第164話 活性化
「お母さま! カースドラゴンの変異種から白い蒸気が!」
「何だあれは……総員一度後退!」
巨大な咆哮を上げたドラゴンの身体から白い蒸気が発生し、その異常をいち早く感じ取った観測者のジョブを持つカロリーヌさんが声を上げ、国王様が一時後退の指示を出す。
先ほど最前線にいたディアーヌ様が少し離れるように指示を出していたため、ドラゴンからさらに距離を取る。
「……何をする気なんでしょうか?」
「我にも分からぬ。ドラゴンの特性、カース化した魔物の特性、変異種となった魔物の特性、そのどれにも当てはまらぬぞ……」
王都や付近の街から事前に集めていた資料にはない行動だ。カース化と変異種の両方が1体の魔物に起こったことはこれまでの記録にはない。そもそも魔物の生態を完全に把握することなどできないし、何が起こっても不思議ではない。
「ダメージを与えていることは間違いねえ! 各員聖水を投げろ、そのあとは魔法で一斉攻撃だ!」
下にいるディアーヌ様が指示を出す。確かに何が起こっているのか分からないが、相手が何かしようとしているのをただ待っている道理はない。とはいえ、近付いた瞬間に何か危険な攻撃を仕掛けてくる可能性もあるため、ディアーヌ様の言う通り、遠距離から魔法攻撃を与えるのがベストだ。
「うおらあ!」
「くらえ!」
投擲部隊が聖水の入った瓶を投げる。
「GRUUU……」
大丈夫、まだ聖水は効いている。白い蒸気でドラゴンの身体ははっきりと見えないが、ドラゴンの苦悶の声が聞こえてくる。
「今だ、撃てええええ!」
「GRUAAAAA!」
城壁の上にいる騎士団の魔法、城壁の下にいる冒険者と騎士団の最大級の魔法による攻撃がドラゴンを襲う。
「どうだ……?」
いくら何でもさっきの攻撃を耐えられるわけがないと信じたい。盛大に舞い上がった土煙により、ドラゴンの様子が見えなくなっている。
精鋭の魔法使いが数十人、これだけの最大級の魔法による総攻撃を2度も受ければ、いくらカース化だろうが変異種だろうが、生き物として無事なはずがない。間違いなく聖男である俺のバリアでも防げない威力だ。
「……っ!? あの黒い瘴気は!?」
「な、なんと禍々しい……」
土煙が晴れるとそこにはまだドラゴンが生きてそこにいた。そしてその身体からは先ほどの白い蒸気ではなく、黒いモヤのような瘴気が発生している。さらに聖水の効果によって赤黒くなっていた肌が、元のカース化した魔物の特徴である黒い色に戻っていた。
「先ほどの魔法による一斉攻撃によってできたダメージがほとんどありません!」
「なん……だと……」
一番最初に魔法使いによる一斉攻撃を与えた際はかなりのダメージを与えられていたが、今回の魔法による一斉攻撃ではほとんどダメージを与えられていないように見える。
あの身体から出てくる黒い瘴気のせいか? カース化によるダメージを受け付けない能力が強化されている!?
「怯むな! 確かに今の攻撃は効いていないが、明らかにダメージは通っている! 敵も相当な無理をしているはずだ。魔法使いは次の魔法の準備、騎士団と冒険者は聖水を当てて攻撃を続けろ!」
「「「おおおお!」」」
士気が落ちそうになっていたところにディアーヌ様が声を上げ、それに反応するように騎士や冒険者たちが声を上げる。
確かにディアーヌ様の言う通り、初めからこんなことができるのなら、最初からこの状態で活動をしていたはずだ。黒い瘴気のようなモヤは絶えずドラゴンから発生しているし、ドラゴンも相当無理をしているに違いない。
「んなっ、聖水の効果が!?」
「駄目だ、一瞬で元の黒い色に戻っちまう!」
先ほどと同じように騎士の一人が聖水の入った瓶を投げ、ドラゴンの肌の色が変わったところで攻撃を仕掛けた。今までと同じで聖水を当てた部分にダメージが入る。どうやら黒い瘴気も直接害があるわけではないらしい。
しかし、先ほどまでは数分間効果があった聖水の効果が、たったの数十秒で消えてしまった。
「まさか、カース化の状態が活性化されているのか!?」
「……変異種となったことが何らかの作用を及ぼしている可能性は高いですね」
国王様の推測に護衛のジャニーさんが同意する。変異種の影響で魔物は凶暴化するということもあるし、おそらくその可能性が高いような気もする。
「お母さま、このままでは……」
「うむ、このままではまずい。こちらの聖水の数が先に切れてしまう……あの状態がこのまま続くとは思えないが、ここでこちらが引いてしまえば、また凶暴化した魔物が集まってくる上に、やつ自身の怪我も回復していくかもしれん」
こちらの聖水の量にも限りがある。素材と時間の都合上、もっと多くの聖水を用意できなかったのが痛い。
あの黒い瘴気を纏っている状況は一時的なものであると思うが、一旦撤退してしまえば、これまでに倒してきた変異種の影響で凶暴化した魔物がまた集まってしまう上にドラゴンも回復するかもしれず、その間に王都が壊滅してしまう。
「俺が行きます!」
ここはもう俺が出るしかない。
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