・1-29 第44話 「全村会議:2」

 自分の命を差し出すことで、村にとっての生命線である種を守る。

 そう言った長老の言葉には、わずかの揺らぎもない。


 たとえ、本当に自分自身の命を失うことになるのだとしても。

 長老は何としてでも、野盗たちに条件を飲ませるつもりでいるらしかった。


「待ってください、長老さん! 」


 その時、集まっていた人々の中から、しゅたっ、と挙手がされる。


 その挙手に、村人たちは全員、驚いて声のした方を振り返っていた。


 村人たちが驚いたのは、突然挙手がされたからだけではない。

 挙手をしたのが村の人間ではなく、今日、この村にやって来たばかりの、源九郎だったからだ。


「長老さん、自分の命をかけようだなんて、そのお覚悟は立派だと思います。

 だけど、それじゃいけない!


 野盗どもはきっと、残った種もよこせって、そう言って来るに違いないですよ! 」


 驚いていた村人たちだったが、源九郎の指摘に何人かがハッとなにかに気づいた顔をする。


 我々は約束を守る。

 野盗の頭領はそう言い、実際に違反をした部下を断罪することによってその言葉が本当であるということを示したのだが、しかし、考えてみれば、現在の状況はそもそも、野盗たちが要求をエスカレーションさせてきたことが原因だった。


 野盗たちがやってきたことで、ただでさえ苦境にあった村はさらなる困難に直面している。

 最初はわずかな食料の要求だけだったが、野盗たちは結局、村人のために残すと約束した食べ物まですべて奪って行った。

 さらには、種までよこせと言う。

 くり返される野盗たちの要求のために、村は存亡の危機に直面している。


 たとえ長老が自身の命と引き換えに野盗たちから譲歩を引き出したところで、野盗たちがその後で約束を破らないとは、誰も断言できない。

 種さえ差し出せば村を離れるとも言っていたが、それだって、村人たちに積極的に食料を差し出させるための[ウソ]かもしれないのだ。


「長老さん。

 俺は、旅のもんだ。

 だから、この辺りのことも、長老さんたちのことも、よくは知らない」


 村人たちが注目している。

 それを感じながら、源九郎は自身の考えを臆することなく口にする。


 野盗たちの言いなりになるしかない、村人たち。

 彼らには戦うだけの力がなく、野盗の要求を飲むしかないと考えてしまうのは、源九郎にも理解できる。


 世の中には、戦うことのできる者と、できない者がいるのだ。

 自分の身に苦難が降りかかっても、もうダメだ、自分にはできないと諦めてしまうことは、よくあることだ。

 その絶望と向き合い、その苦難を乗り越えるまでに必要とされる労苦を乗り越えると覚悟して、1歩を踏み出すことのできる者は、数少ない。


 村人は自分たちでは野盗に勝てないと思っていて、抵抗するという選択肢を持っていない。

 だが、その弱さは決して、非難されるべきことではない。

 戦い方を知らない村人たちが野盗とことをかまえれば多くの犠牲が出ることは明らかで、何人もの村人が命を落とすことになるのに違いないからだ。


 自分の命や、家族、友人の命を失って喜ぶ者はまず、いない。

 立ち向かっても勝算は少なく、命を失うだけだというのなら、現状を変更しようという抵抗を諦め、甘んじて現実を受け入れるという選択をしても、責めることはできない。


 特に、この村人たちが直面している困難とは、彼らの責任ではなく、彼らに苦難を味合わせている野盗を始め、外的な要因が大きいのだ。


 だが、ここには源九郎がいた。

 悪を切り裂き、弱きに希望を与える、サムライがいるのだ。


(俺は、この人たちを守りたい! )


 それは、源九郎の中に生まれ、大きく膨れ上がった、確かな欲求だった。


「だけど、俺はサムライだ。

 俺は、野盗どもと戦うことができる」


 アラフォーのおっさん、田中 賢二ではなく、令和のサムライ、立花 源九郎なら、どうするのか。

 その答えは、すでに気がついている。


 自分の力では、野盗たちには及ばないかもしれない。

 野盗たちの頭領の剣さばきを見た後で、その不安はより強くなっている。


 頭領は、一刀でスキンヘッドの野盗の首を斬り落としていた。

 それは頭領が装備している剣がかなりの切れ味を持った名のある剣であろうということ、そして、その剣術の腕前が優れているということを示している。


 たとえば、日本には国宝とされている刀剣がいくつもあるが、それほどの名刀を素人に持たせたところで、あの頭領と同じことができるかと言えば、できないだろう。

 いくら切れ味がよくても腕が悪ければ、刃は骨を切断できずに止まり、一刀で首を斬り落とすことなどできない。


 それが、できる。

 ということは、頭領の剣術の腕が相応に優れているということだ。


 あの頭領と戦って、勝てるのか。

 源九郎は確信が持てなかった。


 だが、だからと言って、源九郎は戦うことを諦めて、口をつぐんだりはしなかった。

 村人たちが直面している過酷な現実から目を背け、戦うことを避けて縮こまっているのは、絶対に[立花 源九郎]ではないと思うからだ。


 ならば、源九郎がやることは、1つだけだ。


「俺が、みなさんに代わって、あの野盗どもと戦います」


 おそれが完全に消えたわけではなかったが、源九郎はもう、迷ってなどいなかった。

 野盗たちと戦う。

 そう告げる声は、少しも震えてなどいない。


 自身の命に代えてでも、村の未来を、村人たちの命を守る。

 その長老の決意を見せつけられて、源九郎は奮い立っていた。


(ここで引き下がったら……。

 俺は、立花 源九郎じゃ、ねぇ! )


 その、確固たる思いと共に。

 源九郎は村人たちに向かって、決意を言葉にする。


「約束します。

 必ず、俺のこの刀で野盗どもを追い払い、村を、みなさんを、守って見せます!


 だから、決して、諦めないでください! 」

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