・1-8 第23話 「久しぶりの殺陣:2」

 源九郎は、3人の野盗を睨みつけたまま、左手で鯉口こいくちを切り、右手で静かに刀を抜いていた。


 木々の合間から降り注ぐ陽光を浴び、さやから解き放たれた刀がキラキラと、剣呑けんのんな輝きを放つ。


 刀の曇り一つない手入れの行き届いた刀身に、野盗たちは一瞬たじろぎ、そして、見惚れる。

 日本刀という刀剣の存在は知らずとも、また、腕がさほどではなくとも、剣を握り、扱ったことのある者ならば、その刀がすぐれたモノだと気づくことができるからだ。


 野盗たちが息を飲み見守っている前で、源九郎はゆっくりと両手で刀を持ち、正眼にかまえてみせる。


 源九郎は、完全に戦う姿勢を取り終えていた。

 この状態ならば、野盗たちがどんな動きを見せてもすぐに対応し、応戦することができる。


 だが、野盗たちは自分たちの剣に手をかけた姿勢のまま、呆けてしまったように動かない。

 初めて目にするサムライという存在を前に、まだ戦う決心がつかないのだろう。


 野盗たちは無防備で、集中力もない。

 隙だらけだ。

 そのまま斬りかかって行ってもよかったが、[源九郎]はそんなことはしない。


「どうした!? 貴様ら、剣を抜かないのか!? 」


 だから、源九郎はそう野盗たちに向かって凄むように叫んでいた。

 すると野盗たちは急に我に返り、慌てたようにそれぞれの剣をさやから抜き、おっかなびっくり、かまえをとる。


 野盗たちの剣は、一応、使い物にはなりそうだった。

 それは刃こぼれがひどい上に、野盗たちが身に着けている鎧と同じように痛みが目立ち、うっすらと錆が浮き出てさえいる。

 だが、刃の部分だけはがれてり、その部分だけは剣呑けんのんな輝きを放っている。


 剣をかまえはしたものの、野盗たちはやはり、すぐに襲いかかって来るようなことはなかった。

 源九郎は彼らにとって得体の知れない存在であり、どんな戦い方をするのか、まったく予想がつかないせいだ。


(動かないか……、なら、こっちからしかけさせてもらうか)


 腰が引けている野盗たちの姿を観察しつつ、源九郎はゆっくりとした動きで刀を頭上にかかげ、前に出していた右足を今度は左足より後ろへと引いて、かまえ方を上段へと変える。


 そして頭上で刀にカチャッ、という小気味の良い音を立てさせながら、刀の刃と峰をひっくり返し、峰打ちの態勢をとった。


「ひるんでんじゃねェ、3人同時に、かかるぞっ! 」


 いつまでもこのままではいられない。

 そう考えたのかスキンヘッドの野盗は叫び声をあげると、両手剣ツーハンドソードを顔の右横で垂直にし、いわゆる八双のかまえを作って、自ら率先して源九郎へと向かって来る。

 その行動に他の2人の野盗も、少し遅れてつき従った。


 双方の距離は、5メートルほど。

 数秒もしない内に野盗たちは源九郎に向かって剣を振り下ろしているだろう。


 源九郎は野盗たちが近くまで突っ込んで来るのを待たずに、自分から動いていた。


 まっすぐ、前に出る。


「ィヤァッ! 」


 そして源九郎は、鋭いかけ声とともに刀を振るい、スキンヘッドの男が源九郎に向かって振り下ろそうとしていた両手剣ツーハンドソードを打ち払っていた。


 両手剣ツーハンドソードは、その名の通り両手で使う刀身の長い剣だ。


時に槍衾やりぶすまを切り払い、槍の穂先を斬り落として敵の槍兵たちの隊列を崩すのにも使われる両手剣ツーハンドソードは日本刀よりも大きく、間合いが広い。

 だから本来、両手剣ツーハンドソードを使っているスキンヘッドの男の方が、より遠くから源九郎を攻撃できるはずだった。


 だが、実際には源九郎の刀の方が先にスキンヘッドの男の剣を打ち払っていた。

 源九郎が自ら前に突っ込んで行ったことと、野盗たちが日本刀という剣に慣れていなかったことでスキンヘッドの目算が狂ったこと、そして両手剣ツーハンドソードはその大きさゆえに重量があり、刀よりも振りが遅くなったためだった。


 源九郎は相手の剣を打ち払った刀をその反動も生かしつつ跳ね上げ、澱みのない流れるような動作で素早く振り下ろして、スキンヘッドの男の左手を打ちつけていた。


 刃のついていない峰で叩かれただけとはいえ、日本刀は鋼鉄の塊だ。


「ぐぁっ!? 」


 腕を保護する籠手こてと呼ばれる部分の鎧を身に着けていなかったスキンヘッドの男は悲鳴をあげ、痛みに耐えかねて両手剣ツーハンドソードをその手から取りこぼす。


 源九郎は、スキンヘッドの男に追い打ちをかけなかった。

 彼の背後からは、さらに2人の野盗が迫ってきているからだ。


 源九郎は身長180センチを超える大男だったが、その身体の動きは俊敏しゅんびんだった。

 何か月も山籠もりをして、険しい山をまるで修験者のように駆け回り、豊富な体力と高い瞬発力を身に着けていたおかげだ。


 源九郎は、右に動いていた。

 そして深く踏み込み、姿勢を低くしつつ、スキンヘッドの男の腕を叩いた勢いで鋭く跳ね上げていた刀を、スキンヘッドの男に続いて突っ込んできていた下品な声の男の右脇へ、プレートメイルの隙間に正確に打ち込んでいた。


 鎧を身に着けていても、守れていない部分というのは必ず存在する。

 その1つが、脇の下だ。

 剣などの武器をあつかうためには腕を振り回せねばならず、腕を満足に振り回すためには脇の下などは解放して、自由に動かせるようにしておかなければならないからだ。


 その弱点を、源九郎は容赦ようしゃなく攻める。


 普通、日本の剣道などでは、胴を打つときは防具の上を狙うようにする。

 だがそれは剣道がスポーツであるからで、相手に怪我をさせないためにそうしているだけだ。


 今はスポーツの試合ではなく実戦で、そして、年端もいかない少女を慰み者にしようとしていた野盗に配慮してやろうとは、源九郎は少しも思わない。


「がふぁっっ!? 」


 スキンヘッドと同じく八双のかまえから源九郎に向かって両手剣ツーハンドソードを振り下ろそうとしていたその野盗は、みっともない悲鳴をあげながら剣をとり落としていた。


 源九郎は動きを止めず、さらに右に駆け抜ける。

 そして右足を軸にして素早く身体を回転させ、左足を後ろに引いて体重を乗せ、刀を正眼にかまえなおした。


「死ねやァァァァァァっ! 」


 そんな源九郎に向かって、斜にかまえたようなしゃべり方をしていた野盗が両手剣ツーハンドソードを手に突っ込んできていた。

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