・1-10 第25話 「源九郎の異世界初勝利」

 3人の野盗たちは、源九郎ただ1人によって倒されていた。

 それも、ほとんど一方的な瞬殺。


 武器の良し悪しが原因ではなかった。

 確かに野盗たちが用いていた両手剣ツーハンドソードはあまり状態の良いものではなかったが、なによりも、それを用いる使い手の技量の差が大きい。


 野盗たちの腕前は、酷いものだ。

 おそらく両手剣ツーハンドソードは彼らにとって[慣れた]武器であったはずだったが、その使い方は十分に習得しておらず、お粗末としか言いようがない。


 源九郎とは対照的だ。

 かつて身に着けた殺陣たての技をはっきりと身体が覚えていたし、神が用意した刀もよく手に馴染んでいた。


 どれほど剣術に真剣に向き合って来たのか。

 その熱意と努力の差が、この結果に結びついていた。


「ほら、さっさとどっかに行っちまえよ」


 油断することなく正眼に刀をかまえたまま、わずか1分にも満たないような間にあっさりと倒されてしまった3人の野盗たちに向けて、源九郎は冷たい声でそう言い放つ。


 その冷ややかな声の中に侮蔑ぶべつの気配を感じ取り、土にまみれた野盗たちは悔しそうに表情を歪めた。


 しかし、彼らはそれ以上向かって来ることはなかった。

 短時間の間だったが直接刃を交えた彼らには、源九郎にはかなわないとすっかりわかってしまっているからだ。


 やがて、スキンヘッドの野盗が、よろよろと立ち上がる。

 そして彼は、額から血が垂れ、赤い筋の描かれた顔で憎々しそうに源九郎のことを睨みつけた。


「……行くぞ、お前ら」


 だが、スキンヘッドは視線を外すと、吐き捨てるようにそう言ってきびすを返し、源九郎に背中を向けた。

 それは、彼が負けを認めた、ということだった。


「あっ、アニキ、待って下せぇよっ! 」


「クソッ……、お前、覚えていろよなッ! 」


 その兄貴分の行動に、他の2人の野盗も慌てて従った。


 まるで、絵にかいたような悪党の捨て台詞。

 その言葉を撮影ではなく現実に耳にすることとなった源九郎は、思わず苦笑してしまっていた。


 野盗たちは、源九郎のことを振り返らなかった。

 とり落とした両手剣ツーハンドソードだけは拾い上げて、スタコラ、森の中へと消えていく。


 源九郎は、野盗たちの姿が見えなくなってもまだ、刀をかまえていた。

 目をこらし、野盗たちが消えて行った先を監視し続けるだけではなく、聴覚にも集中し、前後左右、どの方向にも警戒し続けている。

 野盗たちが、逃げた、と見せかけて往生際悪く攻撃してくる可能性もあったからだ。


 やがて、源九郎の横合いから、ガサゴソと草木をかき分けるような音がした。


 警戒を怠っていなかった源九郎は、右足を軸にしてさっと音のした方向を振り返り、再びやや引いた左足に重心を移して、いつでも動けるように体勢を整える。


 だが、源九郎はその音の正体を知って、拍子抜けしたような表情になり、それから、ふっ、と小さく息をらして笑った。


 そこにいたのは、源九郎に「自分を使え」と言うように小さな声でいななき、野盗たちを小屋の外に誘いだすのを手伝ってくれた、芦毛あしげの馬だったからだ。


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 野盗たちはどうやら、森の奥深くへ、少なくともこの近くからは逃げ散ってしまった様子だった。

 源九郎が辺りにどんなに耳を澄ませてみても人の気配は感じられず、野生の動植物が存在しているだけだ。


 そのことを確認すると、ようやく、源九郎は安心してかまえを解いた。

 ひゅぅ、と大きく息を吐きだし、それから日本刀に刃こぼれなどが生じていないことを確かめると、それを自身の腰の鞘の中に納める。


 急に、源九郎の額に汗が浮かんでくる。

 それは、冷や汗だ。


 捕らわれて、狼藉ろうぜきを働かれようとしている少女を救うために。

 源九郎は思わず刀を抜いたのだが、しかし、考えてみると、本物の剣を持った相手と戦うのは、今回が初めてだった。


 相手が大した実力の持ち主ではなかったとはいえ、万が一、その刃を受けることになれば、ただでは済まなかっただろう。


 源九郎は、なんのギフトもチートもなしにこの世界へと転生しているのだ。

 だから、傷を負ってもすぐに治癒するとか、そんな超人的な力はない。

 重傷を負えばそのまま命を失う可能性だって、あった。


 だが、源九郎は勝利を手にしていた。

 無傷で生き残り、野盗たちはどこかへと逃げ去った。


 源九郎が自身の描いた夢を追い求め、必死に身に着けた、殺陣たての技。

 それは、ウソをつかなかった。


「俺は、立花 源九郎だ」


 野盗たちには名乗らなかったが、源九郎は自らの名前を、実感と共に呟いていた。


 それは、自分が田中 賢二ではなく、立花 源九郎という、[サムライ]なのだという感覚だ。


 ふと顔をあげると、芦毛あしげの馬のどこか不安そうな表情がある。

 ———まるで、「あの野盗たちを逃がしてしまって、本当に良かったのか? 」と、そう問いかけてきていると思える様子だった。


 もちろん、そんなものは源九郎の錯覚に過ぎないのかもしれない。

 それでもそう思うのは、彼自身、引っかかりを覚えているからだった。


 あの野盗たちにはもしかすると、仲間がいるかもしれない。

 後で大勢を率いて押しよせてくる、なんていうことも十分にあり得るだろう。


 やはり、峰打ちなどではなく、斬り捨てるべきだったか。

 ちらりとそんな思考が頭をよぎった。


 しかしすぐに、ああするのが最善だったのだと、源九郎は自分自身を納得させていた。


「相手は、悪党とはいえ、人間だった。間違いなく、俺と同じ、人間だった。……いくら異世界に来たからって、そんな易々と、斬っちゃいけねぇはずだ」


 その時、かッ、かッ、と、芦毛あしげの馬が前足のひづめで地面をひっかいた。

 まるで源九郎に、「なにか忘れているのではないか? 」と、そう指摘しているようだった。


「お前、賢いなっ!


 ……っと、そうだった、そうだった! 」


 源九郎はその芦毛あしげの馬の賢さに感心して双眸そうぼうを見開いたが、すぐに振り返って、その視線を小屋へと向ける。


 野盗たちに捕らわれていた、少女。

 彼女はまだ、縄で縛られたまま、小屋のベッドの上に寝かされているはずだった。


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