・1-43 第58話 「最期の願い」
「源九郎……様……ッ!
オラの……、オラの、ことはええんだ……ッ!
こんな、愚かで、バカな、年寄りのことなんか……! 」
長老は、カッ、と
「長老さん、しゃべったらダメだ!
今、血を止めるから! 」
源九郎は長老の無茶な行動をいさめながら、その手を振り払って止血するために上着を脱ごうとする。
しかし長老は、頑なに源九郎の手を放そうとしなかった。
「オラは、もう、ダメだ……。
自分で……、分かってんだ……。
だから、オラのことは、どうなってもええんだ!
源九郎様っ!
フィーナを……、オラの、大事な娘を……! 」
「フィーナ!? フィーナが、どうしたんですか!? 」
その長老の言葉に驚いた源九郎は、慌てて長老に耳をよせる。
(フィーナ……、確かに、
村人たちの多くは中年から老人ばかいで、子供の数は少ないから、すぐに見分けがつくはずなのだ。
「フィーナ……は……、野盗ども……が……」
「えっ!? 野盗どもに、捕まったんですか!? 」
「そうじゃ、ねぇ……。
あの子は……、自分、から……。
村の、ために。
オラの……、ために!
自分から、野盗どもの奴隷にでも何でもしてくれって、来たんだッ! 」
長老の震える声に、力がこもる。
その血走った
おそらく、多量の出血によってもうほとんど長老の目は見えていないのだろう。
彼は、残されたわずかな時間を、自身の命を振り絞って、源九郎に最期の願いを伝えようとしている。
「お
フィーナをッ、オラの、フィーナを! 救ってやってくんろ! 」
「ええ、もちろんです、長老さん!
絶対に、フィーナを助けます! 」
死んでいく長老に、その魂に届くように。
源九郎は自身も
「野盗たちを、倒します!
そしてフィーナを、無事に連れ戻します!
この村を、俺が救います! 」
「源九郎……様……」
その声は、確かに長老の耳に届いたのだろう。
彼の声にはほんの少しだけ、安心したようになる。
源九郎は、もう長老の治療を試みようとはしなかった。
もはや手遅れなのは明らかであるうえに、長老は意外なほどの力強さで源九郎の手をつかみ続けているからだ。
自分の、言葉を。
最後に託す想いを。
余すことなく、源九郎に伝えたい。
すでに自身の死を悟り、受け入れている長老は、死の間際に源九郎に心の底から助けを求めていた。
「オラが……、オラが、全部、
長老はまるで自身の罪を告白し、
「野盗どもと、話し合いで解決できるって……。
奴らにも、人間らしい血が通ってるって……、情があるって、そう思っとっただ。
だけんど……、間違ッとった……。
奴ら、奴ら……、最初から、この村を焼き払う、つもりで……」
源九郎は一言も発せず、耳を澄ませている。
長老の言葉を一言一句聞き
「アイツら……、タダの、賊じゃなかったんだ」
長老はそんな源九郎にすがりつきながら、真実を告げる。
「奴ら、外から来た……、この国をしっちゃかめっちゃかにして、かき乱すために差し向けられた……、敵、だったんだ……!
それなのに、オラは、オラは……!
しかも、フィーナまで……」
徐々に長老の言葉は、弱くなっていく。
その瞳からは輝きが失われ、源九郎の手をつかんでいる力も、失われていく。
「フィーナ……。
フィーナを……、助……け……」
そしてそこで、長老の声は途絶えた。
源九郎をつかんでいた手がするりと離れ、ドサリ、と地面の上に倒れる。
長老の
その形相は、悔しさと、後悔と、心配とで歪んでいる。
「長老さん……、俺、約束します」
源九郎は、長老の耳にはもうどんな音も聞こえていないのだと理解しつつも、それでもそう言って、彼に約束をせずにはいられない。
「必ず、フィーナを助けます。
必ず、野盗どもを倒して、この村から追い出します。
必ず……、必ずッ! 」
涙が止まらなかった。
源九郎の
源九郎の目の前で、長老は息を引き取った。
彼は確かに野盗たちのことを見誤ったが、しかし、強い責任感を持ち、村のために自らの命を犠牲にするという覚悟を固めた、芯のある老人だった。
もっと早くに、源九郎に頼ってさえいれば。
そう思うと、源九郎の心は後悔であふれかえり、その感情は涙となってこぼれ落ちていく。
長老の遺体の横で、源九郎は膝をつき、うつむいて、泣き続けた。
こんなに泣いたことはおそらく、源九郎がまだ幼い子供だったころ以来だろう。
大人は、普通、泣くようなことはない。
特に、自分の夢に向かっていくことや、自分の果たすべき責任を背負っていく覚悟を固めた大人は、泣かない。
涙を流すことよりも、どうすれば自身の夢を叶えられるのか、果たすべき責任を全うできるかを考えるからだ。
泣けば確かに一時は楽になるのかもしれなかったが、それで目の前にある問題や課題が消えてなくなることはない。
だから涙を流さずに、しっかりと足を踏ん張って、歯を食いしばって進むのだ。
しかし源九郎は、いい歳のアラフォーのおっさんにもなって、泣いていた。
あまりにも過酷で、理不尽な運命。
その中で生き抜こうとして、失われた命。
それを救えなかった、守れなかった、自分。
悲しくて、悔しくて、あふれて来るその感情を涙によって出し切らなければ、源九郎は立ち上がれそうになかった。
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