・1-13 第28話 「フィーナ」

 立花 源九郎。

 その名前を、源九郎は迷いなく口にしていた。


 自分はもう、田中 賢二ではない。

 立花 源九郎という、サムライなのだ。


 その実感を、源九郎は誇らしげに声に出す。


「た、たちば、な……? げん、く、ろー……? 」


 耳慣れない発音だったのか、村娘は戸惑ったように首をかしげている。

 野盗たちの格好といい、村娘の服装といい、この辺りはヨーロッパ的な文化を持っているはずだったから、日本的な発音の名前には馴染みがないのだろう。


「そして、俺はサムライだ」


「さ、さむれー……? 」


 そこにさらに源九郎がたたみかけるようにそう言うと、村娘は耳慣れない言葉を連続して聞きすぎたために少し眩暈めまいがしたのか、よろめいてしまう。

 するとすかさず、サシャが頭で村娘のことを支えてやった。


「あー、えっと、とりあえず、おさむれーさま、で、えーだかね? 」


 やがて村娘は、軽く頭痛がするのか頭を片手で押さえながら、源九郎にそうたずねて来る。

 どうやら、その「さむれー」という発音がもっとも村娘にとっては呼びやすかったようだ。


「おう、別に、それでもかまわねーぞ」


 どうせ村娘とは、村に案内してもらったらそれっきりなのだ。

 源九郎は少し村娘からの呼ばれ方に(なんか、歯切れが悪くてかっこ悪い)と不満はあったものの、こころよく了承する。


「それで、俺の方は、お嬢ちゃんのことをなんて呼べばいいんだ? 」


 それから源九郎は、村娘にそうたずねていた。

 たとえすぐに別れるのだとしても、それまでの間、村娘の名前を知っていなければ不便だと思ったのだ。


 それにこの村娘は、源九郎が異世界で助けた最初の人間、ということになる。

 親しくならないのだとしても、名前くらいは聞いておきたかった。


 村娘は、むぅ、と小さくうなり、警戒するような視線を源九郎へと向けて押し黙る。

 どうやら彼女はまだ源九郎への不審を抱いているらしく、気軽に自分の名前を教えても良いものかと悩んでいる様子だった。


 だが、そんな村娘のことを、サシャが軽く頭でツンツンと小突く。

 まるで、「この人は大丈夫」と、村娘にそう言っているのだと思える仕草だ。


 そんなサシャのことをちらりと目だけを動かして見やった村娘は、小さく嘆息する。

 自身の中にあった源九郎への猜疑心さいぎしんを、その吐息と一緒に吐き出すように。

 そして源九郎の方を振り向くと、村娘はややぶっきらぼうに、自分の名前を源九郎に教えてくれた。


「おらの名前は、フィーナっていうだ」


────────────────────────────────────────


 村娘、フィーナはやはり、この近くにある村の住人であるとのことだった。

 おそらく、神が言っていた村のことだろう。


 年齢は、数え年で14歳。

 源九郎が転生する前に暮らしていた令和の時代の一般的な年齢の数え方では、13歳だということだった。


 身長は、源九郎よりも頭一つ分以上、背が小さい。まだ13歳の少女であるから当然だったが、ずいぶんと小柄だ。

 また、その身体もやせ細っていて華奢きゃしゃで、麻布の粗末なチュニックを身に着けているからわからないが、もし服を脱げばあばらが浮き出て見えるのではないかと思えるほど、線が細い。


 顔立ちは幼いながらも、左右の均整がとれている。

 ミディアムショートにされた黒髪と、源九郎が暮らしていた世界ではほぼ見かけることのない金色の瞳という幻想的な組み合わせもあって、フィーナの容姿は印象に残るモノだった。


 最初、フィーナは源九郎に対して、距離を置いて接していた。

 野盗から助けてくれた恩人だとはいえ、見慣れぬ風体の大男が相手だ。

 直前までフィーナが置かれていた状況を考慮すれば、男性である源九郎を警戒するな、と言う方が無理なことだっただろう。


 しかし、フィーナの案内で村へと向かう道すがら、段々と2人は打ち解けていった。

 源九郎のことを、フィーナにとっては以前からの仲良しだったらしい芦毛あしげの馬、サシャが信用していたということもあったし、一緒に並んで歩きながらいくつか言葉を交わすうちに、フィーナにも源九郎が悪人たちの同類ではないと理解できたのだろう。


 最初は源九郎の方から話しかけていたのだが、いつの間にか、フィーナの方から次々と質問を投げかけてくるようになった。


 元々、元気で明るい、活発な性格をしているのだろう。

 村の外で暮らした経験がなく、外の世界の知識に飢えていたということもあって、フィーナは熱心に源九郎の話を聞きたがった。


「おさむれーさま、いったい、どこから来たんだべか? 」


 源九郎はフィーナが打ち解けてくれたのは嬉しかったが、しかし、この質問には返答に困ってしまった。


 異世界からやってきたなどと馬鹿正直に答えてしまって、いいのだろうか。

 そんなことをすればフィーナを余計に混乱させ、源九郎のことを頭のおかしな人間だと思ってしまって、せっかく打ち解けたのがまた元に戻ってしまうかもしれない。


 そんな気まずいことは嫌だ。

 だから源九郎は、曖昧あいまいな答えしかできない。


「あ、ああ、えーっと……、それは、ずぅっと遠いところさ」


「遠いところって、どこだべさ? 」


「遠いところは、遠いところさ」


「んーぅ? 」


 サシャの手綱を引きながら歩いていたフィーナは、源九郎の方を振り向くといぶかしむように眉をひそめ、上目遣いで小首をかしげながら見つめて来る。

 「まさかそれで話は終わりじゃないんでしょう? 」とでも言いたそうな様子だ。


 かわいらしい仕草ではあったが、源九郎は少し焦ってしまう。

 やはり、自分が異世界から来たのだと正直に明かしていいものかと、迷うのだ。

 せっかくスムーズに進んでいるのに、話をこじれさせたくない。


 だから源九郎は、なんとか詳細な部分をぼかして説明できないか、考える。


 源九郎は異世界からやって来たが、神が源九郎に刀や衣装を用意してくれた際の口ぶりから、日本に相当する地域があるのは間違いない。

 そして、日本と言えば、東。

 ここはヨーロッパに当たる地域であるらしかったが、おそらく、ずっと東に行けば、この世界における日本があるはずだ。


 そう考えた源九郎は、できるだけの愛想笑いを浮かべながらフィーナに答える。


「それはだな、えっと……、そう、ずぅっと、東に行ったところだ。

 ずっとずっと東に行った先に、大陸の端の向こう、海のただなかに、いくつもの島でできている国があってだな。


 俺はそこからずっと、旅をして来たんだ」


 我ながら、苦しい。

 そう思って源九郎は冷や汗が浮かんでくるような気分だったが、幸いなことにフィーナはそれ以上突っ込んだ質問をしてこなかった。


 なぜなら、2人と1頭は森を抜け、開けた田園風景の中に、村があるのを目にしていたからだ。

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