・1-12 第27話 「サシャ」

 源九郎が縄を切ってやると、ぱらり、とほぐれるように落ちた縄の下から、くっきりと縄目の跡がついた褐色の肌が姿をあらわす。


(アイツら……っ! )


 それに気づいた源九郎は、野盗たちが村娘になにをしようとしていたのかを思い出し、もっと痛めつけてやればよかったと、寛大かんだいに野盗たちを見逃してしまったことを後悔していた。


 そんな源九郎の横を、バッ、と起き上がった村娘が駆け抜けていく。

 彼女ははだしのまま土間になっている小屋の中を駆け、その間に自分の手でさるぐつわを外すと、一目散に小屋に首から先だけを差し込んでいる芦毛あしげの馬へと飛びついて行った。


「サシャ! 」


 村娘は、おそらくはその芦毛あしげの馬の名前らしきものを叫びながら、サシャの頭に抱き着く。

 そのまなじりには、今度は恐怖からではなく喜びから、涙が浮かんでいた。


 サシャと呼ばれた芦毛あしげの馬の方も、村娘に抱き着かれるのを心地よさそうにしている。

 それだけではなく、まるで村娘に甘えるように顔をすりつけ、その体温をより強く感じようとしているようだった。


「なんだ、お嬢ちゃんたち、知り合いだったのか? 」


 その1人と1頭の様子を見て、源九郎は納得していた。

 サシャは野盗たちを小屋からおびき出すために自分を使えとアピールしてきたり、野盗たちが去った後、自ら戻ってきて早く村娘を助けろと急かして来たりしていたが、それはどうやら、サシャと村娘が旧知の仲であったかららしい。


 それも、かなりの仲良しのようだ。

 サシャは村娘の腕の中に顔をうずめたまま心地よさそうにしていて、村娘は愛おしそうな優しい手つきでサシャのことをなでている。


「あー、感動の再会をしてるところ、悪いんだけどな……」


 その1人と1頭の邪魔をするのは気が引けたが、源九郎は思い切ってそう声をかける。

 村娘を野盗たちの手から救うのにもっとも功績があったのは自分なのだから、このくらいのことは許されるだろうと思ったのだ。


「できれば、お嬢ちゃん。俺をお嬢ちゃんの村まで案内してくれねーかな?

 今晩、泊るところが欲しいんだ」


「この小屋じゃ、ダメなんか? 」


 村娘はサシャをなでる手を止めず、源九郎の方を振り返りもしなかったが、問いかけに答えてはくれる。

 田舎育ちであるためか、その言葉にはなまりがあった。


「おらの村、この近くにあるだよ。

 けんど、貧しい村だで、村にある家もこの小屋とあんま変わんねーだ。


 それに、おじさんに、お礼もできねーだよ? 」


「礼なんか、いいさ。

 こっちが勝手にやったことだしな」


 源九郎は肩をすくめながらそう言ったが、実際には、多少の[お礼]は期待していた。

 しかし、それは金銀財宝といったものではなく、一晩屋根のある所に泊めてもらい、少しばかり食事と、できれば酒を振る舞ってもらって、それからこの世界のことについて情報を教えてもらうことだった。


 神の導きが得られると期待できる状況ではあったし、神の言う「シナリオ」の正体も気にかかってはいたが、ひとまずは自由にこの世界を旅してみて欲しいとも神から言われている。

 そして、自由にこの世界を旅するためにはまず、この世界がどんなところなのか、この周辺にはどんな場所があるのかを知っておきたかった。


「……ほんとに、おらの村、なんもねーだよ? 」


 村娘はようやく源九郎の方を振り返ってくれる。

 だが、やはりその視線は、疑惑に満ちたものだった。


「今年も、不作だったで。

 それにあの野盗の仲間たちが、村にあったまともな食べ物はみーんな、持って行っちまっただよ……。


 だから、おじさんになにかごちそうしようとしても、ロクな食いもんは出せねぇ。

 寝床も、ホントに、この小屋のよりいいもんはねぇだよ? 」


「かまわねぇさ」


 その少女の言葉を聞くと、源九郎はごちそうや酒への未練をさっぱりと捨てた。

 元々それは[あれば嬉しい]くらいのものだったし、村娘を野盗たちの手から助け出すことができたのなら、それ以上のことはないだろうと思ったのだ。


「けど、俺は見ての通り、遠いところから来た旅人でね。この辺の地理はさっぱりなんだ」


 だが、情報だけは必要だ。

 だから源九郎は、おそらくは村娘には理解が難しいだろうという[異世界転生]という部分は伏せて、自分の望みを口にする。


「できれば村の人たちに、この辺りのことを教えてもらいたいんだ。

 たとえば、ホラ、どの方向に向かえば大きな街に出られるか、とか」


「大きな街に行くつもりなんなら、おじさん、てんで見当違いのとこに来とるだよ……」


 源九郎の言葉に村娘は少し呆れた様子だったが、少し信用してくれたらしい。

 疑うような視線をそらした村娘は、少し考え込むようなそぶりを見せてから、また源九郎の方を見ると、小さく、だがはっきりとうなずいてみせた。


「わかったっぺ。

 おらの村に、あんたを案内するだよ。


 きっと、ガキんちょのおらより、長老さまの方がよほどお役に立つだろうし。

 大したことはできねぇけど、できるだけのおもてなしもしてくれるだんべ」


「おお、ありがてぇ!

 サンキューな! 」


 源九郎は村娘のその言葉ににっこりと破顔はがんして満面の笑みを浮かべると、ガハハ、と嬉しそうに声に出して笑う。


「さ、さんきゅー? 」


 村娘はその言葉の意味を知らないのか、怪訝けげんそうな顔で源九郎の方を見つめていたが、コホン、と咳ばらいをすると、まだ警戒心の抜けきっていない、少しとげのある声でたずねて来る。


「それで、おじさんのこと、おらはなんて呼べばいいべか? 」


「俺?


 俺は、立花 源九郎だ」


 その村娘からの問いかけに、源九郎は待っていましたとばかりに、少し格好をつけた口調で答えていた。

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