・1-9 第24話 「久しぶりの殺陣:3」

 1対多数の戦いで重要になってくるのは、互いの位置関係だった。


 いくら剣術の腕が優れていようとも、数人から同時に斬りかかられては対処が難しい。

 腕は2本しかないからだ。


 そんな状況でも対処できてしまうという達人もいたかもしれないが、少なくとも源九郎は、本物の剣を振るっている相手に対してそういうことをしてみる気持ちにはならない。

 1つミスをすれば、それだけですべてが終わってしまうかもしれないからだ。


 複数人から同時に斬りかかられないようにするためには、まず、囲まれないようにしなければならない。

 前から、横から、後ろから、一斉に攻撃されない位置関係を心掛け、常にその関係を維持できるように位置取りをする。

 もしできるのなら、1人ずつ対処できるような位置を保つことが望ましい。


 撮影の中で源九郎は、度々、そういう指導を受けた。

 少数の正義の味方が多数の悪を打ち倒し、正義を成すというのが、時代劇の王道ストーリーだ。

 そしてその1対多数の戦いにリアリティを持たせるために、源九郎は単純に剣を振るう腕前だけではなく、戦い方も身につけなければならなかった。


 数年のブランクがあっても、源九郎は、必死に身に着けたその感覚を忘れてはいなかった。


 源九郎が右へ、右へと抜けて行ったのは、こういう理由があった。

 まず先頭を切って突っ込んでくるスキンヘッドを倒し、次いでその右側にいた野盗を倒して、自分はさらに右側に抜ける。


 すると、左側にいた野盗との間には、少しだが距離ができている。

 そしてその距離があるおかげで、源九郎は余裕を持って、最後の1人に対処するために体勢を整えることができるのだ。


 叫びながら突っ込んで来る3人目の野盗は、両手剣ツーハンドソードを顔の右横まで持ち上げ、その剣を寝かせて切っ先を源九郎へと向けていた。


 それは、剣を突き入れようとする姿勢だった。

 前の2人が源九郎に剣を振り下ろそうとして、源九郎の素早い剣さばきによって失敗したのを見て、斜にかまえたようなしゃべり方をする野盗は両手剣ツーハンドソードのリーチを生かそうと考えたのだろう。


 確かに、両手剣ツーハンドソードの方が間合いは広い。

 日本刀も両手で使う武器だが、かつて平均身長が現代よりもずっと小さかった日本人が使いやすいような大きさで作られており、平均身長が日本人よりも高いヨーロッパ人が両手で使う武器である両手剣ツーハンドソードよりも小さくできている。


 だから単純な距離の勝負では、確かに野盗の側に有利であるはずだった。


 しかし源九郎は、嘲笑あざわらうような笑みを浮かべる。

 突きで源九郎の間合いの外から攻撃しようという野盗の狙いはよかったが、その技量のほどがお粗末としか言いようがなかったからだ。


 野盗の突きには鋭さがまったくなかった。

 その切っ先は間違いなく源九郎に狙いを定めてはいるものの、動きが遅く、簡単に見切ることができてしまう。


 源九郎は、正眼にかまえた刀をやや前へと突きだし、野盗が突き入れて来る両手剣ツーハンドソードの腹をとらえさせた。

 そしてわずかに刀に力を加えてやると野盗の両手剣ツーハンドソードは源九郎の刀に押され、その狙いは外れていき、あらぬ方向へと向かって行く。


 野盗の動きが、ぴたり、と止まる。

 それは、自分の剣の切っ先が外側に行ってしまったのに対し、ほぼ微動もしなかった源九郎の刀は野盗の首筋に突きつけられていたからだ。


 もし、源九郎が峰打ちの体勢ではなく、刃の方を向けていたら。

 ほんの少し源九郎が腕を動かすだけで、野盗の首筋の血管は切り裂かれていただろう。


 至近距離で、野盗と源九郎の目が合う。

 源九郎がニンマリとした勝ち誇った笑みを浮かべると、野盗の方は恐怖に表情を引きつらせながら、ゴクリ、と喉を鳴らして生唾を飲み込んでいた。


「もう少し、鍛えるこったな! 」


 そんな野盗にそう言い捨てると、源九郎は野盗の腹部に蹴りを入れる。

 すると野盗は完全に腰砕けになってしまっていたのか、あっさりと後ろに引っくり返るようにして倒れこんだ。


 だが、源九郎はまだ、気を抜かない。

 これで3人倒したことになるはずだったが、刀で斬り捨てて完全に無力化したわけではなく、峰打ちにしただけだからだ。

 まだ野盗たちが立ち向かって来る可能性があり、源九郎は刀をかまえ続ける。


「ヤロウッ!

 調子に、乗るなよォッ! 」


 源九郎が想定していた通り、野盗たちの兄貴分であるスキンヘッドがそう叫びながら向かって来る。


 その手には、短剣が握りしめられていた。

 地面に落としてしまった両手剣ツーハンドソードを拾い直すよりも、予備の武器として持っていた短剣を引き抜いて襲いかかる方が早いという判断から、武器を持ち替えたのだろう。


 だが、半ば体勢を崩された状態から無理やり向かって来たスキンヘッドのその攻撃は、造作もなく源九郎にかわされることとなった。

 源九郎が油断せずにしっかりと備えていたからだ。


 スキンヘッドがヤケクソになって振るって来る短剣を源九郎は軽い力で打ち払うと、足さばきで後方に下がりながら素早く刀を跳ね上げ、振り下ろして、突っ込んで来る勢いそのままに姿勢を崩しながら前へ出てきていたスキンヘッドの額をバシン、と打った。


「ぎぇッ!? 」


 スキンヘッドは再び悲鳴をあげ、ひざを折る。

 源九郎に峰打ちにされた額には血がにじみ、たらり、と垂れてスキンヘッドの顔を伝うと、スキンヘッドは自身の額を慌てて手で覆った。


 3人の野盗たちは全員、地面の上にはいつくばっていた。

 もはや、源九郎に立ち向かおうとする者はいない。

 明らかに大きな実力差があることを、短時間の間に見せつけられてしまったからだ。


「お前たちの負け、だ! 」


 悔しさと恐怖の入り混じった視線で源九郎のことを見上げる野盗たちに、源九郎は勝ち誇った笑みを向けながら言う。


「だが、命はとらないでおいてやる。


 どこへなりとも、さっさと失せるこったな! 」


「……くっ! 」


 その源九郎の言葉に、スキンヘッドの野盗は屈辱くつじょくに表情を歪めた。


 自分のことを「アニキ」と言ってしたって来る子分たちを前に、源九郎に手も足も出せずに一方的に負けてしまったのだ。

 スキンヘッドが感じている屈辱くつじょくは、他の2人の野盗よりもずっと大きく、根深いはずだった。


「あっ、アニキ……」


 そんなスキンヘッドに、下品な声の男が情けない声で呼びかける。

 コイツには勝てっこないと、そう怯えている声だ。


「……チッ! 」


 自分も含めて、目の前のいる異質な風体の男にかなわない。

 子分の怯える声でその事実を再確認させられたスキンヘッドはいまいましそうに舌打ちをし、自身の拳を地面に叩きつけていた。

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