・0-15 第15話 「注文の多い転生者」

 賢二は戸惑い、これが自身の妄想なのではないかと疑いながら、それでも期待に胸がふくらむような思いだった。


 異世界に転生する。

 それは、賢二にとって新しい物語が始まることを意味する。


 見たこともない世界で、経験したこともないような冒険をする。

 それは、誰もが1度は想像したことがあるだろう。

 だからこそ、そういった転生をあつかった作品は人気があるのだ。


 今の自分とはまったくの、別人になることができたら。

 今とは違う、おもしろくて、素敵な人生を送ることができたら。


 それはたとえば、人間に転生するのでなくてもいいのだ。

 自分以外の何者かになり、それまでの自分では決して体験できなかったようなことを経験し、それを楽しむことができれば、それ以上のことはなにもない。


 そしてそれを、賢二は期待せずにはいられなかった。


『16歳の少年に転生するなど、いかがでしょうか? 』


 そんな賢二の内心を見透かしているように、神はそう提案してくる。


『あなたの転生先は、剣と魔法の、あなたたちがファンタジーと呼ぶような世界です。

 そこであなたは、新しい、自由な人生を送るのです。


 もう1度、あなたの人生をやり直すことができるのです。


 様々な出会いと、冒険の日々が、あなたを待っていることでしょう。

 もちろん、冒険に役立つような、素晴らしい特別な力も、あなたに与えましょう』


 それは、今すぐにでも飛びつきたいような、魅惑的な提案だった。


(……いや、違う)


 だが、すぐに賢二は、思いとどまる。


 転生して、今までとはまったくの別人になる。

 もう1度、人生をやり直すことができる。


 それは魅力的なことだったが、しかし、賢二が今まで真剣に願ってきたことは、それとは別のことだった。


 立花 源九郎。

 自分が役として演じた、[サムライ]。


 何者にも縛られず、自由に、運命をおのれの剣の腕で切り開いていく。

 そんな存在にこそ、賢二はなりたかったのだ。


 自分以外の誰かの、それこそ、神の力を借りてそうなりたいと思っていたのではない。

 賢二は自分自身の力でそうなりたいと願い、一心不乱にその夢を追いかけたのだ。


 他人から理解されず、絶対に無理だと言われようとも、賢二はその夢をつかもうと、自分に考えつくことはなんでも試し、いくつも失敗を積み重ねた末に、ようやく賢二はその夢を実現したのだ。


 賢二がやっとの思いでつかみ取った夢は、しかし、儚く消えてしまった。

 もうそれを追いかけることはできないのだと、麻痺まひの残った自身の左手を見るたびに、そう思って来た。


 だが、もし、もしも、自分にやり直せる機会があるのだとしたら。


 賢二は、まったく別の新しい夢ではなく、もう一度、自分自身が必死になって追い求めた夢に挑みたかった。


(神様。

 その……、せっかくの転生なのに、悪いんだが……。


 俺を、このまま……、いや、立花 源九郎として、転生させちゃくれねぇかな? )


 自分がなりたいもの。

 それは、立花 源九郎だ。


 その思いを再確認した賢二は、神に向かってそう言っていた。


『え、えっと……、それは、どういう? 』


 すると、神が戸惑ったような声で問いかけて来る。


(俺は、もし生まれ変わったとしても、今まで追いかけてきた夢と同じ夢を、追いかけてぇんだ)


 そんな神に向かって、賢二はまっすぐな思いをぶつけた。


(転生させてもらえて、しかも特別な力まで与えてもらえるなんて……、ありがたい話だと思ってる。


 だけど、俺がなりたいのは、他の誰でもない。

 田中 賢二という人間……、いや、俺が演じた、[サムライ]。

 立花 源九郎なんだ。


 だから、俺は転生させてもらえるのだとしても、特別な力なんかいらねぇ。

 若い、少年に戻してもらう必要もねぇ。


 俺は自分が夢を追いかけてきたことを後悔してねぇし、イチからやり直したいとも思わねぇ。

 たとえそれが、完璧な人生ではないのだとしても、俺は、俺がこれまで積み重ねてきたことに誇りを持ちてぇんだ。


 俺は、俺のまま。

 田中 賢二として……、いや、田中 賢二が夢見た立花 源九郎として、転生させて欲しいんだ)


『そ、それは……。か、神的に、ちょっと……


 いろいろと、シナリオというか、予定が狂ってしまうというか、ですね……? 』


 神は、賢二がつけた注文に困惑している様子だった。


『すみません……、そんな注文をつけてくる転生者って、これまでにいなかったものですから……』


 混乱のあまりなのか、神の口調も少しおかしくなっている。


(頼むよ、神様)


 しかし賢二は、神の言うシナリオだの予定だのは気にしなかった。

 なぜなら賢二には、生まれ変わったところで、立花 源九郎という[サムライ]になるという以外の夢を、生きる目的を、存在する意義を、想像することができなかったからだ。


 たとえまったくの別人に生まれ変わるのだとしても、賢二が目指すこと、やりたいと願うことは、1つだけなのだ。


 立花 源九郎として、生きていきたい。


 賢二のその願いはまっすぐで、ブレのないものだった。


『ええっと……、はい、わかりました。

 多分、そのご要望には、おこたえできると思います』


 しばらく考え込んだ後に、神はそう言ってくれた。


(ほ、本当か、神様! )


『え、ええ……。その……、いろいろとこちらの予定も狂ってしまいますので、調整も必要ですが……、できる、と、思います』


(ありがてぇ!

 さっすが、神様だ! )


 もう一度、立花 源九郎になれる。

 自分が一心不乱に目指して来た夢を、追いかけ続けることができる。


 そのことに、賢二は無邪気さを感じさせるほど素直に、純粋じゅんすいな喜びを覚えていた。


『その、本当に、あなたの元々の身体のまま、転生するのですか?

 若がえりとか、そういうこともなしに? 』


(ああ、ああ! そうだ、それでいい、神様。

 俺は、未練はたっぷりとあるが、後悔はしないって決めてるんだ。

 自分の積み重ねてきたこれまでを、なかったことにはしたくねぇ。


 だから、このまま……、転生させて欲しい。

 ギフトとか、チートとか、そういう特別な力も、いらねぇ)


『……。

 本気で、そうお考えのようですね』


 神は賢二の要望に、感心したような呆れたような、そんな声をらす。


『よろしいでしょう。

 田中 賢二……、いえ、立花 源九郎よ。


 あなたは、あなたのまま。

 そっくりそのまま、異世界に転生させましょう』


(ああ、ありがてぇ! )


 賢二は神の言葉に喜んだが、すぐに、(あっ! )となにかに気づいたように声をらした。


『どうされましたか? 』


(あのさ、神様。

 俺を、俺のまま転生させて欲しいっていうのは、変わらねーんだけどさ。


 ただ、俺の左手の麻痺だけは、きれいに直してくれねぇかな? )


『……ふっ。それくらい、たやすいことです』


 せっかく転生させてやろうというのに、いろいろと注文の多いことだ。

 神は少し呆れたような声だったが、賢二の、いや、源九郎の要望を聞き入れてくれた。


『……なんのチートもなしにというのは、大変でしょうが、それほどに強い信念を持つあなたならきっと、大丈夫でしょう。


それでは、立花 源九郎よ。

 あなたを、わたくしの統べる世界へと転生させましょう』


 そうして神がそう告げるのと同時に、源九郎は自身がどこかへと、吸い込まれるように運ばれていくのを感じていた。


 形のない曖昧な存在でしかなかった源九郎がまた、形を取り戻し、肉体という実体を伴った存在となっていく。


 そうして、源九郎が気づいた時には、そこはもう、異世界だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る