冒険者

 ローザはまず初めに、一体どこの蛮族かと見まがうようなクラウスの恰好を何とかすることにした。

 このままでは上半身裸のままの彼を街に連れて行くことになる。

 そんなことをすれば、面倒な事になるのは目に見えていた。


 賊の遺体を漁って服を手に入れようかとも思ったが、流石にそれは気が引けた。

 クラウスも賊の身に着けていた物など嫌だろう。

 そう考えて、何気なくクラウスに視線を向ける。

 その腰に毛皮を巻いただけの姿を見て、ローザは溜息をつく。


 ふと、こんな酷い格好で今までうろついていたのなら、賊の衣服を身に着けるくらいのことは許容してくれるかも……などと考えたが、すぐにその考えを頭から追い出した。


 しばらく考えてみたが解決策は思いつかない。

 運良く助けとなるような者が通りかかったりする様子も無い。

 仕方無く、ローザは自分の持っていたフード付きのマントを彼に貸した。

 ローザは小柄で、クラウスとは頭一つ分くらいの身長差がある。

 そのマントはクラウスの膝下までをようやく隠せる程度の長さしかなかったが、裸の上半身を隠すことはなんとか出来そうだった。


 もう一度、改めてクラウスの格好を確認する。

 裸の上半身にサイズの合わないマントを身に着け、そのマントからはみ出している足は素足で、靴すら履いていない。


 相変わらず酷い格好だったが、腰に毛皮を巻いただけの半裸の格好よりは、少しはましと言えるだろう。

 この場ではこれ以上どうしようもないため、ローザは諦めてこのまま街まで行くことにする。

 そうして二人は共に街道の先にあるホルツドルフという名の街へと歩いていった。


「街に着いたら真っ先に仕立て屋に行くわ。それにしても、どうしてそんな酷い格好でうろついていたの?」

「ああ、着てた物も全部ダメになってな。替わりも手に入らなかったんで獣の皮で何とかしていた」

「……どんな状況なのか全く想像できないわ」

「だろうな」


 そう言ってクラウスは他人事のように笑っていた。

 一体どんな状況になれば全ての衣服が駄目になったりするのだろうかとローザは考えたが、それ以上掘り下げて質問しようとはしなかった。


 それを聞く代わりに、ローザは気になっていた別の質問を彼に投げかける。


「ねえクラウス、一つ聞いていい?」

「なんだ?」

「今更なんだけど……どうして私のほうに味方してくれたの? もしかしたら私がとんでもない極悪人で、あの連中はそれを捕えようとしてたのかもしれないでしょう?」

「ああ……あの連中は言葉を交わす前からもう攻撃してきてたからな。向こうに味方するって選択肢はどっちにしても無かった」

「そういえばそうだったわね……それだけ?」

「まあ、他にも無くはないが、大した理由じゃない」


 クラウスがその理由を濁すような答えを返す。

 ローザはさらに質問を続けるか一瞬迷ったが、さらに問いを重ねる。


「もしかして、私があなたの知り合いに似ていたりした?」


 ローザの言葉に、クラウスはわずかに驚いたような表情を浮かべて見せた。


「なんでそう思ったんだ?」

「なんとなくよ。そう感じたの」


 最初にクラウスと目が合ったときの表情は、家族や親しい友人に向けるようなものに見えた。

 きっとそういった人物の一人と、ローザに共通点があるのだろうと思ったのだ。

 彼の反応を見る限り、どうやら彼女の推測は当たっているらしい。


「その髪と目の色が、俺の良く知ってる奴と同じでな」

「そうなの? 珍しいわね。私も自分以外で見たことが無いわ」

「こいつの元の持ち主だ」


 クラウスはそう言って腰の剣を叩く。

 それに答えるようにその剣……クドゥリサルが声を上げた。


「おう、なんだ? 呼んだか?」

「あなたの元の持ち主って、銀髪金眼だったの?」

「おう、そうだ。俺も驚いたぜ。お前の髪と目が俺のあるじと同じ色だったんでな」

「主? クラウスがあなたの主では無いのね?」

「ああ、こいつは相棒だ。主とは違う」


 クドゥリサルの言葉を聞いたクラウスは懐かしむような笑みを浮かべていた。

 その表情は最初にローザを見たときに浮かべた表情と同じものに見えた。

 その人物と余程親しかったのだろうということがその表情から窺える。

 クラウスの友人で、クドゥリサルの主。

 その相手とはどのような男だったのだろうか。


「その人は今どこにいるの?」

「……遠いところだ」


 クラウスのその曖昧な返答に、ローザはそれ以上聞くべきかを迷ったが、言葉を選びながら質問を重ねる。


「その人に会いに行ったりは出来るの?」

「無理だな」

「……そう」


 その答えを聞いたローザはそれ以上質問するのはやめた。

 その人物について興味はあったが、今はこれ以上質問するべきでは無い気がした。

 まだクラウスとは出会ったばかりだ。

 聞くにしても、もう少しお互いの信頼が深まってからにするべきだろう。






 そうして歩いているうちに、二人は目的地であるホルツドルフという名の街にたどり着いていた。

 街に着く前に、ローザは髪と目の色を魔術で黒く見えるように変えていた。

 ローザの見た目……特にその髪と目の色が余りに人目を惹き過ぎるためだ。

 それでも彼女はその際立った容姿のせいで、目立ってしまっていた。

 本当はフードを被って顔も隠したかったのだが、フード付きのマントは今クラウスに貸してしまっている。


 そして、クラウスもまた別の意味でローザ以上に人目を引いている。

 もし彼がこの格好のまま一人で街に入りたいなどと言ったなら、騒動になることは間違いない。

 街の入口に立っていた二人の門衛は、そのやたらと目立つ二人連れに困惑している様子だった。

 特に怪しすぎる恰好をしているクラウスを胡散臭げに見ていたが、ローザが差し出した金属製のプレートを見てその態度を一変させた。


「その……一応確認をさせていただきたいのですが……そちらの男性はなぜそのような恰好をされているので?」

「盗賊に捕まって殺されそうになっていたところを逃げてきたのよ。それを私が保護したの。そうよね?」

「ああ、そうだ」


 ローザとクラウスは道中に示し合わせていた通りのやり取りを口にする。

 門衛たちはその答えに納得している様子は無かったが、それでも門は通して貰えた。

 門衛に仕立て屋と冒険者組合の場所を聞き、二人は街へと入っていった。


「さっき門番に渡してた板は何なんだ? 態度が急に変わったように見えたが」

「冒険者組合が発行している冒険者証よ。組合は冒険者の実績を見て、その冒険者の位階を定めるの。これでも私、冒険者としての位階は最高位なのよ。あのプレートを見せるだけで、皆相応の敬意を持って対応してくれるわ」

「そうか、便利なんだな」


 ローザの説明を聞いたクラウスは、感心したように頷いていた。

 その様子を見てローザは驚き、そして苦笑する。


 冒険者として最高位にあるという証を見た感想が、ただ便利だなどというのをローザは初めて聞いた。

 だが、この卓抜した技を持つ剣士からみれば、実際その程度の物でしかないのかもしれない。


 街中の通りを歩く二人は、予想通りひどく人目を引いていた。


 興味深げにまじまじと視線を注ぎ続ける者。

 関わり合いになるのを恐れるように、目を合わせないようにしながら速足で去っていく者。

 反応は様々であったが、特にクラウスに対して奇異の視線を向けて来る者が多かった。


「……まあ、こうなるわよね」


 呟き、ローザは隣を歩くクラウスに視線を向ける。

 当のクラウスは、それらの通行人の視線を気にしている様子は無かった。

 逆に街行く人々を眺めて、感慨深げな表情を浮かべている。


「どうしたの?」

「何がだ?」

「まるで人が珍しいみたいに見えるわ」

「ああ……そうか。まあ、ずっと一人だったんでな」


 そう言ってクラウスは穏やかな笑みを浮かべる。

 街に辿り着けたのがそれほどに嬉しかったのだろうか?

 ローザは怪訝に思いながらも、それ以上質問しようとはしなかった。


 そうして二人は周囲の注目を浴びながら、ようやく目的の仕立て屋にたどり着くことが出来た。

 ローザはこれでやっと周囲の奇異の視線から解放されると安堵する。 

 まず何よりも優先しなければならないのは、クラウスの見た目の改善だ。

 本人の希望を聞いてみたところ、体の動きを妨げないような服であれば何でもいいと言われたので、動きやすさと丈夫さのみを考慮して既成の服を見繕う。

 袖が短く大きめで、生地に余裕のあるシャツを数枚と、足を曲げても突っ張ったりしない程度にゆったりとしたズボンを購入した。

 革製のブーツも買う。

 そうして、クラウスにはその場ですぐに着替えさせた。


 貸していた自身のフード付きのマントも返して貰い、それを身に着ける。

 これでローザ自身も顔を隠す事が出来るようになるだろう。


「……ふーん」


 まともな服を身に着けたクラウスは、随分と見違えて見えた。

 クラウスは長身で手足も長く、体も鍛え抜かれている。

 ありあわせの服であっても、着る者のスタイルが良ければ相応の見た目になってしまうのだろう。

 顔の造形も悪くない。

 連れていく場所次第では、さっきまでとは別の意味で目立つ存在になりそうだ。


「悪くないと思うんだけど、あなたはどう?」

「ああ、悪くない。動きの邪魔になったりもしなさそうだ」


 こういった場合、普通は見た目の良し悪しを気にするものだが、クラウスにとっては動きやすさのほうが大事らしかった。


 そうして衣服を整えたところで、一箇所だけ違和感が残る箇所があった。

 彼が腰に吊るした剣の付属物だ。

 ベルト代わりの革紐に吊るされた、革製の鞘にクドゥリサルは収まっていた。


 服を変えて身綺麗になったせいで、その汚い革紐と鞘が余計に目立つ。

 仕立て屋を出るときに店員に武具を扱う店の場所を聞き、二人はそこへと向かった。

 そのたどり着いた先で剣帯と革製の鞘を買い、それをクラウスに身に着けさせる。

 クラウスが元々身に着けていた汚い革紐と鞘はそこの武器屋に処分して貰った。


「どう?」

「ああ、悪くないと本人も言ってる」


 武器屋の店員の前だからか、新しい鞘に収まったクドゥリサルは言葉を発しようとはせず、替わりにクラウスがローザの問いに答えていた。


 武器屋での用を済ませた二人は、門衛に聞いた道を思い出しながら、冒険者組合へと向かう。

 そうして数分ほど歩いたところで目的の建物が見えてきた。

 その中に入った二人はそのまま真っ直ぐに受付へと向かう。


「冒険者組合へようこそ、どのようなご用件でしょうか?」


 受付に立つ娘が笑顔でそう声をかけてくる。

 ローザはそれに笑顔を返しながら、自身の冒険者証と一枚の紙を受付に差し出した。


「この依頼を達成したわ。対象は全部で二十二人。全員死亡。死体は街道に放置したままだから、その確認をお願いしたいの」

「え! あ、これは……少々お待ちを!」


 受付の娘はローザの差し出した冒険者証を見て驚きの表情を浮かべ、慌てた様子で依頼書を奥にいた他の職員に渡し、何らかの指示を出しはじめる。

 程なくして彼女は受付に戻ってきた。


「確認については今日中には終わると思います。報酬のお支払いは明日以降になりますがよろしいですか?」

「ええ、それでかまわないわ」


 答えるローザに対して、娘は落ち着かない様子で瞬きを繰り返している。 


「どうかした?」

「あの……本物なんですよね?」

「本物? ああ……どうかしら? 偽物だったらどうする?」


 ローザは楽し気な笑みを浮かべながら、答える。

 娘は慌てたような様子で、謝罪の言葉を口にする。


「あ! いえ、そんな……ごめんなさい。その……お会いできて光栄です」

「フフ、ありがとう。ああ、それから報酬は彼に渡して貰える? 盗賊を倒したのは彼だから」

「この方がですか? ……承知いたしました」


 そこで、それまで二人の会話を黙って聞いていたクラウスが、ローザに声を掛けてきた。


「報酬ってのは何の話だ?」

「あの盗賊達には賞金が懸けられていたのよ。倒したのはあなただから、その賞金もあなたの物よ」

「いいのか?」

「ええ、勿論。全てあなたが倒したんだから、あなたが受け取るのは当然よ」

「その……お聞きしてもいいですか?」


 会話する二人に受付の娘が戸惑いながら声をかけてくる。


「何?」

「この方がお一人で盗賊を倒されたんですか?」

「ええ。そうよね?」

「まあ、そうだな」


 受付の娘は驚いたような表情を浮かべて、クラウスの顔を見つめていた。


「それから、彼を冒険者として登録したいの。私の仲間としてね。そっちの手続きもお願いできる?」

「はい、承知いたしました。ここにお名前を……書けますか?」


 そう言って、受付の娘は紙とペンを差し出してくる。

 クラウスはそのペンを受け取り、紙に名前を書く。


「クラウスさん……ですね。個人としての位階は最低位の黄銅となりますが、ローザさんのパーティの一員としては白金の位階として扱われます。それでよろしいですか?」


 その確認の問いはローザに向けたものだった。


「ああ、そうなるのね……彼一人では受けられる依頼に制限がかかったりする?」

「ローザさんの承認があればどのような依頼でも受けられます。ただ、依頼に失敗したりした場合はローザさんにも責任を負っていただくことになりますが……」

「ああ、なら大丈夫ね。ありがとう」

「位階で何が違ってくるんだ?」


 その二人の会話に対して、クラウスが質問を投げ掛ける。


「位階は白金、金、銀、青銅、銅、黄銅の六段階になっていて、上に行く程高度な依頼を受けることが出来るようになります。当然、上に行くほど報酬も高くなりますが、依頼の危険度も増していきます」

「依頼を重ねて実績を積めば、あなた個人の位階も上がっていくわ。興味がある?」

「ああ……いや、あまり無いな」

「でしょうね」


 そう言ってローザは楽しげに笑う。

 ここまでのクラウスの様子を見る限り、冒険者の位階に興味があるようには見えなかった。


「でも、位階が上がるといろいろと便利なこともあるのよ。怪しい恰好をしていても街に入れて貰えたりね」

「ああ、それは確かに……便利だな」


 街に入るときのやり取りを覚えていたのだろう。

 クラウスも笑みを浮かべ、二人は顔を見合わせて笑い合う。

 その二人の様子を、受付の娘は不思議そうな表情を浮かべながら眺めていた。


 そんな風にしばらく話をしていると、奥から組合の職員がやってきて、受付の娘にくすんだ金色のプレートを手渡した。

 そのプレートにはクラウスの名が彫りこまれている。


「お名前に問題はありませんか?」

「ああ、問題ない」


 受付の娘はそのプレートを小さな箱に入れ、カウンターの上に置いた。


「ではこの箱に触れてあなたの魔力を流してください」


 クラウスは言われたとおりに箱に触れ、魔力を流し込む。


 その様子を見て、ローザはやはりクラウスは魔力を完全に制御し、体外に漏れ出さないようにしているのだと確認した。

 それだけのことが出来るのであれば、魔力による身体強化も出来るはずだ。

 盗賊との戦いでそれを使用しなかったのは、単純にそうするまでも無かったという事なのだろう。


「これで完了です」


 受付の娘がそう言って、箱からプレートを取り出しクラウスに手渡した。


「この冒険者証は失くさないように気を付けてください。失くした場合等については……そちらも説明したほうが良いですか?」

「そのあたりのことは、私のほうで話しておくから大丈夫よ。ありがとう」

「いえ、こちらこそ」


 そう言って受付の娘は胸に手を当て、頭を下げる。


 それから、ローザは受付の娘に宿の場所を聞き、冒険者組合をあとにした。

 これで用は全て済んだ。

 ローザは今日一日の出来事を思い出し、大きく息を吐き出した。


「じゃあ、宿を取ったら食事にしましょうか。もしかして、まともな食事を取るのは久しぶりなんじゃなくて?」

「ああ、久しぶりだな」

「そうよね。なら、できるだけ美味しいお店を探しましょう」


 そう言って笑みを浮かべるローザを見て、クラウスも笑みを浮かべる。

 そうして二人は共に宿に向かって歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る