第143話 チョロい男
「ソーマ様、劇場はこちらですよ!」
「そんなに急がなくても、まだ時間はありますよ」
午前中は鍛冶屋をめぐり、そのままディアーヌ様とカロリーヌさんが案内してくれたお店で昼食をいただいた。王族2人のおすすめということもあって、お昼からとんでもなく豪華でおいしい昼食だったな。
俺も料理はするが、やはり本職の人が作った料理は別格だ。高価そうな食材を惜しげもなく使い、かなりの手間をかけて調理しているのが良く分かった。
そして午前中のやり取りのおかげかは分からないが、カロリーヌさんやエルミーたちの機嫌がとても良くなったみたいだ。
「ソーマ殿は演劇が初めてだと言っていたな」
「ええ。アニックの街で旅芸人なんかが行う小規模なものは見たことがありますが、大きな劇場で行う演劇は初めてですね」
午後からは王都にある劇場へと足を運び、演劇を見に行く予定だ。この世界の数少ない娯楽である演劇では役者が英雄譚などを演じる元の世界の演劇と近いものになっているらしい。
舞台装置などは元の世界には及ばないが、こちらの世界では魔法を使った演出などを取り入れているらしいから、楽しみだ。
「今日の演劇はドラゴンスレイヤーの英雄譚か。ふむ、この英雄譚も有名だから楽しみだ。いずれはソーマ殿の演劇なんかもできるだろうな」
「えっ!? ……いや、冗談ですよね?」
「いえ、もうそんな演劇が出来ていてもおかしくないですよ。現に王都ではソーマ様のお話が吟遊詩人によって歌われておりますから」
「マジですか……」
さすがにそれは初耳なんだけれど……
「どんな大きな怪我であれ、安い治療費で平等に治してくれる黒髪の天使。さらに今までにあったポーションの圧倒的な改良により、多くの人を救ったとして、酒場などで大人気の歌だと聞いているぞ」
「………………」
黒髪の天使とかいう話まで伝わってしまっているのか……さすがにそれは恥ずかしすぎるんだけど……
「演劇にするには少し動きが足りないから難しいかもしれないですね。でも演劇ができたら、私は必ず見に行きます!」
「そ、そうですか。ありがとうございます、カロリーヌさん……」
満面の笑みで嬉しそうにそう語るカロリーヌさんには見なくていいなんて言えなかった。自分の話を演劇にして見るって、どう考えても公開処刑にしか思えないんだけれど……
というか、本人の知らないところで演劇にするってどうなんだ? こういうのって本人の許可って必要ないのかよ……
「おお! これはすごい迫力ですね!」
「やはり魔法を使うと迫力が違いますよね」
「我も久しぶりに来たが、最近の演劇はすごいのだな」
劇場の中にある個室席へと案内されて、そこから演劇をみんなで見ている。護衛がこれだけいるから、個室でないと他のお客さんの邪魔になることは間違いだろう。
そして肝心の演劇だが、ドラゴンは本物か分からないが、魔物の皮が使われており、火を吐くシーンでは実際に舞台裏から火魔法を使って本物の火を使っていた。もちろん危険ではあるのだろうが、迫力はとてもすごかった。
ドラゴンスレイヤー側も実際に当ててはいないが、魔法を放っている。演劇でこれはすごい迫力だ。確かに娯楽の少ない世界でこれは人気が出るのも納得できる話である。
「……っ!?」
演劇を普通に楽しんでいると、演劇の席に手をかけていた右手に突然何かが触れる感触があった。何かと思って右手を見ると、そこには俺の手の上にディアーヌ様が自身の左手を重ねてきていた。
女性の柔らかな手の平の感触が俺の右手へと伝わってくる。ディアーヌ様の顔を見ると、ニヤニヤとしながらこちらを見ているようだ。
からかわれているだけかもしれないが、こちらから手を振り払うのも躊躇われる。ディアーヌ様も綺麗な女性だし、男と遊んでいても、別に女性として嫌いというわけではない。
こういう優柔不断な性格が自分の悪いところだとわかってはいるのとは自覚しているんだけれどなあ……
「……っ!?」
そして今度は反対側の左手の方にも何かが触れた。見てみると反対側に座っていたカロリーヌさんも俺の左手に自身の右手を重ねてきたのだ。ディアーヌ様よりも小さくて柔らかなカロリーヌさんの手の感覚が伝わってくる。
横目で見ると、カロリーヌさんも恥ずかしいようで、顔を真っ赤にしている。ディアーヌ様がやったことを見て、自分もやってみたけれど、思ったよりも恥ずかしかったのかもしれない。
当然カロリーヌさんの手も振り払うことなんてできはしない。午前中にも言ったが、この世界で元の世界のように女性らしいカロリーヌさんを好ましく思っているのは本当のことだ。
「………………」
俺も両手に女性の手の平の感触が伝わってきて、ものすごくドキドキしている。何度かいろんな女性の胸を見たり触れてきてしまった俺だが、やはり直接女性と触れるというのはまだまだドキドキしてしまう。
健全な童貞男子高校生なんて、女性と手が触れただけでもドキドキしてしまうチョロい生き物なのである。
当然ながらその後の演劇の内容はまったくと言っていいほど頭の中に入ってこなかった。
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