・1-46 第61話 「源九郎、立つ:1」

 この、役立たず。

 源九郎の言葉は、神をそう罵倒ばとうするものだった。


 神には、神なりの事情があるのだということはわかった。

 その事情を知ってしまえば、神が自身の力を際限なく行使しようとするのを躊躇ためらう気持ちも、理解することはできる。


 しかし、それでは何も、誰も救えない。


 村は焼け落ち、長老は2度と目覚めることはない。


「ですから……、わたくしは、源九郎。

 あなたを、この世界へと呼んだのです」


「……な、なにっ!? 」


 神を見上げ、怒りのこもった視線で睨みつけていた源九郎だったが、その言葉でたじろいでいた。


わたくしの、シナリオ。

 この世界にあなたをお呼びして、やっていただきたかったこと。


 それは、わたくしにはできない、してはならないことを、代わりにあなたに、あなたにならやっていただけると、そう考えたからなのです」


 シナリオ。

 神には、自分をこの世界へと転生させた理由が、目的があるはずだ。


 源九郎はそう思ってきたが、その疑問の答えが、今、明らかなものとなった。


 神がその力を使えば、人々は神に頼りきり、その世界はやがて滅びる。

 限定的に力を使うのだとしても、結局は新たな対立や争いを生む。


 その問題を解決するために、神は悩んだのだろう。

 そして出した結論が、この世界の者ではない、[異世界]の存在、源九郎を連れてきて、彼に世界を救わせることだった。


「……だったら、なんでもっと早く言わねぇんだッ!? 」


 唐突に明かされた自身の転生の真実に戸惑った源九郎だったが、すぐに神への怒りは再燃した。


「村は、焼けちまった!

 長老さんも、死んじまった!

 しかも、フィーナまでさらわれて!


 あんたがもっと早く、俺がなんのためにこの世界に転生したのかを教えてくれていたら、こんなことにはしなかったんだッ! 」


「それは、あなたがまだ何の準備もできていなかったからです」


 神の言葉は、言い訳をするようなものではなく、淡々とした、ただ事実を語るものだった。


「源九郎。あなたには、人を斬ることができましたか?

 異形の怪物や、空想の世界のモンスターなどではなく、生身の、あなたと同じ姿かたちをした、生きた人間を。


 わたくしが、転生したてのあなたにあの野盗どもを退治せよ、と、彼らを斬れと命じても、あなたにはそれはできなかったはずです。

 殺人のために自分を呼び出したのか、と、あなたはわたくしを非難し、自らの判断でいずこかへと向かってしまっていたかもしれません」


 その神の指摘に、源九郎は不機嫌そうに唇を引き結びながら押し黙った。

 実際、転生したその時に神がその真意を伝えていたとしても、野盗たちと戦う、ましてや彼らを斬る、などという決心はつかなかったのに違いないのだ。


 あの野盗たちの姿を見れば、峰打ち、などという手段は取っていられない。

 相手は鎧まで着込んでいて、全員ではないが何人かはきちんと鍛錬を積んでいる一級の戦士たちだ。

 手加減している余裕などない。


 しかも、たとえうまくこの村から追い払ったところで、野盗たちはまた別の村を襲うだけなのだ。


 長老は、野盗たちが最初からこの村を焼き払うためにやって来たのだと、話し合いで、交渉で解決するつもりなどなかったのだと言った。

 彼らはこの村だけではなく、より多くの村を襲撃し、焼き払い、それらが属している国家を混乱させ、その勢力を削ぐために差し向けられてきた、襲撃者たちなのだ。


 源九郎がこの村から彼らを追い払っても、別の村で、今、目の前で起こっているような悲劇が起きる。

 大勢の、抵抗する術さえ持たない村人たちが殺戮さつりくされ、村が焼き払われる。


 解決するためには、源九郎は、野盗たちを斬らなければならなかった。

 だが、そんな覚悟は、転生したばかりの、まだ[田中 賢二]が抜けきっていなかった源九郎には、逆立ちしたってできないことだ。


 いきなり野盗たちを始末しろと神に言われたら、自分はそんなことはできないと断っただろうし、神を邪神か悪魔だと断じ、話を聞くこともなく決別していたかもしれない。

 森の中で野盗たちに襲われていたフィーナを見つけて救うことも、この村にたどり着くこともなかったかもしれない。


 野盗たちを斬り捨て、この村を救う。

 その目的のために、神は源九郎にこの惨状を見せつけなければならなかったのだ。


 だが、源九郎は納得できなかった。

 神は、長老の死を、[必要な犠牲だった]と突き放すように言っているのだ。


(冗談じゃ、ねぇ! なんで長老さんが死ななきゃいけねぇんだっ!? )


 源九郎は怒りで自身の拳を強く握りしめ、全身を小刻みに震わせた。


 喉元まで、ありとあらゆる罵倒ばとうの言葉がせりあがってくる。

 しかし源九郎は、それを口にすることができなかった。


 感情は、怒りに満ちている。

 こんなのはおかしいという思いが、台風のように激しく渦を巻いている。


 しかし、神の言うとおり、源九郎はこの惨劇を目にしなければ、野盗たちを、人間を斬るという覚悟をできなかったのもまた、事実なのだ。


「お願いします。源九郎……。

 わたくしのことは、どのように思っていただいてもかまいません」


 そんな源九郎に、神は願う。


「どうか、この村を、人々を、救ってください」


 その呼びかけに、源九郎はすぐには応えることができなかった。

 神の考えていたこと、その行動の理由については理解できたが、決して納得することはできなかったからだ。


 しかし、やがて源九郎は、声を張りあげ、叫ぶようにして応えていた。


「おう!

 やってやろうじゃねぇかッ!!! 」

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