・1-31 第46話 「腹を割って:2」

 やがてかまどに種火ができると、フィーナはそこに次々と燃料を追加し、少しずつ炎の勢いを増していった。

 最初は細い枝から始め、火に勢いがつき、熱量が増すと、太い薪をくべていく。


 すぐに炎はかまどの中で安定して燃え始め、薪の中に残っていた気泡が熱で膨れて爆ぜる、ぱち、ぱち、という音が聞こえ始める。


「フィーナ。

 すまねんだけども、酒を、持ってきてくんねぇかな」


「……えっ? 」


 フィーナが火をつける間ずっと無言だった長老が唐突にそう命じると、フィーナは驚きながら立ち上がって振り返る。


「酒だ。

 旅のお人と腹割って話すんに、どうしても要るんだ」


 長老は、有無を言わせない険しい表情と口調で、重ねて命じる。

 するとフィーナは、困惑したように眉を八の字にした。


「あの、長老さま……。

 お酒、って言ったって、この村には……」


「猟師のうちにあるはずだっぺ。

 ちょっと行って、取って来てくんねぇか? 」


「そ、それって……、長老さま!? 」


 長老の言葉に、なぜかフィーナは少し恐れている様子でたじろぎ、それから、イスに腰かけたまま気難しい顔で腕組みをしている源九郎と、険しい表情でいる長老との間で視線を行ったり来たりさせている。


 やがてフィーナは、長老に向かってなにかを言おうと思ったのか、口を開きかける。


「フィーナ」


 だが、機先を制するような長老の厳しい言葉に彼女は首をすくめ、それから困惑した、少し申し訳なさそうにも見える表情で「わかっただ……」とうなずくと、命じられた通りに家を出て行った。


 長老の家の中は、再び沈黙に包まれる。

 そこにいるのは、険しい表情の源九郎と、長老だけ。

 かまどの中で火が燃え、薪が爆ぜる音だけが響いている。


「長老さん。

 やっぱり、考え直しませんか? 」


 しばらくして、源九郎は沈黙に耐え切れなくなり、長老の方に身体を向けなおしながらそう言っていた。


「野盗たちに譲歩させるために、長老さんの命を懸ける。

 立派な覚悟だと思います。


 だけど、もしそれで野盗たちが引き下がったとしても、その後はどうするんです?


 村のことは?

 また後で、野盗たちが厄介な要求をして来たら?


 そしてなにより、フィーナのことも、あるじゃないですか。


 だから、俺があの野盗たちと戦います。

 そして、この村から追い払って見せる。


 村の人たちが戦う必要もありません。俺1人で全部、片づけて見せますから」


「ありがとうよ、旅のお人……。そう言ってくださる気持ちは、ありがてぇだ」


 源九郎の言葉に長老はうなずいたが、しかし、すぐに顔をあげて眼光鋭く、まっすぐに見つめて来る。

 その表情には凄みがあった。


「だけんど、旅のお人。


 あんたは、この村の者じゃねぇ。

 そんなことまでしてもらう義理もねぇし……、無関係のあんた様を、この村の問題に巻き込むわけにはいかねぇんだ」


 お前は、部外者。

 その部外者を、巻き込むわけにはいかない。


 その長老の言葉は、村のまとめ役としての自身の責任と、正当な対価もなく、ただの善意から源九郎に命をかけさせるわけにはいかないという覚悟が込められている。


 そこには、これまで自分たちの力だけで生き抜いてきたという、村人なりの矜持きょうじが存在していた。


 この村も、畑も、みな、この村人たちのものなのだ。

 自分たちの先祖が苦労して開拓し、畑を肥やし、どうにか今日のように[生きていける]環境を作り上げた。


 村人たちにとって、村とは自分たちの命と等しいもの。

 そしてその[命]を守り育ててきたのは自分たちなのだという自負は、不作に加え野盗に襲われるという理不尽に遭いながらも、彼らを今日まで生きながらえさせてきた原動力となっている。


 村とは、彼らにとっての生きる場所であり、[人生]なのだ。


 源九郎が戦って、野盗たちを追い払ってくれるのならそれは間違いなく、村人たちにとっては喜ぶべきことだろう。

 しかし、たとえ本心では喉から手が出るほど助けを求めていても、それに頼るのはあくまで最後の手段だ。

 自分たちの力だけでは本当にもどうにもならない状況に陥ってからのことだと、そう長老は考えているのだろう。


 そうでなければ、この村は「オラたちの村だ」と胸を張って、貧しく、苦しいながらも誇りをもって生きていくことはできない。

 流れ者の誰かに、正当な報酬も約束できないまま手を貸してもらい、その力に頼らなければならないとなればそれは、自分たちは己の力だけでは生きていけないということを認めてしまうことになるからだ。


 たとえそうして一時生き延びることができたのだとしても、村人たちはこれからも訪れるだろう困難に、自らの足で立ち向かっていくことができなくなる。

 なぜなら、自分たちが他者の力にすがらなければ生きていくことのできない、無力な存在に過ぎないとわかってしまっているからだ。


 それはきっと、惨めなことだ。

 だから長老は、源九郎に頼らず、たとえ自分の命を引きかえにしてでもかまわないと、その覚悟を固めている。


 確かに、源九郎はこの村の者ではない。

 この異世界に転生してからまだ、ほんの1日だって経ってはいない。


(けど……、そんなの、関係ねぇ! )


 だが、源九郎は、あの[立花 源九郎]なのだ。


 弱きを助け、悪を斬り、己の剣で道を切り開く。

 そんな[サムライ]が、この村のために何の義理もなく、何の対価も得られないからと言って、すべてを見なかったことにして去っていくことなど、絶対にないはずだ。


 そう結論を出したからこそ、源九郎は、まだ腹をくくりきれていないながらも、戦うことを決心したのだ。

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