共に過ごす日々

 アディメイムと出会った日から、クラウスは丘の上に留まり、そこで過ごすようになった。


 その丘の上で、クラウスはアディメイムと共に、一日のほとんどの時間を戦う為の技の鍛錬に費やした。


 アディメイムは所持している三本の剣のうちの一本を、クラウスに貸してくれた。

 クラウスがこの世界に持ち込んだ剣は、この半年間でかなり痛んでしまっていた。

 手入れを怠ってはいないため、まだ十分に使えはするが、それでもいずれは駄目になってしまうだろう。

 使わずに温存できるなら、その方がいい。

 そう考え、クラウスはアディメイムの好意に甘えることにした。


 眠る必要も食事を取る必要も無い二人は、昼夜を問わず剣で打ち合った。

 不死である二人は、お互いに手加減したりもしなかった。

 真剣で斬り合い、寸止めなどもしない。

 手合わせの最中に腕を斬り飛ばされたりすることも、珍しくなかった。


 二人の剣の技量の差は明らかだ。

 クラウスの技はアディメイムのそれに遠く及ばない。

 それでもまれにアディメイムから一本取ることはできた。

 それも三十回やれば一回くらいはなんとか勝てるという程度ではあったが。


 アディメイムは、クラウスから一本取ったとしても、特にその表情を変えたりすることは無かった。

 だがクラウスが一本取ると、その度に嬉しそうな表情を浮かべていた。

 まれにとはいえ、自身から一本取れるような練習相手がいることを喜んでいるのかもしれない。


 クラウスはといえば、アディメイムに出会った当初に抱いた感情……恐れの感情を未だに抱き続けていた。

 クラウスは、この銀髪金眼の戦士に認めて貰いたいと思っている。

 少しでも彼に近付きたかった。

 なんとかして喰らいつき、置いて行かれないようにと、必死で彼に挑んでいった。


 今はまだ、アディメイムは自分の相手をしてくれている。

 だが自分がこの先も成長する事無く、弱いままであったならどうだろうか?

 そんな自分にアディメイムは失望してしまうかもしれない。

 そんな恐れを、クラウスはいだき続けていた。


 それ故に、クラウスはアディメイムから一本取れるたびに安堵していた。

 そして、毎日わずかでも彼に近付く事が出来るようにと願い、鍛錬に打ち込んだ。


 二人は剣の鍛錬ばかりではなく、それ以外の様々な能力の鍛錬にも時間を費やした。


 魔力を制御する訓練もそのうちの一つだ。

 それについてはクドゥリサルが師となって、色々な事を教えてくれた。

 クドゥリサルは元は人間の魔術師であったのだという。


 クラウスも魔力を制御するための修行はやったことがあった。

 彼自身、身体強化の魔術を使うことは出来る。

 だが、本職の魔術師に教えて貰うのは初めてだった。


 まず鍛錬を行う為の姿勢から指示された。

 胡坐あぐらを組んで座り、手のひらを上に向けて膝の上に置き、背筋せすじを伸ばす。

 その状態で目を閉じて、体の中を流れる魔力を意識する。


 わざわざそんな姿勢を取ることに意味があるのかとクドゥリサルに尋ねてみたところ、その姿勢が最も集中できるのだと教えられた。

 クラウスにはよくわからなかったが、本職の魔術師がそういうのならば、それが正しいのだろう。


 そうして自身の肉体に意識を向け、そこに流れる魔力を感じ取る。

 更にそこから、その流れを操って体の一部に留めたり、逆に流れを速めたりする。

 それをどれだけ鮮明に意識出来るかで、魔力操作の精度も変わってくる。

 その技術を更に洗練していく事で、魔術による身体強化の度合いも増していく。


 さらに魔力によって自身の肉体を操作する、その様々な方法をクドゥリサルは教えてくれた。

 魔力を操るというのは自身の肉体を操るのと同じなのだと、クドゥリサルはそう語る。

 クラウスも肉体を強化する方法は知っていたが、出来る事はそれだけでは無いのだそうだ。

 意識するだけで体温を上下させたり、鼓動の速さを変えたりも出来るらしい。

 今のクラウスには必要無かったが、それらを応用して睡眠を深くしたり、傷の治りを早くしたりも出来るのだと言う。


 そのような魔力操作の鍛錬を、剣の修行と並行して行っていった。


 そうして日々鍛錬を重ねているうちに、クラウスの魔力操作の腕は上がっていった。

 魔力操作の腕が上がれば、それに比例して身体強化の術の強度も増して行く。

 そして、その強化の度合いが増すたびに、実際に強化した状態で体を動かして、体の感覚を慣らしていった。




 剣の技や魔力操作以外にも、クラウスがまるで知らない技術について教えて貰うこともあった。


 ある日のこと、クラウスはアディメイムに誘われ、剣を手にして彼と対峙していた。

 そのまま、お互いが手にした剣の刃を合わせ、鍔迫り合いのような状態で向かい合う。

 この状態で剣を触れ合わせたまま、倒し合いをしてみようとアディメイムに提案されたのだ。

 どういう事なのか、簡単な説明をされただけではクラウスにはよくわからなかったが、実際にやってみればわかるだろうと考え、身構える。


 そうして、身構えた次の瞬間だった。


「おおおッ!?」


 クラウスは無意識のうちに間抜けな声を発してしまっていた。


 お互いの剣の刃を触れ合わせただけの状態から、クラウスは地面に転がされていた。

 剣の刃以外にお互いの接点はどこにもない。

 そんな状態から、アディメイムはクラウスの姿勢を崩し、倒したのだ。

 何をされたのか、まるでわからなかった。


 何度やっても結果は同じだった。

 クラウスがどれだけ力を入れて踏ん張り、耐えようとしても、体勢を崩され転がされてしまう。

 アディメイムはほとんど体を動かさず、手にした剣を傾けていただけだった。


 上手く力を加減すれば、人間の持つ感覚を欺いて抵抗を封じ、その動きを操ることができるのだと、アディメイムは説明してくれた。

 その感覚は言葉で教えられるものでは無いという事だった。

 力を入れすぎても、抜きすぎてもいけない。

 その丁度良い力の加減を、自身の感覚で覚えなければならないのだと言う。

 鍛錬を続けていれば、いずれは身に付く。

 筆談でそう語りながらアディメイムは笑う。


 アディメイムの披露したその技は、クラウスの目には、まるで魔術か何かの様に見えた。

 こんな技があるのかと、クラウスはただ感嘆していた。


 このような技を身に付け、使いこなせるようになるまでに、一体どれ程の鍛錬を積み重ねてきたのだろうか?

 クラウスがこの技をアディメイムと同程度に操れる様になるには、どれ程の年月が必要だろうか?

 そして、それを身に付けるまでの間、アディメイムは自分に愛想を尽かさないままでいてくれるだろうか?


 クラウスはふと顔を上げた。

 いつの間にか一人考え込んでいた事に気づき、苦笑する。

 思い悩む時間があるならば、その時間を鍛錬に充てたほうがいい。

 鍛錬を続けていればいつかは身に付く。

 アディメイムがそう言っているのなら、きっとそうなのだろう。

 体を動かしていれば、雑念も消えていく。

 鍛錬に集中し、没頭しているうちに、時間は過ぎ去っていく。

 そうやって鍛錬を積み重ねているうちに、少しずつ成果も出てくるのではないか。


 どちらにしろ焦ったところで、何が変わるわけでも無い。

 日々、今の自分に出来る事をやっていくしかない。




 そうしてクラウスは、日々鍛錬を重ねていった。

 少しずつではあったが、鍛錬の効果は表れていた。

 時を経るごとに剣や魔力制御の技量は向上し、それまで知らなかった様々な技も身に付けていった。


 学ぶ事は多かった。

 一日のほとんどの時間を鍛錬に費やしたが、それが苦になることは無かった。

 はるか先を行く先達が、彼を導いてくれている。


 これほど恵まれた環境で技の鍛錬に打ち込むことが出来るのだ。

 その日々は、クラウスにとって楽しく充実したものとなっていた。

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