第7話
「あ、あの……、よろしくお願いします……」
私はベッドの上で畏まる。ディルークも緊張した面持ちだった。
今日は、そう……そうなの!あれなの!
「あ、あぁ……」
そっと、ディルークが私のうなじに手を差し込む。引き寄せられ、唇が合わさると、それだけでは終わらずに温かみを帯びた舌が、私の唇をなぞった。恐る恐る口を開くと、ゆっくりディルークの舌が進入してくる。しばらくは、互いに拙い動きを見せていたけれど、私が息苦しさに喘いだ瞬間、ディルークが強く私を抱きしめ、まるで蹂躙するかのように激しいキスに変わる。
触れるだけのキスなら、町に返ってきて何度かしたけれど、こんなのは初めてでほんの少しの恐怖を感じてしまう。けれど、それよりも嬉しくて、私はしっかりと彼の背に手を回した。
どのくらいそのままだったのか、息も絶え絶えになった所でやっと開放される。
「シーラ……」
熱い声に、体の奥底から這い上がってくるものを感じて……
――目を閉じよ 何も見るな 柔らかき闇がお前を優しく包むだろう――
――幾千の眠りを守る淑やかな夜だけを見よ――
聞こえたのは、呪文。
詠唱が終わると、目を開いてるはずなのに私の目からゆっくりと光が失われる。
「な、なに?」
「……すまぬ…、褥を重ねている間、我はこの姿を保っていられぬ。我は怖いのだ、お前に、我の姿を恐れられるのが怖い……だから、すべてが終わるまでの間……」
苦しそうな吐息を耳元で感じる。
あぁ、夫婦になっても、私たちはまだ完璧に分かり合えていない。彼の苦しみを取り除いてあげることが出来ない。ここで私が嫌がったら、彼は傷付くだろう。たとえ、彼の全てを受け入れるから大丈夫だと、そう言っても、この苦しみはそんなに簡単に取ることは出来ないのだと思う……
目を開けても暗闇しかないのは怖ろしかったけれど、私はディルークの腕に縋り、頷いた。
「わかったわ……」
私は柔らかい闇に抱かれ、その日、ディルークと結ばれた。
* * * * * * * * * * * *
新しい駐在さんは、中々町の人々に怖れられている。
まぁ、あの見た目じゃしょうがないんだけど。
「お帰りなさい」
帰って来た私の旦那さまは、意気消沈といった
「なぁに?どうしたの?」
「いや、挨拶を返して貰えなくてな……何がいかんのか……」
本気で悩んでいるらしい。
「見た目。の一言に尽きると思うわよ?」
すでに何度か言っているのだ。彼の変身は確かに完璧。爬虫類っぽい顔ではあるけれど、ちゃんと人間の顔。でも、その顔は人間からすると怖いんだって。
でも、彼はそれが信じられないらしいのだ。なんせ、美的感覚が違いすぎる。
本当は、変身の術は自在に己の顔まで変えるようなことは出来ないらしい。自分の遺伝子情報を元に、それを人間のものに置き換えると「なる」顔。つまり、美形な竜人さんは美形な人間になるらしいんだけど、ディルークは呪術の腕も高くて、自在に変化させられる。
そこに、自分の美意識を反映させずに、人間の美的感覚を取り入れてくれれば……と思うのだけど、どうしようも無いみたい。
「ぬぅ…この顔のどこが悪いのか……」
私から言わせると、私とそっくり。竜人丸出し。そこが悪い。なんだけど……
私はこっそりため息をついて、本屋さんで買ってきた雑誌を差し出す。それは、男性ファッション誌で、これならカッコイイモデルさんが沢山乗っているから参考になるだろうと、恥ずかしいのを我慢して買ったものだった。
「これ見て、勉強なさい」
「むぅ……」
憮然たる面持ちで肩を落としながら弱々しく雑誌を受け取る。私は隣に座って、ペラペラとページをめくるディルークに誰がカッコいいか、どうしてカッコいいのかを説明した。
「納得がいかぬ……」
今度は不服そうに、腕を組む。そんな姿も可愛い。
「これが人の世の『いけめん』なのか?」
「そうよ」
テレビがあれば良かったのだけど、ちょっとお高くて手が出なかった。そのうち買いたいと思っている。
実家にはあったから、見途中のドラマだけは実家で見させてもらっていたりする。
「むぅ……」
また、ディルークが呻る。
女性が、男性を可愛いと思うのは、愛しいと言う気持ちの表れと誰かが言っていた。
だから、私がこの爬虫類丸出しの、他人からすると怖ろしいと言われる顔をした旦那さまを可愛いと思うのは、間違っていないのよね?
「シーラ、これでどうだ!」
旦那さまが顔を変化させる。それは、今人気の俳優そのままで…確かに私、好きだって言ったけど……
「あなた、その顔で町を歩いたら、俳優さんが来たのだと勘違いされるわよ?」
「そ、そうだな……」
「シーラ、これはどうだ!」
今度は顔の上半分と、下半分が違う役者さん。
「あなた、それだとバランスが物凄ぉ~く悪いわ」
やっぱり、人間の顔の美しさが理解出来ないらしい。
「そ、そうなのか……?」
「シーラ、これは!」
「シーラ、今度こそ!」
「シー……」
「ねぇ、ディル?顔の美醜なんてどうでもいいじゃない。私はあなたがどんな顔をしていても、あなたの事が好きよ?それじゃダメ?それとも、町の若い子たちにモテたいのかしら?」
いい加減、旦那さまのあの爬虫類顔を忘れそうになっていた。夕食作りの合間に話しかけられるから、食事がまだ出来上がっていない。
「モテたい訳ではない!シーラが…我を好いてくれるなら、それでいいのだ……」
「だったら、もういいんじゃないかしら?」
「しかし、お前はこんなにも美しいのに、その隣に立つ私がこれでは……」
もう、何度も説明したのだ。
私は人間の世界では不細工なのだと。醜い顔の持ち主なのだと。
「私たち、似たもの夫婦って呼ばれているわよ?」
「それは、そうなのだが……。私は、お前を美しいと思っている。それは、我らが竜人の価値観でだ。だから、我はお前に、お前の価値観でカッコイイと思われたい……」
あぁ、私の旦那さまは可愛い。こんなにも自分を愛してくれる人と結婚できたなんて、私は本当に幸運な女だと思える。
「いつもの顔で、十分にカッコイイと思っているわ」
「しかし…あれは変化した顔で……」
さらに変化を重ねた顔でカッコイイと言ってもらおうとしておいて、爬虫類顔を褒めると渋る。
全く、めちゃく……
その時、やっと理解した。彼は、やっぱりありのままの姿を晒したいのだ。
「ねぇ、ディルーク?」
私は、調理の手を止め、彼の傍に歩み寄った。
「私、あなたの心が好きだわ。だから、こんな言い方をしてはいけないのかもしれないけど、あなたの見た目なんて、どうでもいい。どんなに、不細工だろうと、絶対に、あなたを嫌いになったりしないわ」
そっと手を握ると、ディルークは眉尻を下げて、弱々しく笑った。
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