第2話

「お、いらっしゃい! また来てくれたんだね! さあ、いつものやつだよ!」


 男は湯豆腐と香のものと日本酒を私の隣のカウンター席に並べた。

 私は無意識に頷いていたようだ。

 何故、私はこんなにも……今日は人懐っこいのだろうか?

 いつもはつっけんどんに返すのに?


「ビール。お好きなんですね……」

「ええ。これさえあれば何もいらないくらい」

「あら、そう。私もそうよ。気が合うわね」

「日本酒ですか。ビールが大好きですが、美味しそうですね」

「ありがとう」


 それから私は厚化粧の女と熱心に話し込んだ。

 勿論、お酒の話だ。


 ああ、大人っていいな。


 私は心底そう思う。

 なんたって、お酒が飲めるのだもの。


 だけど……。


 あれ?


 ビールって、苦い味だって気付いたのはいつだったのだろう。

 はじめて飲んだ日は……?

 はじめて美味しいっていった時は?

 

 そこで、私は気が付いた。

 店内よりも私の身体の方が冷たいことに。


「寒いでしょ。……ここのお店。いっつも寒いのよねえ。でも、慣れてしまえば平気よ。たまに……暖かくなるの。それは人のぬくもり。あなたも、しばらくすると暖かい光に包まれるかも知れないわね」

「へえ……そうなんですか」

「あら、疑ってらっしゃる? 本当よ。試しに天井を見上げてみてごらんなさいな」

「……?」

 

 私は騙されたと思って、上を向いた。

 途端に、急に居酒屋の店内全てが光りだした。


「あら! あなたって、とても運がいいんだわ……ほんとラッキーよね」


 そうだ。

 私は運がいいんだ。


 恋人と別れた後、一人でフラフラと歩いていたら車に轢かれてしまった。

 それから、近くの電灯に寄り掛かっていたんだ。


 飲みたかったビールも初めて飲めた。

 好きだった恋人から、遠ざかってからも心底楽しめたんだ。


「さあ、ゆっくりと目を覚まして……救急車が来てくれたわ。あなたはこの先も色々な居酒屋へ行けるのよ」


 女の歓喜の声が響き。

 遠くからサイレンの音がした。

 店内の光は殊更強くなった。


 ちょうど、救急車のライトに照らされたよう。

 両手を見てみると、両方とも血のりがついていた。


 そういえば、今日はクリスマスだった。

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清し雪降る夜に 主道 学 @etoo

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