・1―44 第59話 「神、どこにいる!? :1」

 源九郎の目の前で、1人の老人が息を引き取った。

 そしてその命が燃え尽きるのと同じように、その老人が生まれ育ち、守り、未来に伝えようとした村は、炎によって焼け落ち、灰塵かいじんと化していく。


 源九郎はそっと長老の手を取り、身体の前で組ませ、見開かれたままの双眸そうぼうのまぶたを閉じてやった。

 それから脱ぎかけたままだった自身の上着の羽織を着直すと、そでで自身の顔をぬぐい、すすと涙とを振り払った。


 源九郎は、もう泣いていなかった。

 涙は十分に流しきったからだ。


「おい、神! 」


 だが、源九郎は自らの足で立ち上がる前に、煙に覆われた空を見上げて、そう声をあげていた。


「おい、神、どこにいる!?

 なんで、出てこないんだッ! 」


 源九郎はもう、神に[様]をつけて呼んでいなかった。


 なぜなら、源九郎は神に対して怒っているからだ。


「どうして、この村がこんなになっているのに!

 フィーナが連れ去られて、長老さんが、死んじまったっていうのに!

 出てきて、助けないんだ!?


 おい、神!

 あんたは、この世界の神なんだろう!? 」


 すると、濃い煙を背景として、ポワン、と、ふわふわとした白い球体が浮かび上がる。


「やっと来やがったか、この野郎!

 なんで、さっさと出てこないんだ! 」


 源九郎は姿をあらわした神に向かって声を荒くして叫ぶ。


「アンタ、神なんだから、なにがあったのか見ていたんだろう!?

 なぁ、頼むよ!

 長老さんを、生き返らせてやってくれ! 」


「……その老人を、生き返らせたいのですか? 」


 神はようやく源九郎の呼びかけに応じたが、しかし、その声は抑揚のない、淡々としたものだった。

 まるで、長老の死についてなんの感情もなく、責任も感じていないように。


「当たり前だ! 」


 その神の態度も、源九郎のかんに障る。


「だって、こんなのって、あんまりじゃねぇかッ!


 野盗どもに種は奪われ、フィーナはさらわれ、村は焼かれて!

 長老さんは、斬り殺されたんだぞ!?


 なんでアンタは助けようとしないんだ!? 」


「それは、わたくしがしてはならないことであるからです」


「なんでだ!?

 だってアンタ、俺のことは生き返らせて、この世界に転生させてくれただろう!?


 長老さんの命を救うことくらい、できるはずじゃないか!

 村がこんなになる前に、助けられたはずじゃないか! 」


わたくしがあなたを転生させたのは、あなたが、この世界の住人ではなかったからです」


 口角から泡を飛ばし、憤りを隠そうともしない源九郎に、神は淡々と言う。


わたくしは、この世界の……、貴方にとっての[異世界]の神。

 ですから、わたくしたちにとっての異世界人であるあなたに命を与え、この世界に転生させることができたのです」


「おかしいだろう!? そんなのは!

 自分の世界の人は助けられなくて、他の世界の人は助けられるだなんて、あべこべじゃないか! 」


「それが、ルール……、決して破ってはならない、原則なのです」


 源九郎と神は、対照的だった。

 源九郎は感情をあらわにし、隠そうともしないが、神はそれを抑え、少しも表面に見せることはない。


「なんだよ、ルールって!? わけがわからねぇ! 」


 いら立った源九郎は、神に説明を求める。

 すると神は、「少し、長い話となります……」と前置きをしてから、話し始めた。


わたくしは、これまでいくつもの世界を生み出し、そしてくり返し、失敗してきました。

 世界を生み出せば生み出した数だけ、わたくしはその世界を滅ぼしてしまったのです」


「滅ぼした? ……まさか、アンタ、自分で!? 」


「いえ、そんなことはいたしません。決して。

 わたくしは、自分が生み出した世界を、そこに暮らすすべての命を、愛おしみ、育もうとしました。


 そのために、わたくしは求められるものをすべて与えました。


 豊かな実りをもたらす土地。

 尽きることのない富。


 食べるモノがなければそれを与え、住む場所がなければ家を与え、着る物がなければ気候に合った服を与え、人々が望むものをすべて与えたのです。


 貴方が今、求めているように、死者には命を与えもしたのです。


 その結果……、わたくしが支配した世界はどれも、みな、滅びました」


「いったい、どうしてなんだ? 」


わたくしが望みを叶えるほど、人々はより多くを望みました。

 それでもわたくしは、彼らの望みに応じ、すべてを与え続けました。


 人々は、繁栄しました。

 しかしその中で、退廃し、生きる力を失って行ったのです。


 望めば、わたくしが、神がすべてを与えてくれる。

 自分自身では何もせず、何かを得ようと努力せずとも良い。


 そんな環境の中で、人々は自分の力でどのように生きればよいのかを忘れ去って行きました。

 やがては、生きようとする気力さえも。


 わたくしがすべてを与え続けた世界では、最後には人々は生きることに飽くようになりました。

 すべての望みが叶うのに、永遠の命さえ手に入れられるのに、人々は最後には、死を、終わりを望むようになったのです。


 ですから、わたくしは、自らにルールを課しました。

 自分が統治する世界の人々には、我が力による恩恵を、その望むままに与えてはならないと。


 我が子らが悩み、苦しんでいようとも、わたくしがその都度助けていては、みな、生きる力を失い、最後には滅んでしまう。

 そうならないために、わたくしは、その老人を、この村を、救うわけにはいかなかったのです」

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