・1-11 第26話 「村娘」

 源九郎が小屋の中をのぞくと、そこには捕らわれたままの少女の姿があった。

 野盗たちが村からさらってきたようなことを言っていたから、神が言っていた、この近くにある村の村娘なのだろう。


 黒髪に褐色の肌を持つその村娘は、捕らわれたままベッドの上に横たわり、そして、怯えている。

 足の縄は野盗たちによって切られていたが、まだ手は拘束されたままだったし、外の状況もわからず、恐怖で身がすくんで逃げ出せなかったらしい。


「っ! 」


 村娘は小屋の入り口から姿をあらわした源九郎に気がつくとビクッと肩を震わせ、驚きと恐怖で金色の瞳を持つ双眸そうぼうを見開く。

 悲鳴も上げたようだったが、さるぐつわを噛まされているせいで、声にならないうめき声がわずかにれただけだ。


 そのまなじりにはうっすらと涙が浮かび、彼女の全身がカタカタと、激しく小刻みに震えて始める。

 源九郎の姿を目にして、より一層強い恐怖を感じている様子だった。


(無理ねぇだろうな……)


 源九郎は村娘を怖がらせたくなどなかったが、自分の格好を見おろして、肩をすくめるしかなかった。

 なにしろ自分は、村娘からすれば完全に[異質]な存在だ。


 身長180センチを超える長身に、引き締まった筋肉質の肉体。

 源九郎は総髪と呼ばれるまげをしているが、村娘からすればそれは自分の暮らしている地域の文化からは馴染みのない髪型だし、身に着けている衣装も、村娘からすれば初めて見るものであるはずだった。


 ましてや、村娘は、3人の野盗たちによって捕らえられていたのだ。

 野盗たちは逃げ散って行ったが、小屋の中で恐怖におびえて縮こまっていた村娘はそんなことは知らないだろうし、まだ近くに野党がいると思っているかもしれない。


 その上に見たこともない風体の大男があらわれては、怖がるな、という方が無理なはずだった。


「あー、えっと……、お嬢ちゃん、あのな?


 おじさんは、悪い人じゃないんだ。

 あの野盗どもの仲間じゃないし、俺は、お嬢ちゃんを助けに来たんだ」


 源九郎は、できるかぎりの笑みを作ると、村娘に優しい声でそう教えてやる。


 だが、その笑顔は、ぎこちない。

 殺陣たてを極めようと我が道を突き進んできた源九郎は、子供の扱いというモノに慣れていないのだ。


 ましてや、娘など。

どう接すればいいのか、まるでわからない。


 源九郎の周囲にいたのは、大抵、男性だった。

 殺陣たてを身につけるために専門の学校に通っていた時、周囲にいたのは源九郎と同じ夢を持った役者のタマゴたちで、女性よりも男性の比率の方が圧倒的に多かった。

 それに、殺陣たてに役立てばと全国をめぐり武者修行した際にも、源九郎が師事した相手の多くは男性だった。

 女性の武道家というのは間違いなく存在するが、比率としては、男性の方が圧倒的に多いからだ。


 女性武道家も、源九郎が会ったことがあるのはみな、熟成された人格を持つ、相応の年齢を重ねた人々だった。

 今、目の前にいる幼さの残るような少女など、自分自身が子供であった時を最後に、まともに接したことがない。


 見たところ、村娘は小学校の高学年か、中学生になりたて、くらいの年齢に見える。

 源九郎からすれば、優に20年以上は接したことのない相手だった。


「大丈夫、怖がらなくて、平気なんだ!


 ほら、今から、縄を解いてあげるから」


 源九郎は優しい表情と声を保ちながら、少し身体をかがめて目線を低くし、ゆっくりと村娘へと近づいていく。

 できるだけ刺激せずに、怖がらせないように、慎重に。


 だが、村娘は源九郎が脇差の柄に手をかけるのを目にすると、ビクン、と身体を震わせ、「嫌っ、来ないで! 」と言うようなうめき声をあげ、自由に動く足を使って少しでも源九郎から距離をとろうと、じりじりと後ずさって行く。


「ちょ、落ち着いてくれって!

 大丈夫、おじさんは、さっきの野盗たちの仲間じゃないんだって! 」


 源九郎は慌てて脇差から手を離し、村娘を落ち着けようと両手の手の平を見せる。

 だが、村娘は源九郎のことを怖がり続けていた。


 言葉は通じているはずだ。

 少なくとも、野盗たちには通じていた。


 だから少女も言葉を理解できているはずだったが、恐怖のあまりパニックに陥ってしまっている様子だ。

 源九郎の声は聞こえていても思考が働かず、なかなか理解できずにいるのだろう。


(ど、どうすりゃいいんだ……っ! )


 源九郎は村娘に向けて優しい笑顔を向けたまま、困り果ててしまう。

 村娘は怯えるばかりで、なにを言っても通じない。

 時間をかければ落ち着いてくれるかもしれなかったが、日が暮れてしまいそうだった。


 源九郎としては、日が暮れる前に村にたどり着いておきたかった。

 この小屋には寝床もあるし、着替えもあるし、食べ物も持っているのでここで一晩明かしても良かったが、できれば村にたどり着いて、もっとまともな食事にありつきたかった。


 なにしろ、異世界に来た、初めての日なのだ。

 少しばかりお祝いしたくなるのが、人情というモノだった。


 しかし、村娘を放置したまま村に向かうなどという選択は、源九郎にはあり得ないことだった。

 そもそも村娘を放っておくつもりなら、野盗と戦ったりはしていない。


 なんとか村娘を落ち着かせられないか、必死になって思考をめぐらせてみる。


 だが、なにも妙案を思いつかないでいると、突然、村娘はぴたっ、と動きを止めた。

 そして、きょとんとしたような様子で、源九郎を、正確にはその後ろの方を見つめ、ぱちくり、と、何度かまばたきをくり返す。


 源九郎が村娘につられて背後を振り返ると、そこには、馬の頭があった。

 芦毛あしげの馬が首をのばして、小屋の出入り口からにゅっ、と顔だけを出し、村娘の方を見つめながら少し口元をもしゃもしゃと動かしている。

 リラックスしている表情に見えた。


 まるで、「大丈夫、もう安全だよ」と、村娘に教えようとしているようだ。

 そして村娘はその芦毛あしげの馬の様子を見て、落ち着きを取り戻したらしかった。


 もう村娘は、恐怖に双眸そうぼうを見開いたり、身体を震わせたりしていない。

 まだ源九郎のことを不審がってはいる様子だったが、源九郎から逃げ出そうともしていなかった。


「よし、今から、縄を切るからな」


 村娘が落ち着きを取り戻してくれたのなら、それでいい。

 源九郎はほっとしたような顔をすると、今度こそ、脇差で村娘の縄を解いてやった。

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