新人の仕事
トラオゴットに絡まれた翌日、クラウスは一人で冒険者組合の受付の前に立っていた。
今日はローザは用事があるらしい。
冒険者組合までは一緒に来たのだが、建物内に入ってから、彼女は組合長と話すために奥へと入って行ってしまった。
組合長との話し合いの後にも別の用事があるのだそうだ。
昨日ローザと共に受けてみるはずだった、適当な依頼を一人で受けてみるように言われていた。
本当なら昨日のうちにローザと共に済ませる予定であったのだが、邪魔が入ってしまったせいで決行できなかったのだ。
クラウスは冒険者組合の受付の娘と、どの依頼を受けるかについての話をしていた。
「新人はどんな仕事をすればいいんだ?」
「簡単な調査であったり、資源を集めていただいたりでしょうか?」
「ならそれで、今やれそうな簡単な仕事をやらせてくれ」
クラウスの言葉に受付の娘は困ったような表情を浮かべる。
「あの……クラウスさんに関しては、ローザさんのパーティの一員ですので、位階による制限は設けないことになっています。ですのでお好きな依頼を選んでいただいても大丈夫ですよ?」
「そうなのか? だとしても新人向けの仕事でいい。どんなものがあるか教えてくれ」
「いえ、その……ローザさんは最上位の白金の位階の冒険者なんです。その仲間であるあなたにそんな仕事をさせるのは……」
「駄目なのか?」
「いえ、駄目と言うわけでは無いんですが……もっと実力者向けの仕事もあるんですよ? 昨日は銀の位階の冒険者を軽くあしらっていたじゃないですか。それだけの実力があるのに、新人向けの仕事なんて退屈では無いんですか?」
「ああ、大丈夫だ。簡単な仕事をやらせてくれ」
クラウスの言葉に受付をしていた娘は諦めたように溜息をついた。
「でしたら……薬草集めでもいいですか?」
「ああ、それでいい。やり方を教えて貰えるか?」
受付の娘は再びわざとらしく溜息をつく。
そして見本となる薬草を幾つか取り出し、それを受付のテーブルの上にのせて説明を始めた。
街から歩いて一時間ほどの距離にある森の中で、クラウスは薬草集めをしていた。
薬草の知識など無かったが、受付で渡された見本とそのあたりに生えている草を見比べ、さらにクドゥリサルに助けてもらいながら、薬草を摘み取っていく。
「楽しいかい、相棒?」
「まあ、それなりにな」
「竜殺しが、こんなところで草集めとはね」
呆れたようなクドゥリサルの言葉を聞いて、クラウスは笑みを浮かべる。
「おかしいか?」
「お前の力量に、見合った仕事とは思えんね」
「まあ……戦いのほうが性に合ってはいるけどな。こういう仕事をしながら生きていくのも悪く無い。戦いに明け暮れるよりは、ずっと人間らしい生き方なんじゃないかとも思うしな」
「そういうもんかね?」
「俺はそういうもんだと思うがね」
クラウスはクドゥリサルの問いに笑みを浮かべながら答える。
そして、かつて共に過ごした者達の姿を思い出していた。
子供たちが成長して大人になり、やがては年老いて死んでいく。
その様子を何度も繰り返し見てきた。
彼らが日々を懸命に生きる様を見て、クラウスはそれに憧れた。
それは剣を振ることしか知らなかった彼の性に合った生き方では無いのだろう。
だが、それが苦痛になったりするわけでも無い。
彼がかつて見て来た者達も、日々このような営みの中で生きていたのだ。
それを考えれば、ただ草を集めるだけの作業であっても、充分に楽しいものに思えていた。
クラウスはクドゥリサルを話し相手に会話を続けながら、薬草を集めていった。
そうしてしばらくたった頃。
どこか遠くで激しく争うような音が聞こえてきた。
「相棒。気付いてるとは思うが、あっちで誰かが戦ってるぜ」
「ああ、冒険者か?」
「そうみたいだな」
「助けが必要だったりするか?」
「いや、いらんだろう」
「そうか」
薬草を集める作業をしながら、そんなやり取りを交わしているうちに、争う音は聞こえなくなっていた。
「誰かこっちに来るな」
「さっきの冒険者か?」
「ああ」
薬草集めを続けていたクラウスの近くを冒険者の一団が通りがかった。
男三人、女二人の五人組だった。
全員まだ若く、二十歳前後といったところだろうか。
獲物を仕留めた帰りらしい。
先頭を歩く戦士らしき男が、巨大な熊か何かの毛皮を担いでいる。
おそらく先程聞こえてきた戦闘音は彼らがこの獣と戦っていた音だったのだろう。
屈んで薬草を摘んでいたクラウスは立ち上がって彼らに声をかけた。
「お疲れ。大した成果だな」
「ああ、ありがとう。そっちは薬草集めか? って、アレ? あんた……昨日組合でトラオゴットと手合わせしてなかったか?」
「ああ、やってたな」
「はあ? いや……あんた、あんなに強いのに薬草集めなんてやってんのか?」
毛皮を背負った青年が、呆れたような表情を浮かべながらクラウスに問いかけてくる。
「まあ、新人だしな。よろしく頼むよ」
「新人? あんなに強いのに? 冗談だろ?」
「二日前に冒険者になったばかりでな。れっきとした新人だよ」
「ホントかよ……前はどこかで騎士とかやってたりしたのか?」
「前は傭兵をやってた。つい最近冒険者に雇われてな。それで俺も登録させられて一から冒険者をやらせてもらってる」
「ああ、傭兵だったのか。だとしても昨日のは凄かったけどな。雇い主って、あの凄い綺麗な娘だろ? 昨日一緒にいた。じゃあ、あの娘も冒険者なんだな」
「ああ、そうだ」
やはりローザはその容姿のせいで目立っているらしい。
青年の話しぶりから、彼女に対する悪感情は見えてこない。
この様子では彼女が二日前の晩に、絡んできた酔客の手を握りつぶしたことは知らないらしい。
「コンラート!」
「ああ、悪い」
後ろを歩いていた少女の呼びかけに、青年は慌てたように返事を返す。
「悪いな。コイツを早く持って帰んなきゃいけなくてさ」
青年はそう言って背負った獲物に視線を向ける。
「ああ、呼び止めて悪かった」
「いや、いいさ。俺はコンラート。俺らは不敗の刃って名前でパーティ組んでんだ。よろしくな」
「俺はクラウスだ。よろしく」
「じゃあ、あんたも頑張ってな」
「ああ、ありがとう」
そう言って、立ち去っていく彼らの後ろ姿をクラウスは見送った。
立ち去り際にコンラートの仲間達もこちらに笑顔を向けてきた。
荒くれ者が多いという冒険者にしては、随分と気持ちの良い連中だとクラウスは思った。
クラウスはその後も一時間程薬草採取を続けた。
「もう充分集まったんじゃねえか? 相棒」
「ああ、そうだな。帰るとするか」
クドゥリサルの言葉でクラウスは薬草集めを切り上げ、街へと戻ることにした。
街に帰り着いた頃にはもう日も傾きかけていた。
冒険者組合の受付に行くと、朝に見たのと同じ娘がそこにいた。
「朝からずっと働いてるのか?」
「いけませんか?」
受付の娘に話しかけると、随分と不機嫌そうな返事が返ってきた。
「薬草集めの途中で別の冒険者に会いましたか?」
「ああ、会ったよ。不敗の剣だったか……」
「不敗の刃ですか?」
「ああ、それだ」
「その不敗の刃の人達に言われたんです。あんな強い戦士に薬草集めなんてやらせるのはおかしいって、そう私が文句を言われたんです! この私が!」
「そうなのか? そいつは……悪かったな」
面食らいながら謝罪の言葉を口にするクラウスに、受付の娘は呆れたように仰々しく溜息をついて見せる。
「それで、クラウスさんに次の仕事についてお願いがあるんですが」
そう言って、受付の娘は身を乗り出してきた。
「さっき話に出た不敗の刃の人達の補助をして欲しいんです」
「補助?」
「はい、そうです」
受付の娘の話によると、ボルンという村に調査に行った銅の位階の冒険者パーティが帰って来ていないらしい。
その再調査の要員として、同じ銅の位階である不敗の刃が名乗りを上げているのだそうだ。
だが、前回派遣したパーティが戻って来ないことを考慮に入れて、より上位の力ある冒険者の補助を付けたいのだそうだ。
報酬はそれほど貰えるわけでは無いようだが、クラウスはこれも何かの縁だろうと考える。
「俺は大丈夫だが、雇い主に許可を貰ってからでもいいか?」
「はい、勿論です。いつ頃お返事を頂けますか?」
「明日また来るよ」
「分かりました。お待ちしております」
ずっと不機嫌そうな表情を浮かべていた受付の娘は、そこでようやくクラウスに笑顔を見せた。
その夜、クラウスとローザは酒場で共に食事を取りながら、その日の行動に付いて語り合っていた。
「用事は全部済んだのか?」
「ええ、この街の冒険者組合の長と、この近くに派遣されている帝国の騎士団の長に会って来たの。あなたはどうだった? 何の依頼を受けたの?」
「薬草集めの依頼を終わらせた。銀貨十枚の稼ぎになったよ」
「薬草集めをしたの? あなたならもっと割のいい仕事もあったでしょうに」
そのローザの言葉にクラウスは笑みを浮かべる。
「組合の受付でも同じことを言われたよ。だが新人だからな。新人らしい仕事をさせてくれと頼んだんだ」
「退屈じゃ無かったの?」
「ああ。相棒が話し相手にもなってくれたしな」
そう言ってテーブルに立てかけてある剣に視線を向ける。
人目があるからか、クドゥリサルは何も話そうとはしなかった。
「ああ、それから冒険者組合の仕事で、この近くのボルンの村ってところに行って欲しいって言われたんだが、問題無いか?」
「ボルン? そう……確か朝に出ればその日のうちに着ける距離よね? 一週間後くらいには戻って来る?」
「ああ、そこまで確認してなかった。不敗の刃って名前のパーティが調査に行くらしくてな。それに付いていって欲しいって言われたんだ。もう少し時間がかかるかもしれない」
そのクラウスの返答を聞いたローザは、わずかな時間考えるような素振りを見せてから口を開いた。
「そう……じゃあ私もそれに一緒に付いていくわ。いい?」
「ああ、俺はかまわんが……ローザはそれでいいのか?」
「ええ、大丈夫よ。じゃあ、明日また一緒に冒険者組合に行きましょう」
その後も二人は食事を取りながら、語らい続けた。
そうして、その日の二人は誰に絡まれることも無く、無事に食事を終え宿に帰ることが出来た。
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