第9話

 「おぉ、駐在さん!どうだった!」


 私たちがみんなの下へ到着すると、作戦が功を相したのか、町人はのんきそうにしていた。


 「あぁ、うむ。まぁ正直に言えば、一つ見つけた」


 そこは正直にならなくてもいいんじゃないかしら!そう思っても後の祭りで、町人たちが途端に恐怖を顔に浮かべる。


 「なに、案ずることは無い。我の力があれば撤去は容易い」

 「お、おぉ、そうか……」

 「でだな、避難して直ぐに申し訳ないのだが、皆は町に戻ってもらえるか?」

 「へっ?不発弾があったんだろう?」

 「町に戻って万が一があっちゃああぶねぇだろうに」

 「いやな、先ほどの不発弾と同じく、町外れにあったのだ。故に町に戻る分に危険は無い」


 下手なことを言わないだろうかと、ハラハラしたけれど、ディルークの言葉に納得してくれて、町の住民たちがパラパラと町中へ帰っていく。



 「さて、やるか……」


 辺りに人が居なくなったのを確認して、ディルークが呟く。

 私はさっきと同じく、一歩引いて彼の背を見つめた。


 「シーラ」


 振り向くことなく、ディルークに声を掛けられる。


 「嫌よ」


 言いたいことはわかっているので、即座に断った。


 「何も言うてはおらんが……」

 「い・や」


 ディルークの肩が小さく揺れたのに気付いた。大方、こっそりため息をついたのだろう。


 「……先は、容易いと言うたが、本当はそう簡単なことではないのだ」


 私は何も言わない。


 「地震があっても、この地に伝わらぬように遮断せねばならぬし、地下深くに埋まっている故、地を揺すらぬように大地を穿つ必要もある。同時に万一に備え、この空間を遮断する。同時にこれを行うは難しいのだ」

 「無事に取り出せたら?」

 「その後は簡単だ。不発弾の周りの空間を防壁で包み起爆させる」

 「……そう。失敗する可能性があるの?」

 「我は、竜人の中でも群を抜いて優れた呪術師であった。失敗はありえん。……はずだ」


 最後の「はずだ」が不安を誘うけど、ここはディルークの成功を信じようと思う。


 「それなら私がいても問題無いはずだわ」

 「…………」


 またため息。我侭なのはわかってる。だけど、たとえこの町を守るための存在としているのだとしても、彼を残して町で安穏としているのは嫌だった。


 「お願い」

 「…………」

 「あなた、お願い」

 「…………わかった」


 ディルークが振り返る。そっと、胸に抱きこまれた。


 「このほうが、集中できる」


 私は、ディルークの心臓の音だけを聞くために、そっと目を閉じた。



 今までの呪文の詠唱とは全く違っていた。

 よくわからない言葉。もしかすると、竜人だけの言語なのかもしれない。

 目を閉じていたから、どうなっているのかわからなかったけれど、体が内のほうからざわめくのを感じる。ディルークの魔法の力に感化されているような、気持ちになった。

 風が立ち、ゴウゴウと耳元で吹き荒れる。

 徐々に強まっていく風が、不意にやんだ。


 「……ディルーク?終わったの?」

 「……いや、まだなのだが……」


 どうしたのだろう。私は目を開いて彼の顔を見上げる。と、どうやら後ろを気にしているらしく、私は広げた彼の腕の下から、のぞき見る。


 「やだ、みんな帰ったはずなのに……」

 「野次馬という奴であろう。こういうところは、人も竜人もかわらぬ」

 「近づいてくる様子も無いし、続けるわけにはいかない?」

 「それは…構わんのだが……」

 「だが?」

 「……いや、続けるぞ」

 「う、うん……」


 何に躊躇したのかわからないまま、私は曖昧に頷く。


 「我に、お前の体温を分けてくれ。そのほうが集中出来る」


 甘い声で言われて、私は両腕を広げて彼に抱きついた。


 「うむ、温かいな……」


 ディルークも、私を抱きしめる。一呼吸置くと、拘束が解かれた。


 「では、続ける……」

 「うん……」


 また、強い風が当たりに吹き荒れた。



 多分、竜人の言葉と思われる呪術は、空間を遮断しつつ不発弾を掘り出すために必要だったのだと思う。


 「これでいい…後は爆破させるだけだ」


 そう呟いて、彼が詠唱を始めた。



 ――狂気を内包し 全てを拒絶せよ 其の中で果てよ――


 ――優しき母の身のうちに 悪意の全ては消え去るべし――



 音も、無かった。

 きゅっと抱きついたまま、いつ終わるかと待っていたのだけど、ディルークに優しく髪を梳かれてやっと終わったのだと気付いた。

 顔を上げようとした途端、ディルークが私の頭をガシッと掴んだ。


 「え?」


 今まで、こんな風に扱われたことが無いので思わず声が漏れる。


 「あああ!すまぬ!いやしかし、今は少し、弊害があってだな!」


 妙に慌てている。顔を上げることは出来ないけれど、目は開いている。


 「ディル?」


 声を掛けても返事は無い。

 どうしたものか、悩んでしまう。実は、見えているのだ。ビタンビタンとごまかすように、左右に振りつつ地面を叩く、大きな尻尾が。

 ここで、無理に姿を見たら、彼は傷付くだろうか?そう思うと、動くことが出来ない。

 でも、ディルーク自体動揺しているのか、正直掴まれた頭が痛い。握力が強すぎる。


 「ディル?変身が解けちゃったのね?」

 「あ、あぁ……」

 「そう、それで、それを私に見られたくないのね?」

 「そうだ……」

 「……わかった。目を瞑って見ないようにするから、手を頭から離してくれないかしら?とても痛いの」


 そう言った瞬間、手を離すどころか体ごと離れられ、体を預けるようにしていた私は前方に倒れそうになる。

 咄嗟の事態に、目を開けてしまう。

 飛び退いたのだとしても、ディルークは目の前に居るはずなのだから、私が傾いだら受け止めてくれるに決まっているのに……


 「あっ!」


 どさりと音を立て、ディルークの胸で受け止められる。


 (どうしよう…一瞬だったけど、見ちゃったわ……)


 「あ…あの……」

 「…………」


 ディルークの体が震えている。多分、見られたことに気付いているのだと思う。


 「ごめ…ごめんなさい……」

 「……いや、我が悪いのだ。頭は、痛くないか?」


 胸に顔を埋めたまま、私は返事をする。


 「我は…醜いだろう……?」


 悲しげな呟きに、私は思わず顔を上げた。


 「そんなことなっ……」


 うっかり目も開けてしまっていた。

 瞳がかち合う。私の言葉が途中で止まってしまったのを、さっきの言葉の肯定と取ったディルークが睫毛を伏せて、自嘲するかのように笑った。


 「わかっているのだ……我は、醜い……」

 「ちがっ!ちがうのよ!あなたと一緒!私を初めて見たときのあなたと一緒だわ!」

 「我と……?」

 「あまりにも美しくて…言葉に詰まってしまったのよ!」


 そう、あまりに美しくて、言葉が出てこなくなってしまったのだ。

 ディルークは、とても美しかった。

 神様の造形物。そう表現しても、きっと誰も文句を言わないだろう。

 切れ長の目、瞳は竜人の三白眼、四白眼と違って人らしさを持っていて美しい。すっと通った鼻筋、まろやかなふくらみの唇、白く肌理きめの細かい肌は、正直嫉妬する。


 「あなた、驚くほどカッコいいわ!!」


 私の言葉に、ディルークは盛大に眉を顰めた。

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