「たった1人の攻城戦:2」

※作者注

 本話も流血シーンがあります


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 二ノ丸にいた5人の野盗たちがみな倒れ伏して動かなくなったころ、ようやく、本丸にいた野盗たちも異変に気がついた様子だった。

 キープの中で食事の準備をしていた野盗の1人が門のところにまで様子を見に来て、ちょうど、本丸の方を睨みつけていた源九郎と目が合った。


 源九郎は、血にまみれていた。

 村では長老を背負って駆け抜け、今は、2人の野盗を斬り捨てたところなのだ。

 源九郎の服にも、肌にも、点々と血がついている。


「てっ、敵だーッ!! 」


 その姿を目にした野盗は、驚き、慌てふためきながらそう叫んだ。


 その瞬間、源九郎は走り出していた。

 野盗は叫んで仲間に異変を知らせるのと共に、急いで城門を閉じようとし始めたからだ。


 城門を閉じられてしまえば、源九郎には成すすべがない。

 いかに小城と言っても、その本丸を守る城門は、人間の力では破壊するのは困難な程度には頑丈に作られているのだ。


 そうして城門で足止めをされ、その上から弓でも射かけられては、対処のしようがない。

 城門をなんとか破壊しようとしても弓で阻止されてしまうし、そうなったら、捕まっているフィーナを野盗たちが人質として使うかもしれない。


野盗たちに時間を与えることはできなかった。

 彼らが起こっていることを理解し、フィーナを人質として来たら、源九郎はそれに逆らうことができないからだ。

 そうなれば、源九郎は野盗たちに殺され、フィーナは連れ去られてしまうだろう。


 山籠もりをしていた際に修験者のように山野を走り回ったことがあったが、その時に身に着けた体幹とバランス感覚のおかげで、源九郎は城門の前の曲がりくねった道を俊敏しゅんびんに駆け抜けることができた。


 城門は、閉じきられていない。

 観音開きになっている城門の片側はすでに閉められていたが、反対側の扉は間に合っておらず隙間がある。

 そしてその隙間の向こうには、一瞬で迫って来た源九郎の姿に度肝を抜かれた野盗が、かんぬきを手にしたまま大きく目を見開いているのが見えた。


「ォラァッ!! 」


 源九郎は立ち止まらずに、城門に体当たりをする。

 サシャがぶつかっていくほどの威力はなかったが、源九郎も身長180センチを超える大男だ。

 その体当たりは門扉を押し破り、その向こうにいた野盗は耐え切れずに背中から引っくり返っていた。


 源九郎は間髪入れずに足で倒れた野盗を踏みつけ、そして、その喉笛に刀の切っ先を突き入れる。


 喉を串刺しにされた野盗は、しかし、すぐには絶命しない。

 驚愕と恐怖に目を見開きながら、突き入れられた刃を少しでも防ごうと、自身の手が切れるのにもかまわずに源九郎の刀を素手でつかむ。


 喉を突かれ、もうじき、逃れようのない死が訪れる。

 しかし、その刹那せつなにも、野盗は必死にあらがった。


 なぜなら、彼もまた、生きているからだ。


 源九郎はそんな野盗の鬼気迫る表情を見おろしながら、ぐりっと刀をひねった。

 すると傷口が大きく開き、にわかに大量出血が起こって野盗の喉を鮮血が塞ぐ。


 数秒もせずに、野盗は苦悶の表情を浮かべたまま、血の泡を口から吐き出しながら息絶えた。


 源九郎は刀を引き抜くと、素早く周囲を見渡して警戒する。


 野盗の数は、10人以上はいるはずだった。

 すでに6人の野盗を始末したが、まだ、頭領を始めとして、特に装備の良かった野盗たちが残っている。


 今まで倒して来た野盗たちはみな、下っ端の、大して装備の良くない者たちばかりだった。

 つまり野盗たちの主戦力はまるまる残っているということで、戦いの本番はこれからということだ。


 残りの野盗たちは何人で、どこにいるのか。

 なにより、フィーナは無事なのか。


 源九郎が鋭い視線で意識を集中していると、頭上から、キリキリキリ、と、強く張られた弦を絞る音が聞こえてきた。


 弓を引きしぼる音だ。

 撮影さつえいなどの際にその音を何度か耳にしていた源九郎は、とっさに駆け出していた。


 その直後、鋭く空気を切り裂く音と共に矢が飛来し、源九郎がいたはずの場所を貫き、地面に倒れている野盗の身体に深々と突き立つ。


源九郎は、刀を身体の前に突きだすようにかまえながら音のした方を振り返る。

 すると、城門の上に築かれた見張り台の上に、2人の野盗の姿があった。


 2人とも、その手には弓をかまえている。

 そしてその内の1人は、源九郎に今、まさに矢を放とうとしていた。


「ぅおっ!? 」


 源九郎は慌てて身をひるがえし、放たれた矢を回避した。


 達人であれば、放たれた矢を空中で斬り落とすこともできるのだという。

 しかし源九郎はそんなことを実際にやったことはなかったし、ぶっつけ本番で、本物の矢じりのついた矢を相手に試したいとも思わなかった。

 もししくじってしまえば、自分の命を失うことになるかもしれなかったし、フィーナを救うことができなくなってしまうからだ。


 しかも、野盗の射手は、腕がよかった。

 おそらくは頭領がまだ騎士であったころから仕えてきた、きちんと訓練を積んだ兵士だった者たちなのだろう。

 彼らは互いに連携し、微妙にタイミングをずらして途切れることがないように、次々と源九郎に向かって矢を放ってくる。


 源九郎は、1秒たりとも立ち止まっていることができなかった。

 もし動きを止めてしまえば、たちどころに矢に貫かれてしまうからだ。


(どこかに、いったん隠れねぇとっ! )


 矢の飛来する音、そして勢いよく突き立つ音を聞きながら、源九郎はその額に冷や汗を浮かべていた。

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