・1-7 第22話 「久しぶりの殺陣:1」

 少女を救うために、自分を役立ててほしい。

 まるでそう言うように小さくいなないた芦毛あしげの馬を見て、源九郎は(こいつは使えそうだ)と思い、ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべていた。


 馬は、大切な財産だ。

 人間を乗せて長距離を移動するのに使われるし、馬車を引いて人や物を運ぶのにも使われ、頑健な種類の馬は農耕にも利用される。

 自動車などが普及する以前は、人々の生活になくてはならない存在だった。


 野盗たちにとっても馬は当然、大切な財産だろう。


 彼らの根拠地がどこにあるのかはわからないが、少なくともこの小屋であるはずがない。

そんな彼らが馬を失ったら、どうなるのか。

 根拠地の場所によっては、日が暮れてもたどり着くことができず、野盗たちはさぞ困るに違いない。


「たまには、最初はお前にゆずってやるよ」


「へっへっへ、アニキ、気前がいいですね!

 ありがたく、ゴチになりやす! 」


 小屋の中では相変わらず、3人の野盗たちが下品な会話を交わしている。

 偉そうな声の男が恩着せがましく言うと、下劣な声の男は嬉しそうな笑い声を出し、それから、腰に差していた短剣を引き抜いた。


「っ! 」


 その仕草に、捕らわれた少女が怯えたような悲鳴をらす。


「ぐへへ……。別に、命取ったりはしねぇさ、お嬢ちゃん?


 痛いことはするけどなぁ……、きへへへっ! 」


 その少女の反応に男は愉悦ゆえつに染まった声でそう言うと、短剣を手に少女へとにじりよって行く。

 まるで獲物をじっくりといたぶり、怖がる様子を楽しんでいるようだった。


 そして男は少女の足を縛り上げている荒縄に剣を当てると、バサリ、とそれを一気に切り裂いた。


 その間に、源九郎は馬たちへと近づいている。

 そして馬たちをつなぎとめていた縄を急いで解くと、「それ、行けっ! 」と彼らの尻を平手で叩き、馬たちを走らせた。


 馬たちは大きな声でいななくと、その場から走って逃げ出していく。


「おい、様子が変だぞ!

 馬がっ! 」


 まさに少女におおいかぶさろうとしていた男たちだったが、馬たちが逃げ出したことに気づいて血相を変えた。

 やはり、馬を失うのは彼らにとって大きな痛手なのだろう。


 小屋の扉を蹴り破る勢いで飛び出してきた野盗たちだったが、しかし、彼らは馬が逃げ出していることに気がついても、すぐには追いかけることができなかった。

 なぜならそこに、立花 源九郎が、サムライが立っていることに気がついたからだった。


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 小屋から飛び出してきた野盗たちは、馬たちがつながれていたはずの杭の近くに泰然たいぜんとして立っている源九郎の姿を目にして、たじろいだ。


 野盗たちにとって、源九郎は異質な存在だったからだ。


 なにしろ、野盗たちの衣装と、源九郎の衣装は、まったく違う。

 源九郎は、羽織袴はおりばかまに二本差しの、サムライの姿。

 しかし、野盗たちはヨーロッパ風のいでたちだ。


 野盗たちは、チュニックと呼ばれる膝丈まである貫頭衣を身につけ、その下にズボンをはいている。中世・近世のヨーロッパなどで広く身につけられていた衣装だ。

 そしてその上に、錆の浮き出た板金で作られた、あちこちが痛んでいて部品に欠損のあるプレートメイルを身に着けている。


 源九郎が賢二として暮らしていた世界でも日本とヨーロッパは遠く離れていたが、この世界でも同じように遠く離れているのだろう。

 野盗たちは、源九郎のようなサムライを今まで目にしたことがない様子だった。


 サムライを前にして戸惑い、おじけづき、額から冷や汗を流している野盗たちを前にして、源九郎は不敵な笑みを浮かべている。


 これまで、撮影のために何度もその殺陣たて披露ひろうしてきたが、それはあくまで撮影であって、本物の戦いではなかった。

 しかし、源九郎は自分の殺陣たてに絶対的な自信を持ち、実戦でも十分に通用するだろうと自負している。


 殺陣たてわざをどれほど苦労して会得したのか、その辛さはよく覚えている。

 そしてその苦難を乗り越えたことが、源九郎にとっての自信となり、初めて本当の戦いに臨むはずの彼に余裕を与えていた。


 その様子に、野盗たちは警戒心を強くしている。

 見慣れない風体ふうていであるだけではなく、その不気味なほどの冷静さ、余裕ぶりが、野盗たちの中で源九郎というサムライのイメージを増幅させ、より強い戸惑いと不安を抱かせているのだろう。


 双方の睨み合いは、しばらくの間続いた。

 だが、唐突に野盗たちの1人が前に出てきて、威圧するように声を張りあげて来る。


「なんだァ、てめぇはァッ!? 」


 その中年のスキンヘッドの野盗が、偉そうな声、野盗たちの中で「アニキ」と呼ばれていた人物であるようだった。

 彼が威圧して来たのは、他の2人の子分に対するメンツがあるからだろう。


 その声は高圧的なものだったが、しかし、源九郎は思わず失笑してしまっていた。

 強がっているだけだと、簡単にわかってしまうからだ。

 スキンヘッドの野盗は威圧するような表情でこちらを睨みつけているが、その頬がひきつるのを隠しきれていない。


 しかも、野盗たちは大して腕が立たないらしい。

 源九郎を前にして警戒する体勢を取ってはいるものの、彼らのかまえ方は状況に即応できるものではなく、おそらく、源九郎が本気で斬りかかれば、野盗たちが剣を抜く前に1人か2人くらいは倒せそうなほどだった。


「フン、お前らみたいな、年端もいかない少女に盛るような変態のザコに、名乗る名前なんてないさ。


 もったいないからな! 」


 源九郎は、そう言って野盗たちのことを嘲笑する。

 半分はかっこつけのためだったが、もう半分は本当にもったいないと思ったからだった。


「てめェ、なに様のつもりだっ!?

 こっちは、3人いるんだぞッ!? 」


 その挑発に、スキンヘッドの野盗は額に青筋を立て、剣の柄に手をかけた。

 他の2人の野盗も、少し動作が遅れたが、慌てて自分たちの剣の柄に手をかける。


 話し合いで解決できるような雰囲気では、ない。

 というよりも、そもそもこの場を話し合いで治めることなど、源九郎は考えていなかった。


 この野盗たちには、おしおきが必要だ。

 それも、痛い目を見てもらわなければならない。


「3人のごろつきと、サムライが、1人……。


 どっちが強いか、今から、お前らに教育してやるよ」


 源九郎は双眸そうぼうを見開き、口元に不敵な笑みを浮かべたまま野盗たちにそう言うと、左足を引きながらわずかに身体をななめにして半身にかまえ、刀の柄に手をかけた。

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