第4話 ニリト山の盗賊

~イタケー、ニリト山~


 盗賊の案内の元、ペネロペウスはニリト山の中腹の洞窟にたどり着いた。月の出ていない暗闇の中だったが、盗賊男が何度も岩場に躓く中、夜目がきくペネロペウスは一度も躓かなかった。


 洞窟の中は焚き火の明かりで照らされていた。中からは男たちの下品な笑い声が聞こえてくる。数は20人程度だろうか。


「案内ご苦労だった。約束通り逃してやるから二度と悪事を働くな」


「ええっ!? 一人で戦うんですか?」


 困惑する案内の盗賊を後目にペネロペウスは洞窟へと入った。洞窟の中は奥行きは大したことないがかなり広く、盗賊の数は4,50人と思ったより多かった。だがペネロペウスは少しも気にしなかった。


「なんだお前……」


 盗賊の一人がこちらに気づいたが次の瞬間にはペネロペウスの剣によって貫かれていた。口から大量の血を吐きあっという間に絶命する。死体を投げ捨てると次の盗賊に打ってかかる。ペネロペウスはかつてエチオピア人との戦いで200人の大軍を一人で撃退した一騎当千の英雄だった。数十人ばかりの盗賊などものともしない。


 盗賊の一人が矢を放ったがペネロペウスは右手でそれを掴んだ。そのまま矢を投げ返すと矢は弓から放たれた勢いよりも強く飛び盗賊の胸を貫いた。洞窟内は男たちの怒号で一杯になる。


 ペネロペウスによる一方的な戦いは朝まで続いた。盗賊の多くは敵わないと見るや戦意を失い逃げようとしたが、ペネロペウスが入り口を塞いでいたためあっけなく殺された。命乞いをした数人は武器を全て奪われた上で解放されたがしばらく盗みは働けないだろう。終わる頃には朝になっており、ペネロペウスは流石に疲れてオデュッセウスの館に戻った。


 遠征軍の出発まで暇がないペネロペウスは眠気に抗いながらもオデュッセウスを説得しようと門を開けて中に入った。するとオデュッセウスはローブを羽織ってフードを被ったいつもの姿に加えて大きな袋を持っていた。中身はわからないがかなりの荷物だ。


「オデュッセウス殿、どちらへ……?」


「どちらへとは? トロイアへ遠征するのでしょう?」


 ペネロペウスは耳を疑った。あまりの眠さに夢でも見ているのか、あるいはこれもオデュッセウスの策略の1つかと思った。なぜ心変わりをしたのかと尋ねようと口を開きかけた時、オデュッセウスは静かに歩み寄ってペネロペウスの口を指で塞いた。


「トロイアとの戦争に参加する条件です。戦う理由は私が決めます。それについていちいち詮索しないこと。私の策に従うこと。そしてペネロペウス、貴方は私の命を守ること。それだけです」


 ペネロペウスはたくさんの疑問についてオデュッセウスに聞きたかったがうまく言葉が出なかった。それでもオデュッセウスが参戦してくれるのならば自分の使命は完遂される。細かい理由は最早どうでも良かった。ペネロペウスは特に反論も質問もせず頷いた。


「良いでしょう。荷物が重くなりました。お手数ですが港の貴方の船まで荷物を運んでください。私は館を少し片付けてからいきます」


「わかった……オデュッセウス殿、礼を言います」


 ペネロペウスは喜んで荷物を担ぐと港へ駆け出した。オデュッセウスが参戦してくれるという事実だけで、ペネロペウスには昨日まで抱いたオデュッセウスへの敵意も心変わりの疑問も消え失せていた。もしかしたら自分が盗賊を打倒したのがきっかけかもしれなかったがそれもどうでも良かった。






 オデュッセウスは館の中で男と話していた。


「ご苦労でした。ペネロペウスがニリト山の盗賊共を殺したおかげでトロイアへ行くことができます」


 オデュッセウスが話しているのは昨晩ペネロペウスをニリト山へ案内した盗賊の男だった。男はオデュッセウスの家の使用人で、オデュッセウスの名を受けて盗賊のふりをし、ペネロペウスを盗賊団の元へ案内したのだった。男はオデュッセウスに尋ねた。


「ですがこんな手間をかけずとも、ペネロペウス殿なら頼めば聞いてくれたのではないでしょうか?」


「ペネロペウスという英雄はお人好しを絵に描いたような奴ですからね。嘘をつけず根っからの正直者、武勇に優れ忠義に厚いがすぐに騙される。まあ良い人です。一応あの【王の中の王】アガメムノンの命を受けて来た奴ですから、下手に恩を売ると危険だと思ったのですが……それに……」


「それに?」


「今のところあいつとの関係は私が優位だということです。これであいつは私の言うことを聞くし、私を守ってもくれます。ペネロペウスは忠義に厚い英雄ですからね、知恵のめぐりは悪いですが決して約束は違わない」


 男は主人であるオデュッセウスの恐ろしさを改めて知らされた。10年前に王となったこの少女はまだ6歳だった。だがそれ以来数多の策謀と知略をめぐらせあらゆる敵を打ち払ってきた。本当はペネロペウスに頼らずとも盗賊を滅ぼす策などいくらでもあったのだろう。【勇気と智謀の英雄】の二つ名に恥じない王だった。


「さて、遅くなるとあの馬鹿が不安がって引き返してくるかもしれません。そろそろ向かいましょう」


「オデュッセウス様、盗賊団は滅びましたが新たな外敵が来ると限りませぬ。神託ではトロイアとの戦争は10年続くと聞いていますが、いつ頃帰られるおつもりですか」


 オデュッセウスは人差し指を1本立てて言い放った。


「神託は外れる。戦争は1ヶ月で終わらせます」

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