嘘をつくまでに約束を結ぶ

エリー.ファー

嘘をつくまでに約束を結ぶ

 試すべき言葉を連ねている時間が必要だ。

 特に、こんな宇宙を飛び回るような仕事をしているのであれば。

 私は引っ越し屋である。

 宇宙規模の夜逃げを専門としている。

 何でも屋と表現してもいいかもしれない。

 多くの人々を拘束する不幸を取り除き、少ない幸福を増幅させる。

 仕事の哲学はどんな時にも必要になる。

 失ってはならないものばかりである。

 私は、妻を失った過去を持っている。

 詳細に語る気はない。

 どんな人間にもドラマがあり、物語があり、思い出がある。


「火星から金星までの道は気を付けてください」

「大丈夫です。偽のパスポートは用意してあります」

「それだけじゃなくて、戦争も起きていますから巻き込まれたくないんです」

「ご安心ください。しっかりと安全なルートを確保してあります。心配することはありません」

「あ、そうですか。ごめんなさい。ちょっと落ち着かなくて」

「大丈夫です。夜逃げとはそういうものですから」

「あの、慣れているんですね」

「まぁ、この仕事をして長いですからね」

「どれくらいですか」

「木星出身なので、木星の単位を使っても大丈夫ですか」

「えぇ。まぁ」

「七チェルノケイセイデクルノワールボデセインドンセブルルイツキュットーストールです」

「分かりません」

「地球の単位で言うと、十五年ですね」

「もっと分かりません。地球に住んでいたことがないので」

「えぇと、じゃあ、どう説明すればいいかな」

「火星の単位で言うとどれくらいでしょうか」

「ハッケイデセショウさんが二回転するくらいですね」

「ありがとうございます。よく分かりました」

「私は夜逃げのサポートなので、金星に着いてからは別の業者が迎えに来ますので指示に従ってください」

「分かりました。あの報酬はいつ支払えばよろしいですか」

「成功報酬ですから、金星に到着してからで大丈夫ですよ」

「分かりました。ありがとうございます」

「いえいえ、良い旅を満喫してください。金星に到着したら起こしますので、それまで休んでいてくださいね」

「はい。ありがとうございます」




 トラックは静かにブラックホールの手前で停車した。

 私は運転席から降りて、闇を見つめる。

 純粋な黒に強い憧れがある。

 吸い込まれそうな感覚が生まれるのはいつだって、命の形を失わせる魅力を兼ね備えている証拠なのだ。

 自動運転モードになっているトラックがブラックホールから離れて行く。

 客を乗せて金星に向かう。

 この夜逃げについて知っている存在は一人でも減らした方がいい。

 消えてしまった方がいい。

 私は。

 死んだ方がいい。

 一歩前に進む。

 二歩前に進む。

 ブラックホールの方が近づいてくる。

 ため息をついてしまう。

 その瞬間。

 私の体が後ろへと倒れた。

 後頭部を宇宙空間にぶつけてしまい、激痛が走る。

 顔をしかめていると、視界の隅に客がいるのが分かった。

 私の方を見ていた。

 少し、泣いていた。

 少し離れたところでトラックが停車しているのが見える。

 降りて助けに来たのか。

 私のことを助けに来たのか。

 私は客に向かって手を伸ばす。

 客は私の手を握る。

 ブラックホールは舌打ちをすると、離れていってしまった。

 客の手は温かく、私は自分の手が冷たくなっていることに気が付いた。

 



 私は思い出が生まれる瞬間を知った。

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