第8話
あれから、ディルークはカッコイイ顔を求めるのは止めた。
けれど、私の前で本当の姿を見せてはくれない。
それが少し悲しいけれど、私たちはまだ夫婦になり切れていないのだから、しょうがないのかもしれない。
小さな寂しさを抱えたまま、彼が駐在さんになって、二ヶ月が過ぎようとしていた。
「野いちご狩りなんて、子供の頃以来だわ」
彼が休みの今日、私たちは野イチゴ狩りの名目でデートをしていた。
休日には、人目を盗んで高原や、彼ら竜人しか知らないと言う穴場スポットへ繰り出す。
お付き合い期間ゼロ日だから、結婚してからお付き合いをしているようなものだ。
「ここは、我ら竜人の中でも知る人ぞ知る穴場でな。町に群生する野イチゴとは種類が違って、ほれ……」
一粒捥いだイチゴを、私の唇に寄せる。ほんのちょっぴり恥ずかしがりながら、私はそのままイチゴを食べた。
「甘い……」
「だろう?お前は甘いフルーツを好むからな。ここの野イチゴならば気に入ると思ったのだ」
「とても美味しいわ。ありがとう、ディル」
「い、いや……」
互いに、照れが出る。いつかは、こんなやり取りを当たり前に出来るようになるのかしら?その時は、あなたの素顔の傍に……、いられるのかしら?
優しい気持ちと、将来へのちょっとした憂いを胸に感じた矢先、大地が揺れた。その直後、大きな爆発音が辺りに響き、またも大地を揺るがす。
「な、なに!?」
驚く私を、ディルークが抱き寄せる。
「わからぬ……ゆくぞ、シーラ!」
そのまま抱きかかえられ、ディルークは音のした場所へと走り出した。
町の外れ、元教会だった寂れた建物が、木っ端微塵になっていた。
「なにがあった!」
野次馬が集る中、ディルークの声に、一人の男が応えた。
「わからない!突然建物が……」
「襲撃では無いようだが……」
ディルークがゆっくりと、大破した教会へと足を進める。
「ディル!」
不安から声を掛けると、大丈夫と言わんばかりに、ディルークが頷いた。
町人が遠巻きに見守る中、検分を終えてディルークが戻ってきた。
「どうやら、昔残されていた不発弾が爆発したようだ……」
「不発弾!?そんなもんが残ってたってのか!?」
「あぁ……、地下に空洞があった。あそこで作られたものだったのであろう……。地震で台座からずれ落ち、起爆したようだ」
町人たちに不安が広がる。
「くそっ…とんでもねぇ置き土産残していきやがって……」
あの頃の恐怖は、教科書に載る古い歴史と化していて、本当の恐ろしさをわかっていなかった。
「人に被害が無くよかったと言えよう。この場は、もう安全と言っていい。しかし、他の場所に残されている可能性もある、当時の軍の地図か何か、残ってはいないだろうか?」
集まった野次馬だけでは、わかるはずも無く、ディルークは町役場へと向かった。
それから、役人さんとディルークは町の古い資料をさらったのだけれど、撤退した軍が、情報を残しているはずも無く、確かなことは判明しなかった。
「キヨミ山の火山活動が活発化している……、もしもこの町の他の場所に不発弾が残っていれば……」
役所まで同行したのはいいけれど、役に立てるわけも無く、私は憂わしげなディルークの腕に、そっと手をあてることしか出来なかった。
「また地震がこないとも限らぬ。役人方、住民の避難を頼めるか?我は不発弾が残っていまいか、探知の術をかける」
「は、はい」
急いで部屋を後にしようとした役人さんに、ディルークが慌てて声をかける。
「いや、待て!ホウソウはかけるでないぞ?ぱにっくを起こすと厄介だ」
「え……では、どうすれば……?」
「うむ……口伝えでは、返って恐怖を煽るやもしれんしな……」
どうすべきか悩む様子に、私なりの考えを述べる。
「さっきの爆発は、町中に轟いたはずです。既に、みんな怖がっていると思うわ。避難するって言っていた人もいたもの。小さな町だし、きちんと一人一人に説明する時間ぐらいはあると思うの」
「……うむ、そうだな。役人方、町に残っている者に説明と、避難を」
「しかし、また地震が来て…もしも町中に不発弾が残っていたりしたら……」
「主らが恐怖に負けてどうする!案ずるな、避難が終わるまで、地震は我が押さえて見せよう」
そんなことが出来るのだろうか?驚いてディルークを見ると、返って不思議そうな顔をされた。
「どうした、シーラ?」
「え?ううん、なんでもないわ」
その短いやり取りの間に、役人さんたちが担当する地区を決めて散って行こうとする。そこに、またもディルークが声をかけた。
「くれぐれも、不発弾があるとは言うなよ?まだあるかどうかはわかっておらぬのだ。そうだな…探知の術をかけるのに人の気配が邪魔になるとでも言ってくれ」
「はい!」
ディルークの指示に返事をして、今度こそ役人さんたちは役場を出て行った。
「シーラ、お前も避難す…」
「一緒に行きます」
ディルークが言い切る前に、そう宣言した。
「シーラ」
少し強い声で、咎められる。
「聞きません、一緒に行きます。探知の術をかけるだけなのでしょう?地震を押さえるとも言ったわ。それなら、危険はないはずでしょう?」
「それはそうだが…万が一と言うこともある」
「あっちゃダメです」
「シーラ」
「嫌です」
無言でディルークを見つめる。
と、数秒して、彼がため息を落とした。
「わかった。何があっても必ず守るゆえ、そばを離れずついてくるのだぞ?」
「えぇ」
私は、満足げに頷いた。
――探せ 探れ 不安を駆り立てるものの正体を――
――大地を蝕む悪を滅さんが為に――
何が起こっているのか、傍目にはわからなかった。けれど、確実に術は行使されているらしい。町の中心にある噴水の前、目を閉じ集中するディルークの長い髪が風も無いのに吹き上がり、淡く体が発光している。
教会とは反対の、畑が広がる場所に、住民全員の避難が完了したと報告を受け、ディルークは探知の術をかけた。
私は邪魔をしないように、一歩下がって彼を見つめる。
暫くして、彼の肩がピクリと動いた。
発光が収まるとディルークが「不味いな……」と呟くのが聞こえた。
「どうしたの?」
「うむ……少し急ぐゆえ……」
そう言って、ディルークは私を抱き上げ走り出す。
「きゃぁ!」
「すまぬ、少し我慢してくれ」
私は、頷いて、しっかりディルークの首に手を回した。
「協会は、元々街道の近くに建っていたのだ。故にあの頃は栄えていたが、侵略者を退けた後、侵攻を防ぐために町の玄関口を変えたのだ」
走りながら、ディルークがそう言う。
「それが、何?」
街の歴史、その授業で習った内容だった。たしか、玄関口を変えただけじゃなくて、町自体を数年がかりで森の中へと移動させたはずだった。だからこそ、大きな旧街道に面した地域は住む人も居なくて寂れているのだ。新街道は狭いから不便だと言われているけれど、安全の為だからみんなぶーたれながらも使い続けている。
「侵攻軍が基地を置いたのも、街道に面した地域だろうと思ったが、どうやら遥か昔、この町は全てを侵略されつくしていたようだ」
「どういう…こと……?」
「…………」
「ねぇ、ディル?」
「……不発弾はあった。それも、住民の避難した場所にだ」
苦渋に満ちた声に、私の心臓が凍った。
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