運命を変える出会い
森の中を走る街道に暖かな春の日差しが降り注いでいる。
辺りからは鳥の囀る声と、風に揺れる木々の葉がざわめく音が聞こえていた。
その
その端正な顔立ちは、まるで優れた職人の手になる人形のようであった。
わずかに青みがかった銀色の髪は艶やかな光沢を持ち、降り注ぐ日差しを反射して輝いている。
大きく魅力的なその目は、わずかに釣りあがった
さらにその瞳は金色で、夜空に浮かぶ月のような輝きを放っていた。
銀髪金眼は一部の神々が持っていた特徴であった。
遠い昔、神がまだこの地に在った頃は、同じ特徴を持った人間も数多く残っていたらしい。
だが現在では、ほぼ絶滅してしまっている。
そのため、ごくまれに現れるそのような特徴を持った者は、先祖返りなどとも呼ばれていた。
少女の体格は小柄で華奢に見えるが、相当に鍛え込んでいるのだろう。
その肉体は無駄な肉を削ぎ落として、絞り込まれているように見える。
女性らしい柔らかさには乏しかったが、柔軟さと力強さを併せ持った機能的な美しさを持っていた。
少女のその金色の瞳の見据える先には一人の男の姿があった。
さらにその男の周囲には二十人ほどの盗賊らしき者たちが半円状に広がり、少女を囲むように立っている。
傍から見れば、一人の少女が盗賊に取り囲まれている様にしか見えないだろう。
そのような状況にありながら、少女は恐れる様子など微塵も見せず、その集団に向かって声を上げた。
「私はローザ。冒険者よ。この街道に現れるっていう盗賊を退治する依頼を受けてきたんだけど、あなた達がその盗賊で間違い無いわよね? おとなしく投降するなら命だけは助けてあげるけど、どうする?」
少女……ローザは賊に向かって、そう高らかに呼ばわる。
それを聞いた盗賊たちが、わずかに動揺の色を見せた。
「ローザ? 銀髪金眼の? ……本物か?」
「そう、その銀髪金眼のローザよ。本物かどうかは戦ってみれば分かると思うけど、命が惜しいならおすすめはしないわ」
ローザは名の知れた冒険者であった。
彼女を銀髪金眼の魔女などという名で呼ぶ者たちもいる程に、その名は知れ渡っている。
その名を名乗ることで相手の戦意をわずかなりとも減退させることが出来ればと考えたのだが、その思惑はうまくいったようだ。
だが彼らが実際に降伏するとは、彼女も思っていない。
この場で殺されることは無くとも、彼らの犯した罪を考えればどのみち処刑されるだろう。
彼らもそれを理解はしているはずだ。
動揺させ、できるだけ楽に仕事が出来ればと考えた上での名乗りであった
元々ローザはこの近くの街に人探しのために向かっている途中であった。
人探しといっても、彼女自身どのような人物を探せばいいのかわかっていない。
ただ彼女の師に、この近辺にローザの運命を大きく変える相手が現れると言われたのだ。
そこへ行きさえすれば、運命がその相手にめぐり合わせてくれるだろうと。
師は優れた魔術師であり、かつては伝令神の預言者をも務めていた。
その師が久々に神から天啓を得たと言い、ローザにこの地に向かう様に勧めたのだ。
天啓と言うものは大体は曖昧な形で伝えられ、受け取る者によって解釈が違ってくる事もあると言う。
さらにその内容が伝令神の信徒でも無い自分に関する物であると言われ、師が解釈を誤っているのではないかとローザは疑った。
だが師が余りにも真剣に勧めるので、彼女はその言葉に従うことにした。
とはいっても師の言葉は曖昧で、対象を探す助けにはなりそうも無い。
そのため彼女は、この辺りで依頼をこなしながら一月ほど滞在し、それでも見つからなければ諦めようと考えていた。
これはその最初の依頼であった。
目的の街までの道中に盗賊が現れると聞き、彼女はその討伐依頼を受けたのだ。
盗賊たちが姿を現わすまでは、彼らが警戒して近寄ってこなくなったりしないように、髪と目の色を魔術によって黒に変えていた。
街道を一人で歩くローザを見て、盗賊たちは少女が一人で無防備に歩いていると思ったのかもしれない。
それが名の知れた冒険者だなどとも思わなかったのだろう。
盗賊たちの様子をじっと観察していたローザは違和感に眉を寄せる。
先程、ローザが名乗った時に見せた動揺は既に消え去っていた。
一瞬なりとも動揺を見せたということは、ローザが彼らにとって手強い相手となるだろうことは理解できている筈だ。
数を頼みにして、彼女を
ローザは彼らのその様子に異常なものを感じていた。
薄汚れた服に程度の良くない鎧。
その姿だけ見ればただの盗賊に見えるが、彼らの放つ雰囲気が、その見立てが間違いであると語っている。
彼等は皆、無表情のまま彼女と対峙していた。
また、誰一人として無駄な言葉を発したりもしない。
ローザを
彼女が名乗るより前から、全員が油断無く彼女に注意を向けていた。
目的に関係ない無駄な行動も一切無い。
まるで己の為すべき仕事以外には目もくれない、熟練の暗殺者のようだった。
さらに彼らは皆それなりの手練れであるように見える。
中でもローザの視線の先にいる彼らの頭領らしき男は、相当な戦闘技術の持ち主であると感じられた。
そのような集団の前に、彼女は一人で立っている。
一対二十という本来なら勝負にすらならないような状況であったが、ローザはそれを気にはしていなかった。
それでも、戦えば勝つ自信があった。
「あなた達、何が目的で通行人を襲ってたの? ただの盗賊では無いようだけど」
「これから死ぬ者に話したところで何になる?」
「そう……降伏するつもりは無いのね?」
男はローザのその問いには答えず、腰に提げた剣を抜き放つ。
それを合図とするように、他の盗賊たちも武器を構えて戦闘の意思を示す。
ローザもまた、ゆっくりと息を吐きながら意識を戦闘状態へと切り替えていった。
そうして今まさに両者が激突しようとしたその時、ローザの視界の隅に一人の男の姿が入ってきた。
この場所に漂う張り詰めた空気……一触即発の状況がわかっていないのか、その男は無防備なまま、ローザを囲む人の輪に向かって歩いて近付いてくる。
ローザはその
賊の集団もまた、突然現れた奇妙な男に気を取られているようだ。
酷い風体の男だった。
身に着けているものといえば、腰に巻いた獣の毛皮らしきものだけだ。
さらにその上から、獣の皮で作られたベルトのような物を巻き、そこに革製の鞘に納められた剣を吊るしている。
靴も履いておらず、裸足で歩いている。
それは一体どこの野蛮人が迷い込んだのかと思うような、みすぼらしい恰好だった。
だがその酷い見た目の男に、ローザの意識は強く惹きつけられていた。
その体は細身ではあったが鍛え抜かれているのだろう、野生の獣のようなしなやかな筋肉で覆われている。
さらにその男の体からは一切の魔力が感じられなかった。
ローザは戦いに入る前に魔力感知の術を自身に施していた。
にもかかわらず、男からは何の反応も無い。
魔力とは生命力と同義であり、生ある者全てが内包している力である。
それゆえに魔力を持たない人間など存在しえない。
おそらく体内の魔力を完全に制御し、寸分も体外に漏らさないようにしているのだろう。
今までそのようなことが出来る者を見たことが無かったが、それ以外には考えられなかった。
ローザの魔術の師ですら、あそこまで完璧に魔力を制御することは出来ないだろう。
それとは対照的に、男が腰から下げている剣からは凄まじい程の魔力を感じとれた。
国宝級の魔道具ですら、あれ程の魔力を内包してはいまい。
あんなみすぼらしい恰好の男が、なぜそんな武器を身に付けているのか?
あまりにもちぐはぐなその姿を、ローザは戸惑いとともに眺めていた。
男はそのまま無防備に賊の集団に近づいて行こうとしている。
賊の一人が手にしたボウガンを持ち上げ、男に狙いを定めるのが見えた。
ローザが警告を発しようとしたが間に合わない。
賊はボウガンの引き金を引き、男に向けて矢を放っていた。
男は足を止め、うるさい虫を払うかの様に無造作に手を振った。
ローザは一瞬何が起きたのかわからなかったが、すぐにそれを理解する。
男が飛来する矢をその手で払いのけたのだ。
男は怪訝な表情をその顔に浮かべていた。
矢を放った賊が驚きに目を見開いている。
ローザも驚き、改めて男を観察する。
男は不思議な雰囲気を纏っていた。
様々な道の達人が、その道を極めようと研鑽を重ねていくうちに、一種独特の雰囲気を纏うようになることを彼女は知っていた。
男はそれと同じ、あきらかにただ者では無い雰囲気を纏っている。
突然矢を射かけられたというのに、男は未だ自身に向けられる殺意に気づいていないかのように、平然とその場に足を止めて
その様子はまるで良く見知った場所にふらりと散歩に来たかのようで、一切の緊張を感じさせない。
それは今にも殺し合いが始まろうかという、この状況の中では余りにも異質であった。
男が辺りを見回すように視線を動かし、ローザと目が合った。
正面から見た男の顔は、その酷い身なりから彼女が想像していたよりもずっと健康的で、その年齢も若く見えた。
バランスの良い目鼻立ちを見れば充分に男前と呼べる顔立ちであったが、それを美形と言える程に線の細い顔では無い。
その容貌を見る限り二十歳かそこらなのだろう。
だがその暗褐色の瞳の奥に宿る輝きからは、その年齢には似合わない、まるで長い年月を経て手に入れたかのような落ち着きと思慮深さが感じられた。
ローザと目が合った男はわずかに戸惑っているような表情を見せ、そして笑みを浮かべた。
その笑みは間違いなくローザに向けたものだった。
ローザはその生まれのせいで、他人の感情を察することに長けていた。
表情、声音、身振り等、人の本音というものはどこかに必ず現れてくるものだ。
余程優れた役者でもない限り、それを完全に隠すことは難しい。
ローザが男の笑みの中に見たのは親愛の情であった。
彼女には男のその表情が、家族や親しい友人に向けるようなものに見えたのだ。
なぜ男がそんな表情を浮かべたのかはわからない。
以前に男と会った記憶など無い。
ローザの見た目が彼にとって身近な誰かに似ていたりしたのか?
最初に見せた戸惑いの表情も、知人に似た者を見つけたせいだろうか?
もしかして、銀髪金眼の知り合いでもいるのだろうか?
頭に浮かぶ様々な疑問を振り払い、ローザは自分が今何を為すべきかを考える。
男のその表情を見て、ローザはその男が自分に敵対することは無いだろうと判断し、安堵する。
もし敵であったとしたなら逃げるしかないと、彼女はそう考えていた。
あの男に戦いを挑んだとしてもおそらく勝ち目は無い。
何度も死線を潜り抜けてきた彼女の直感がそう告げている。
そして彼女の師が言っていた、彼女の運命を大きく変える相手というのがこの男に違いないと、そう考える。
それを確かめるため、ローザは男に向かって大声で呼びかけた。
「そこの人! お願い、助けて!」
その言葉に男は怪訝な表情を浮かべてローザを見つめる。
そして、一度辺りを見回してから視線を戻すと、苦笑を浮かべながら口を開いた。
「助けが必要そうには見えないがな」
低く落ち着いた声だった。
この張り詰めた状況の中にありながら、その声音からも焦りや緊張といったものは感じられない。
男の言う通り、ローザは自分一人でも対処できると考えている。
男もどのようにしてか、それを見抜いているらしい。
だがそれでも、ローザは男の力量を見てみたかった。
もし自分があの男と戦ったなら……想像しようとした途端に肌が
理屈ではない。
あれを敵に回してはならないと、本能がそう告げている。
先程までのやり取りで、男が敵では無いであろう事は確認できた。
あとは、実際にその力量を確かめるだけだ。
「酷いわ! か弱い乙女が大勢の盗賊に囲まれてるっていうのに見捨てるつもり?!」
あまりにわざとらしい、芝居がかった台詞を口にして、ローザ自身恥ずかしくなってしまったが、勿論そんな事は表情には出さない。
その言葉を聞いた男が、再び怪訝な表情をその顔に浮かべる。
「か弱いのか?」
「ええ! 見てのとおりよ!」
「見てのとおり……ね」
男は呆れたような表情を浮かべて、賊の集団を見渡した。
「ここにいる全員が敵なのか?」
「そうよ!」
ローザが男に対して返答した直後、ボウガンを手にした賊が再び男に向かって矢を放った。
男の体にその矢が届く瞬間、男はわずかにその身を揺すったように見えた。
一瞬遅れて、ローザは男がそのわずかな動きで飛来する矢を躱したのだと言うことに気づく。
飛来する矢を躱す程度であれば、彼女にもできるだろう。
だがあんな真似は到底できない。
全く得体の知れない男だった。
「お前の見立てはどうだ?」
「ん? 聞くまでもねえだろ? やるならとっととやっちまえ」
男の声が響き、それに応えるように別の男の声が聞こえた。
先に聞こえた男の言葉よりも乱暴な口調のように思える。
男は一体誰と話しているのか? まさかこんな状況で腹話術など使っているとも思えない。
「貴様はなんだ?」
賊の頭領が男に向かって苛立ったような声で尋ねた。
「俺か? ただの通りすがりだ。迷子ともいうかな?」
「迷子だと?」
「ああ、街に行きたいんだが、どっちに行けばいいのかわからなくてな。道を聞こうと思ったんだが……」
「……このまま黙ってこの場を立ち去れば見逃してやろう。ここで死にたくはないだろう?」
男のとぼけたような返答に、賊の頭領は苛立ちを増したように脅しをかける。
「まあ……それでも別にいいんだがな」
男のその言葉にローザは驚き、抗議の声を上げようとする。
だが、男が次に発した言葉で彼女のその行動は遮られた。
「……先に頼まれ事を済ませるよ」
そう口にした男の体が前方に
そのまま男は地を滑るように移動し、賊の只中に飛び込んでいく。
男が動いた先にはボウガンを構えた賊の姿がある。
その賊の眼前まで移動した男は、腕を無造作に振りぬいていた。
その手にはいつの間に抜き放ったのか、腰に吊るしていた剣が握られている。
ローザは賊の体が斜めに両断されるのを見た。
その賊は鉄製の胸甲を身に着けていたが、それは本来期待されていた役目を何一つ全うすることなく、まるで紙のように
一人を切り倒した後も男は止まらず、滑らかな動きで移動しながら次々と賊を斬り倒していく。
その男の動きは反応できない程に速いわけでは無かった。
抗う者を無理やりねじ伏せる程の剛力を振るっているようにも見えない。
にもかかわらず、賊共はその男の攻撃にろくに反応する事すら出来ず、まるで
男が剣を振るうたび、その剣の先にあった賊の体は両断され、その命も共に絶たれていった。
男の剣は鉄製の鎧を
剣の性能によるところもあるのだろうが、それだけではああはいかないだろう。
一体どのようにしてあれほどの技量を身に付けたのか。
男の体からは相変らず魔力を感じ取ることが出来なかった。
賊を次々と打ち倒していながらも、身体強化の魔術すら使っている様子は無い。
ローザは
賊の頭領も男の動きに魅入られたように、動かずただじっと立っている。
彼は今、ローザに背中を向けている。
その無防備な背中を攻撃すれば容易に倒せるだろう。
だが彼女は動く気にならなかった。
余計な手出しをしなくとも、じきに全てが片付くだろう。
それからさほど経たぬうちに、二十人ほどいた賊は一人を残して全て倒されてしまっていた。
最後に一人残った賊の頭領の元に男が近付いていく。
頭領は腰を低くして身構え、男に応戦しようとしたように見えた。
だが次の瞬間には、その体は頭頂から股下まで真っ二つに両断されていた。
視線の先でそれが起こっている間、彼女の耳には何も聞こえてこなかった。
男の振るった剣は音すら立てずに、鉄の鎧を身に付けた人間の体を縦に断ち割ったのだ。
ローザはその頭領を相当な手練れであろうと見ていた。
それが一切の抵抗もできずに目の前で斬り倒された。
音も立てず鎧ごと人体を断ち割る……そんなことが可能な者をローザは今まで一度も目にしたことが無い。
縦に真っ二つにされた賊の頭領の体が、ゆっくりと左右に分かれるように倒れた。
それは地面に着くと同時に、衝撃でその断面から内臓を
ローザはしばらく呆然と、目の前に広がるその凄惨な情景を眺めていた。
賊は全て倒れ伏していた。
生死を確認するまでもなく、生きている者はいない事が分かる。
皆、一太刀でその体を両断されていた。
男は剣を手にしたまま、その場に佇んでいる。
二十人を超える賊を相手にして大立ち回りを演じたというのに、息一つ切らしていない。
相変らず、その表情にも一切の気負いや緊張は見られない。
これ程の剣の技を持つ者を彼女は見たことが無かった。
大陸全土を探しても、この男に並ぶ程の腕を持った者は見つからないだろう。
身体強化の魔術を使わなくともこれ程に強いのであれば、強化して戦ったならどれ程の強さになるのだろうか?
男がローザに向かってゆっくりと近付いて来る。
彼女は呆然としたまま、男が近付いてくるのを眺めていた。
「これで良かったか?」
「えっ? ……あ、ああ、そうね、大丈夫よ、ありがとう!」
「そうか。他には何かあるか?」
「いえ、もう大丈夫よ、本当に助かったわ!」
ローザは自身の声が上ずっていることに気付いた。
誰かと会話をするときに緊張してしまうなど、一体いつ以来だろうか。
何とか取り繕いながら自己紹介をしようとしたところに、先程まで聞いていた声とは全く違う声で呼びかけられた。
「よう、災難だったみたいだな嬢ちゃん」
ローザは驚き、辺りを見回した。
そして目の前の男が戦いを始める前に、別の誰かと話していたような声がしていたのを思い出す。
男がローザのその様子を見て苦笑を浮かべた。
「ああ、すまん、こいつだ」
そう言って男は手にした剣を掲げて見せた。
「おうよ、俺はクドゥリサルってんだ。よろしくな」
その声は男の手に持った剣から聞こえてきていた。
「剣? ……まさか意思を持っているの?」
「おう、俺みたいなのを見るのは初めてかい?」
「ええ……あなたは、精霊か何かなの?」
「ん? いや、俺は元は人間だったんだがな。まあ今はこの通りだ」
「人間? それは……人間の魂を剣に封じ込めたって事?」
「おう、そうだ。察しがいいじゃねーか。俺は元魔術師でな。まあ色々あって自分の魂をこの剣に封じたのよ。まあ、なんにしてもよろしくな、嬢ちゃん」
砕けた調子で剣は語る。
わずかな時間であったが、クドゥリサルと名乗るその剣と話しているうちに、ローザの緊張は随分とほぐれていた。
心の中で彼に感謝しながら、ローザは改めて目の前の剣士と、その剣に向かって言葉をかける。
「ああ、えっと……こちらこそよろしくね。それと、改めてお礼を言わせてもらうわ、ありがとう。私はローザリンデ。ローザでいいわ」
「ああ、ローザ、俺はクラウスだ。よろしく頼む」
「クラウスにクドゥリサルね。よろしく」
笑顔で答えながら、ローザは思考を巡らせる。
探し人は見つかった。
こんなに早く見つかるとは彼女も思っていなかった。
それどころか、本当に目的の相手が見つかるかどうかすらも疑っていた。
その相手を見つけるという最初の難関は突破出来たが、それで終わりではない。
師にはローザの運命を大きく変える存在がいると言われただけだ。
それがどのような人物であるのか、何もわかっていなかった。
クラウスが優れた戦士であることがわかった今は、彼を何とかして自分のそばに置いておきたいと、そう彼女は考えている。
幸運なことに、ローザとクラウスの現在の状況を見る限り、それはさほど難しく無い様に思えた。
「ねえ、クラウス。あなた、さっき街に行きたいって言ってたわよね?」
「ああ、言ったな」
「お金は持ってるの?」
「いや、無いな」
「その恰好では身分証や手形も持っていないのよね? それでは街には入れないと思うわ」
「そうか、どうすればいい?」
クラウスはまるで困った様子も見せずに尋ねてくる。
「それは私が何とかするわ。助けて貰ったお礼もあるし。その上で提案なんだけど……私に雇われる気はないかしら?」
「雇う? 俺をか? 何をすればいいんだ?」
「とりあえずは私の個人的な騎士として、護衛とか他にも色々仕事をして貰えたらと思ってるんだけど。報酬なんかの細かい条件は、街についてから話し合うってことでどう?」
「ああ、わかった。それでいい」
クラウスのその返答にローザは面食らってしまう。
断られるとは思っていなかったが、その答えにはあまりにも迷いが無さすぎた。
「ああ、その……別に急いでないし、もう少し考えてから返事をして貰ってもいいのよ?」
「考える? 何をだ?」
「えーと……会ったばかりの人間の言うことを、大して吟味もせずに受け入れたりするのはどうかと思うんだけど……まだ条件の話もしてないし、私があなたを騙して利用しようとしていたらどうするの?」
そのローザの言葉にクラウスはわずかに考える素振りを見せたが、すぐに笑顔を浮かべて見せた。
「ああ……俺を騙そうとしてるようには見えなかったんでな。まあ、まずいときはコイツも教えてくれるだろうし、大丈夫だろう」
そう言ってクラウスは腰に吊るした剣の柄を叩く。
クラウスが何を根拠に自分を信用したのかはわからない。
悪い気はしなかったが、これではすぐに誰かに騙されたりするのではないかと不安になってしまう。
「そう……でも、これからはもう少し用心したほうがいいと思うわ」
「ああ、そうしよう」
軽く答える彼を見て、本当に大丈夫なのだろうかと、ローザはわずかに不安になる。
だがすぐに、そのあたりは自分が気を付けていれば良いのだと思い直す。
彼がローザの運命を変える存在なのであれば、付き合いも長くなるのだろうから。
「じゃあ、仮って形になるのかもしれないけど、契約成立ってことでいい?」
「ああ、それでいい」
「ありがとう。それじゃ、改めてよろしくね」
そう言ってローザが差し出した手を、クラウスが握り返す。
こうしてローザの目的は、彼女が思っていたよりもずっと早く達成されたのだった。
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