第165話 出陣


「……ソーマ殿、本当にすまない」


「いえ、すでに覚悟はできています!」


 この世界では女性の方が力が強いとはいえ、あれほど女性の騎士や冒険者のみんなが最前線で戦っているんだ。ここで男の俺だけが前に出られないなどと言ってはいられない。


 ……うん、だけど正直に言うとものすごく怖い。覚悟が決まっているかどうかと、怖いか怖くないかは完全に別問題である。


 カースドラゴンの変異種との戦闘で聖水が切れたり、俺の力が最前線で必要になった場合は俺が前に出ることはすでに話し合っていた。もちろんカロリーヌさんやエルミー達にはものすごい勢いで止められた。


 しかし、俺が出なければ、王都へ集められた聖魔法を使用できる治療師たちが最前線に出なければならない。治療師や聖魔法を使える者は前線で戦った経験なんてないし、相当な被害が出ることは間違いないだろう。


 俺なら何度か前線で戦ったこともあるし、なにより聖男である俺の障壁魔法の強度が治療師のそれとは桁違いだ。さっきも巨大なドラゴンの攻撃を多少は防げたからな。


 逆に言うと俺が前に出ても厳しい場合には完全に手詰りな状況なので、その場合は王都を放棄することになる。国の王都がなくなるということがどういうことなのかは俺にも分かるし、俺も力を尽くそう!


「ソーマ殿、決して無茶だけはしないでくだされ」


「ソーマ殿、御武運を!」


「はい!」


 国王様とジャニーさんの激励を受ける。


「私の命はソーマ様と共に!」


「……本気で無茶だけはしちゃ駄目だよ、デジアナ」


 デジアナは俺と一緒に来てくれるのだが、この子の場合本当に命を捨てて俺を守ってくれそうで怖い……


「ソーマ様……私は戦闘向けではないジョブを授かって、この時ほど悔しいと思ったことはありません……」


 カロリーヌさんが今にも泣きそうな表情でそんなことを言う。この世界では女性であるのに前で戦えないことが悔しいのかもしれない。


「何を言っているんですか。カロリーヌさんが的確な指示をしてくれたおかげで、これまで一人も死者を出していないんですよ。これは間違いなくカロリーヌさんのおかげです、自信を持ってください」


「ソーマ様! どうか、どうか御武運を!」


「はい、行ってきます!」


 祈るように両手を重ねるカロリーヌさん。思わず少しだけ抱き着きたくなってしまったが、今はそんな状況じゃないからな。


 よし、行くぞ!




「ソーマ様が出るぞ! おまえら、気合を入れろ!」


「おう! ソーマ様には指一本触れされるんじゃねえぞ!」


「男のソーマ様が出るんだ、女の私たちが命を懸けないでどうする!」


「「「うおおおおおお!!」」」


「………………」


 俺が城壁の外へ出ただけで、士気がものすごく上がった。嬉しい反面、結構なプレッシャーにもなる。


「ちっ、できればソーマが戦場へ出ないうちに倒したかったんだがな」


「すまない、私の攻撃はそれほど効果がなかったみたいだ……」


「私の魔法も同じ……悔しいけれど、あの黒いモヤは魔法の耐性もあるみたい」


 城壁の外にはフェリス、エルミー、フロラの3人が待っていてくれた。


「そんなことないよ。みんなの攻撃はだいぶ効いているし、もう少しだって国王様も言っていた。悪いけれど、俺に力を貸してほしい」


 あんな化物みたいな魔物に俺ひとりで敵うわけがない。みんなの力を貸してもらわないと俺だけじゃすぐに死んでしまう。


「当たり前だ! 俺たちが必ず守るぜ!」


「ああ、命を懸けても守ると誓おう!」


「ソーマ、任せて!」


「うん、みんなを信じてるよ!」




「よ、よし! じ、準備はできたぞ!」


「ちっ、ずるいぜ……」


「エルミーだけ役得……」


「羨ましいです……」


 フェリス、フロラ、デジアナが羨ましそうにエルミーを見ている。


「い、今はそんなことを言っている状況ではないぞ!」


「………………」


 今がどんな状況かというと、男である俺がエルミーの背中に密着しながらおんぶしてもらっている状況だ。この世界では女性の方が強く、悲しいことに俺が走るよりもエルミーに背負ってもらう方が速く動けるのである。


 元の世界の男としてはものすごく恥ずかしいのだが、エルミーの言う通り、今は外聞を気にしている状況ではない。そして、防具越しとはいえ、綺麗なエルミーへ密着した状態になってドキドキしている場合では尚更ない。


 ……ちなみに最初は前に抱くお姫様抱っこ(こちらの世界では王子様抱っこと呼ぶらしい)されることになりそうだったが、さすがにその体勢では俺も魔法を撃てなそうだったから、背中に背負ってもらうようにした。


 なぜかエルミーは少し残念そうだった。さすがにそんなことを気にしている場合でもないからな。


「それじゃあ頼むね、エルミー!」


「ああ、任せてくれ!」


 今は黒いモヤの瘴気を纏ったドラゴンを前線のみんなは押しとどめてくれているが、カース化による不死属性があるため、このままでは倒すことができない。


 相手の聖水に対する耐性が上がっているなら、こちらもより効果がある俺の聖魔法で対抗するしかない。

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