さまよい人は帰り来たりぬ
@makoto_jin
第一章 帰り来たりし者
とある戦士の最期
広大な平原のいたるところに、人馬の
亡骸ばかりではない。
もはや生き延びることは不可能な程の傷を受けながら、いまだもがき続ける者の姿も見受けられる。
大地は血を吸ってところどころ黒く染まっていた。
日は傾きを増し、空も赤く染まり始めている。
そこは戦場で、つい先程まで激しい戦いが繰り広げられていた。
だが既に勝敗は決し、戦いは収束に向かっている。
その戦場の片隅に四十人程の騎士が集まっていた。
その集団の中心に、一人の騎士が赤く血濡れた剣を手にして立っている。
騎士が身に付けた白銀の鎧も、手にした剣と同じように、そのところどころが血で赤く染まっていた。
騎士の名はベルント。
大陸全土に精鋭として名を知られる、紅炎騎士団の団長であった。
その彼は今、呆然とした表情で眼前の地面を凝視していた。
「一体、何が起こった?」
「わかりません、こんなことが……」
ベルントは離れて立つ配下の騎士に尋ねたが、その騎士も困惑した様子で、その問いに答えられずにいた。
ベルントはつい先程まで、一人の傭兵と一騎打ちをしていた。
彼はそれに勝利し、傭兵は倒れた。
その傭兵の体が、地に倒れると同時に煙のように掻き消えてしまったのだ。
「……彼は死んだのだろうか?」
「剣で胸を貫いたのです。あれで生きていられる人間などいないでしょう」
その傭兵は紅炎騎士団の騎士をたった一人で十二人も打ち倒していた。
その戦い振りを見た一人の騎士が、その傭兵に一騎打ちを挑んだ。
騎士は敗れたが、その後も他の騎士が続々と名乗りを上げ、その傭兵に一騎打ちを挑み続けた。
だが、誰一人としてその傭兵に敵う者はいなかった。
六人目までが敗れたのを見て、団長である彼が名乗りを上げたのだ。
「彼は満身創痍だった。万全な状態であれば敗れていたのは私のほうだっただろう」
「そうでしょうな」
「……惜しいことをした。死なせずに済ませることが出来れば良かったのだが」
「それは無理でしょう。あの戦士を相手に手加減して勝てるような者は、我が団には一人もおりますまい」
その部下の言葉にベルントは苦笑を浮かべる。
「そうだな……だが、彼が我らと同じような全身鎧を身に着けていたなら、死ぬことは無かったろう。あるいは私がもう少し……手加減できるほどに強ければな」
そう言って、彼は周りの騎士たちを見回していた。
あの傭兵は十八人の騎士を倒したが、死者は一人もいない。
全身鎧を身に付けた者に止めを刺すのは簡単では無い。
兜の上から剣で殴られ意識を失っているもの、腕や足を砕かれた者はいても、命まで失った者は一人としていなかった。
相手も鎧を身に着けてはいたが、騎士たちのような一揃いの全身鎧では無かった。
胸甲や籠手といった部位毎に個別に揃えたのだろう、ちぐはぐな装備でそれゆえに隙間も多い。
さらにこれまでの戦闘で、その装備はかなりの損傷を負っていた。
それが無ければ、あの傭兵を倒すことはできなかっただろう。
それほどに相手は強かった
「本当に惜しいことをした。あれほどの戦士だ。味方につけることが出来れば心強かったのだが」
傭兵は金さえ払えば敵にも味方にもなる。
金を払って雇い入れ、その契約期間中に騎士団に勧誘することも出来ただろう。
「確かに。あれほどの戦士の名を今まで聞いた事が無かったのが不思議なほどです」
「そうだな……本当に……」
そう呟く言葉には、優れた戦士に対する最大限の敬意が込められていた。
「神々も同じことを考えたのでしょうか? あの戦い振りを見て
「ああ……あれほどの戦士だ。そうなのだとしても不思議は無いだろうな」
ベルントは目を上げ、戦場を見回した。
戦いは終わり、戦場には静けさが戻り始めている。
だが彼の心の中には、先程までの激しい勝負の余韻がいまだ激しくくすぶっていた。
お互いが万全の状態で戦って、あの戦士に勝てる者が一体どれ程いるだろうか?
「戦士クラウス……」
おそらくこの先、決して忘れることが無いであろう、その戦士の名を彼は一人呟いていた。
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