・1-47 第62話 「源九郎、立つ:2」

 神さえも、アテにすることはできない。

 今、この村を救うことができるのは、自分自身だけなのだ。


 すでに野盗たちと戦う覚悟は固めていた。

 神は助けてくれないとわかった以上、後は突き進むだけだった。


 だが、すべてに得心ができたわけではない。

 長老の死は、防げたはずだと思うからだ。


 もし、神がもっと早くに源九郎にその真意を伝えていたら。

 たとえば、野盗たちが種をよこすように村人たちに命じた時に神が姿をあらわして、野盗たちの狙いがこの村を破壊することであり、しばらく居ついていたのは、活動のしにくい冬を乗り越えるためでしかなかったのだと、そう教えてくれていたら。


 源九郎はもっと強く主張し、長老が野盗たちと交渉しようとすることを阻止していただろう。

 たとえ村人たちが源九郎の言葉を信じてくれずとも、強引にでも長老を止めていた。


 もっとも、それはもう、起こり得ない[過去]だった。

 神がこの世界の人々に直接干渉しようとしない以上、事前に源九郎が真実を知らされていたとしても、村人たちはそれを信じてくれずに、結果はなにも変わらなかったという可能性もある。


 村人たちにとって源九郎は村の外からやって来た[他人]であり、いくらフィーナを助けてくれた恩人だとは言っても、手放しで信用できる相手ではないのだ。

 源九郎が野盗たちの真の狙いや、神からそれを教えられたのだと主張しても、村人たちはむしろ源九郎のことを狂っていると思い、疑っていたことだろう。


「おい、神!

 お前は、しっかり俺のやることを見ていろっ! 」


 源九郎は神に向かって無遠慮に人差し指を突きつけていた。


「お前の望み通り、俺が、この村を、フィーナを救ってやる!

 神、あんたのためじゃねぇッ!

 長老さんと、フィーナと、この村の人たちと!

 俺自身のためにだ!


 お前は、どうせなにもしないんだろうから、引っこんでいやがれ!

 もう2度と、お前のことをアテになんかしねぇっ! 」


「……わかりました」


 その源九郎からの絶交の言葉に、神はなにも反論せず、ただ、静かに姿を消した。


 それもまた源九郎には腹立たしかったが、彼は頬を怒りでひくひくと引きつらせながらも、それ以上はなにも言わない。


 今やるべきなのは、野盗たちを退治すること。

 そして連れ去られたフィーナを救うことだからだ。


 しかし源九郎は、そこで、自分が丸腰でこの場にいることに気づいて、愕然がくぜんとした。


(全部、洞窟どうくつの中だ! )


 意識を取り戻し、村が燃えている、長老が危ないと知った源九郎は、無我夢中で駆け出していた。

 そしてその際に、刀も置いてきてしまっていたのだ。


「クソッ! 」


 つくづく、自分はツメが甘い。


 転生する前、実際には源九郎の役者生命を絶った張本人だった光明のことを親友だと思い込んでいたり、長老の差し出して来た酒を、そんなものはないはずの村で突然出てきたことを疑うこともせずに飲んでしまったり。


 だが、長老が生き返らないように、過去は変えられない。


(とにかく、走るしかねぇ! )


 源九郎が思い悩むべきは、変えられない過去ではなかった。

 まだ見ない未来のために、[今]なにをするかを考えるべきなのだ。


 野盗たちを倒すためには、どうしても武器は必要だ。

 だから源九郎は、刀を手に入れるために、まずは洞窟どうくつに戻らなければならない。


 そう思って源九郎が駆け出そうとした時のことだった。


「おォーいっ! 旅の人ォっ! 」


 遠くの方から、聞きなれない声が源九郎のことを呼んだ。


 視線を向けると、そこにはこちらに走って向かってきている1頭の馬と、その背中に乗った1人の村人の姿がある。

 炎上した村へ向かった源九郎を追いかけて来たのだろう。


(やった! )


 その姿を目にした源九郎は、嬉しそうな顔をする。


 馬があれば、野盗たちのところに自分の足で走るよりもずっと早くたどり着くことができる。

 そしてなにより、源九郎に呼びかけている村人の手には、源九郎が置き忘れてきた刀が握られていたからだ。


「おーい、こっちだ! 」


 源九郎が両手を空に突きあげ、大きく振って呼びかけると、村人はサシャの馬首をこちらへと向け、畑を突っ切るようにして急いで駆けつける。


「旅のお人! ご無事だったべか!?

 武器も持たずに行っちまわれて、ぶったまげただよ! 」


 源九郎のことを心配していたのか、その中年の男性の村人はほっとしたような表情を浮かべる。

しかし、すぐに近くに横たわっている長老の姿を目にして血相を変えた。


「ちょ、長老様ッ! 」


 サシャから飛び降りると、村人は長老にすがりつく。

 そしてすでに息を引き取っていることを確認すると、「チクショウ、野盗どもッ! 」と悔しそうに、自身の拳で地面を激しく叩き、嗚咽をらした。


「すみません……。間に合いませんでした。

 なんとか、炎の中からは連れ出せたんですが……」


 その村人の嘆く様子に、源九郎も表情を曇らせる。

 長老は村人たちから慕われ、尊敬されていたらしかった。


「ああ……、旅のお人、アンタには感謝してもしきれねぇ……。

 村は焼けちまったが、こうして長老様は、焼けずに済んだんだ。

 旅のお人のおかげだべ」


 村人は源九郎を責めるようなことはしなかった。

 野盗から受けた長老の傷が致命的なもので、どんなに急いでも助けられなかったのは明らかであったし、源九郎のすすけた姿から、彼が炎の中から必死に長老を救い出したということも一目瞭然だったからだ。


「この報いは必ず、奴らに受けさせます」


 これだけの惨事が起こっているというのに、村人は源九郎に責任転嫁して当たり散らしたりしない。

 そのことに改めて彼らのたくましさを感じながら、源九郎は村人が持ってきてくれた刀を手に取り、帯に差した。


「旅のお人……、どうするおつもりなんだべ? 」


 その姿を、村人は涙ぐんだままの表情で、不思議そうに見上げる。


「今から、野盗どものところへ乗り込みます。

 だから、サシャを俺に貸してください」


 源九郎は険しい視線を野盗たちが消えて行った方角へ向けながら、決意のこもった重々しい口調でそう答えていた。

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