・1-14 第29話 「初めての異世界村:1」
なにもない、貧しい村だ。
フィーナは自分の村のことをそう言っていたが、その評価は
全体的に、村は荒れている。
森を切り開いて作ったらしい平地の中心部分に集落があり、周囲には耕作地が広がっているが、どちらも十分な手入れがされていない。
種まきを間近にひかえているのか、畑は耕されて黒い土が見えていたものの、深くまで耕せていないし、土の耕し方にムラがある。
また、耕作地以外の場所に関してはまったく手が回らないのか放置され、雑草が元気に成長しており、土地の境界線を区切り野生動物が畑を荒らすのを防ぐために作られている木製の柵も、ところどころ壊れたままだ。
村の建物の状態も、酷いものだった。
村は中央の広場を中心として作られており、どの建物も木製の柱、荒い出来の土壁、木の皮の屋根で作られていたが、屋根や壁にあいた穴を放置したままの建物や、火災によって焼け落ちたままになっている建物まである。
遠目に見ると、村人たちが懸命に働いている様子がわかる。
村人たちは少しでも畑の状態をよくしようと
「……こりゃ、ひでぇな」
その光景を目にした源九郎は思わず、近くにその村に住んでいるフィーナがいることも忘れて、正直な感想を
「ここ何年か、毎年、不作が続いてんだ」
自分の住んでいる村を酷評されたのにも拘らず、フィーナは特に気にした様子もなく、淡々とした口調で言う。
彼女はこの現実を、すでに受け入れている様子だった。
「おらがまだ小さかったころは、今よりもっとラクに暮らせとっただよ。
けんど、戦争だって言って、ご領主さまが若くて元気なもんは、男も女もみーんな、連れて行っちまって。
人の手が足んなくなって、畑仕事もちっともはかどらなくって。
そのおかげで、ロクに収穫もできねぇのに、税だけは変わらねぇ。
戦争でご領主さまは亡くなったって聞いたけんど、連れていかれたもんらは帰ってこねぇし、国のえれー人がよこした代理の役人が、税はしっかり徴収していくだーよ……。
おまけに、近くに野盗まで住みついちまって……。
だから、村のみんなで頑張って働いてるのに、ちっともラクになんねーんだ」
それは愚痴ではなく、この村の現状についての、ありのままの説明だった。
「んだから、おさむれーさま、おらたちロクなおもてなし、できねーだよ? 」
それからフィーナは源九郎のことを見上げ、あらためて、申し訳なさそうにそう言う。
彼女は助けてもらった恩返しができないことを、心苦しく思っているようだった。
「なぁに、かまわねぇさ。
森の中でも言ったけどな、俺は別に、なにかお礼が欲しくてフィーナのことを助けたわけじゃねぇ。
あの野盗たちのことが、気に入らなかっただけさ」
源九郎はフィーナを安心させてやるためにそう答えつつ、少し違和感を覚えてもいた。
源九郎をこの世界へと転生させた神は、近くに村があるということは教えてくれた。
しかし、その村からフィーナがさらわれ、野盗たちに襲われそうになっていることも、村が重税に苦しみ貧しいことも、教えてはくれなかった。
思い出されるのは、神が言っていた、[シナリオ]という言葉。
この世界で、源九郎がやるべきこと。
それは、たとえばこの村を救うことなのではないだろうか。
余裕のないギリギリの暮らしをしている人々を、助けてやることなのではないか。
しかし源九郎には、どうすれば良いのかはわからない。
あるのは、刀と、
(神様、俺に、どうしろっていうつもりなんだ……? )
源九郎は荒れた村の姿を見つめながら、今すぐ、神にその真意を問いただしたいという衝動を覚えていた。
「ほんとに、すまねぇだよ、おさむれーさま」
しかし神を呼び出そうとする前に、源九郎の表情を、少しのお礼もおもてなしも期待できなくて落胆しているのだと勘違いしたフィーナが謝罪してくる。
「だから、気にすんなって! 」
しゅん、としおれた花のようになっているフィーナに、源九郎はできるだけ明るい笑顔を向けていた。
確かに、源九郎が転生して来たこの異世界は思っていたモノとはかなり様子が異なっているが、それは別に、こちらが勝手に期待していただけのことで、フィーナや村人たちの責任ではないのだ。
源九郎の笑顔を見ても、しかし、フィーナの表情は晴れなかった。
その笑顔も言葉も、フィーナを励ますために作られたものだと思っている様子だった。
「一晩、ぐっすり屋根のある所で眠らせてもらえるだけで、俺は十分さ」
だから源九郎は、ぬっ、と手をのばして、フィーナの頭を軽くなでてやる。
手入れのされていない黒髪は、ボサボサ、ごわごわとした荒っぽい感触だった。
「わっ!? 」
その突然の仕草にフィーナは驚きの声をあげ、反射的に身体を引いて源九郎の手から逃げだす。
「……おっと、すまん」
フィーナのリアクションを目にした源九郎は、軽く頭を下げて謝りながら手を引っ込める。
日本では子供の頭をなでるということは当たり前に行われていることだったが、世の中には、頭をなでることをタブー視するような文化も存在する。
もしかするとフィーナが暮らしているこの地域もそういった文化に属する場所で、少し配慮が足りなかったかと、源九郎は反省していた。
「ちょ、ちょっと、驚いただけだっぺ……」
そんな源九郎に、フィーナはまだ驚きの残っている、半ば呆然とした声でそう答える。
命の恩人だから我慢しているという可能性もあったが、どうやら、頭をなでることが許されない社会ではないらしかった。
「と、とにかく、なにもねー村で
村のみんなも、おさむれーさまのこと、歓迎してくれるっぺよ!
みんな、いい人らだからっ! 」
それからフィーナはそう言うと、サシャの手綱を引いて、源九郎を先導するように急ぎ足で歩いていく。
(ま、焦らず、どうするか考えましょ)
源九郎はそう思い、なぜ神は自分をこの場所に転生させたのかという疑問をしまい込むと、村の人々との出会いがどんなものになるのかという期待を胸に抱きながらフィーナの後を追って村へと向かった。
※ちなみに、フィーナちゃんはこんな子です
https://www.pixiv.net/artworks/103460749
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