・1-30 第45話 「腹を割って:1」

 自分が野盗と戦う。

 その源九郎の言葉に、村人たちは呆気にとられてポカン、とした顔になっていた。


 全村会議。

 本来であれば村人たちだけで行われるその合議の場に、村のモノではない流れ者が紛れ込んでいる。


 それだけではない。

 挙手をして発言し、野盗たちと戦うなどと言っている。


 村人たちは誰も、源九郎がそんなことを言い出すとは想像していなかった。


 だが、すぐに村人たちはざわつき始める。

 野盗たちの要求を飲むしかないと諦めていたところに、希望が見えたのだ。


 それは、溺れる者がわらをもつかむような、そういう類のことでしかないのかもしれない。

 しかし、村人たちにとってはたった一筋見えた光明であった。


「旅のお人だけに戦わせるよりも、いっそ、オラたち村のもんで野盗どもと戦うだよ! 」


 男性を中心に、にわかにそんな声まで上がってくる。


「奴らは、しょせん、10人と少しいるだけだ!

 こっちは、女子おなごも合わせりゃ、50人はいる!


 旅のお人は、フィーナを助けてくれただ!

 つぇえんだ!


 その旅のお人と一緒に戦えば、野盗どもを追い払えるべ! 」


 1人が弾んだ声でそう言うと、何人かが、「そうだ、そうだ! 」とはやし立てる。


 野盗たちは、この村人たちに「死ね」と言ったのだ。

 育てるべき作物の種を奪うという行為は、村人たちの命を奪うことに他ならない。


 野盗たちの好き放題にされて、しぼりつくされ、最後に飢え死にするくらいなら。

 命を失うという結果が同じなのだとしたら、武器を手に取って立ち向かった方がマシだ。

 そう考える村人は少なくなかった。


「みな、静かにしてくろッ! 」


 徐々に盛り上がり始めたその機運を制止したのは、長老の鋭い大声だった。

 その気迫に、ざわついていた村人たちは一斉に静まり返り、その視線を長老へと集める。


 源九郎は、長老が村人たちを抑えてくれて、内心でほっとしていた。

 というのは、あくまで源九郎が言いたかったのは「自分が野盗と戦う」ということであり、村人たちを巻き込むつもりまではなかったからだ。


 村人たちと力を合わせれば、野盗たちに対して勝率はあがるのに違いなかった。

 だが、多くの犠牲が出てしまう。

 何人もの村人が、間違いなく命を失うことになるのだ。


 村人たちを野盗たちから救いたい。

 それが源九郎の願いだったが、その、救うべき村人たちを傷つけてしまっては、本末転倒だった。


「みな、いったん、家さけえってくんろ。


 おらぁ、ちっと、旅のお人と腹ぁ割って話してぇだよ」


 村人たちが静かになったことを確認すると、長老は自身も声を抑えてそう言った。


────────────────────────────────────────


 長老の一言で、全村会議はいったん、お開きとなった。

 村人たちは不安と期待の入り混じった表情で長老と源九郎のことを見やり、それから、ぞろぞろとそれぞれの家に戻って行く。


 残ったのは、長老と、源九郎。

 そして、フィーナだけだった。


「外は、冷えるっぺ。

 旅のお人、ひとまずはうちに入ってくんろ」


 やがて長老がそう提案して来たので、源九郎はその言葉に従った。

 実際、夜の空気は冷たく、身体の芯まで凍えて来そうなほどだったのだ。


「フィーナ、わりいけんど、火を起こしてくんねぇか? 」


 家の中に入ると長老はそう言い、フィーナはコクンとうなずくと、源九郎にご馳走するために料理をした時と同じように手際よく準備を整え、かまどに火をつけ始める。

 てきぱきとした所作ではあったが、彼女は怯えているらしく、その手はかすかに震えている。


 野盗たちへの恐怖に加え、村が滅びるかもしれないという不安。

 そして、自分の唯一の保護者である長老が、村のために命を投げ捨てる覚悟でいるということ。


 村がなくなるかもしれず、そうならなかったとしても、自分は1人ぼっちで取り残されるかもしれない。

 立て続けに直面したそれらの事柄に、フィーナは怖がっている。


 それでも滞りなく火おこしができるのは、それが普段から何度もくり返して、すっかり身についた動作だからだろう。


 フィーナが火を起こしている間に、長老は源九郎と食事を共にしたテーブルにまで進むと、イスにドスン、と勢いよく座り込んだ。

 それから長老は、扉の辺りで緊張した様子で立ちすくんでいる源九郎に視線を向ける。


「旅のお人も、座ってくんろ」


 言われて、源九郎も長老の対面に来るイスを引いて、座った。


 腹を割って、話しをしたい。

 源九郎は、長老のその話したい内容とは、村として正式に野盗退治を依頼するというものだと思っていた。


 村人は、絶対に巻き込みたくはない。

 たとえ1人であろうと、あの野盗たちを退治して見せる。


 源九郎はそう覚悟を固めてはいたが、いざ、実際に戦いに向かわねばならないという場面を考えると、やはり緊張してしまう。


 野盗たちの本拠地に乗り込んで、大立ち回り。

 その戦いでは、峰打ちなどをして手加減している余裕などないはずだ。


 すなわち、源九郎は、野盗たちを斬らなければならない。


(人を、斬るのか……。

 俺、が……)


 そのことを考えると、源九郎の手には自然と汗がにじんできてしまう。


 源九郎は緊張で身体を固くし、じっと長老が口を開くのを待っていたが、なかなか話は始まらなかった。

 長老自身も、なにかを深く考え、何度も試行錯誤しているのかもしれない。

 白髪の老人は険しいしかめっ面をしたまま、源九郎の方を見つめている。


 張り詰めた、重苦しい雰囲気に包まれている。

 その中で、フィーナがカチ、カチ、と火打石を叩く音だけが響いていた。

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