第91話 帰還と別れ


「おっ、アニックの街が見えてきたぜ!」


 王都を出てから6日、ガタゴトと揺れる馬車に揺られ、ようやくアニックの街へと帰ってくることができたようだ。もうそろそろ日が落ち始めているため、辺りは夕焼けに染まっている。なんとか日が暮れる前にアニックの街が見えてきた。


 行きも含めて約半月は馬車に揺られたため、ようやく馬車に慣れて酔うことはなくなってきた。……まあ身体がガチガチになることだけは慣れないけどな。


「まだ街に着いたわけではないから安心しては駄目だぞ。街に到着したと油断した今が一番危険だともいえるからな」


 そう、王都からアニックの街への道中は、ゴブリンの巣穴を潰すというイレギュラーがあったものの、アニックの街から王都へ行く時のような襲撃はなかった。


 街に近付く昨日から今日にかけてが一番襲撃の可能性が高いと思っていたのだが、それも杞憂に終わりそうである。いや、エルミーの言う通り、最後まで気を抜くわけにはいかない。少なくともみんなのパーティハウスに戻るまでは気を抜いてはいけないな。


 エルミー達も今まで以上に馬車の後方を監視している。俺もいつでも回復魔法や障壁魔法を使えるように心構えをしておかないと。




「おお、ソーマ殿。無事に街まで戻られたようでなによりです!」


「はい。みんなのおかげで無事に帰ってくることができました」


 俺達の心配をよそに、特に大きな問題もなく、無事にアニックの街まで辿り着くことができた。今は冒険者ギルドへやってきて、冒険者ギルドマスターのターリアさんと話をしている。


 アニックの街では門番の人や街中で大勢の人達に無事に帰ってきてくれて良かったと声を掛けられた。こんなにも俺達のことを心配してくれる人達がいてくれて、俺は本当に幸せ者だと思う。


「ポーラ、イレイ、道中はご苦労だったな。報酬は受付で受け取ってくれ」


「おう!」


「はい」


 今回の王都まで馬車の御者を引き受けてくれたポーラさんとイレイさんとはここでお別れだ。彼女達はまた数日後には、馬車を引いて別の街にまで移動するらしい。


「ソーマさん、今回の依頼は楽しかったぜ。人を助けることもできたし、道中の飯は本当にうまかった。また王都に行くときは俺に声を掛けてくれ!」


「私も道中は本当に楽しかったですよ。みなさん、また遠出する機会がありましたら、ぜひ声を掛けてください」


「俺のほうこそいろいろとお世話になりました。それに道中は、いろんな旅のお話を聞けて本当に楽しかったです。また王都に行くときはよろしくお願いします」


「私達もだいぶ世話になった。2人のように強い御者がいてくれてとても心強かったぞ。またぜひとも指名させてもらおう」


「君達も本当に強く美しかったね。私達もまた指名させてもらうとするよ」


 ポーラさんとイレイさんと握手をして、2人はギルドマスターの部屋をあとにした。2人には王都までの道中で本当にお世話になった。また王都に行くときは指名させてもらうとしよう。


 エルミーやティアさん達もその気持ちは同じだったようで、また護衛の依頼があれば2人を指名すると言っていた。もちろん2人の御者の評価は最高評価で報告しておいた。




「さて、蒼き久遠のみなも、紅の戦斧のみなも無事にソーマ殿の護衛を果たしてくれて、本当にご苦労だったな」


「「「はっ!」」」


 ターリアさんの言葉でエルミー達やティアさん達が頭を下げる。そういえばギルドマスターのターリアさんも元冒険者と聞いていたな。ギルドマスターということもあるが、みんながこれほど畏まるということは、よっぽど有名な冒険者だったのかもしれない。


「ティア達もよくやってくれた。受付で報酬を受取ってくれ」


「ああ、承知したよ。ソーマ様、この度は御身の護衛ができて誠に光栄でした。噂通り、ソーマ様は本当に素晴らしい男性です。短い間でしたが、あなた様の偉業をこの目で見ることができて感激の極みでございます」


「こちらこそティアさん達に護衛をしてもらって本当に助かりました。短い間でしたけれど、本当に楽しかったです」


「ソーマさんとご一緒できて本当に楽しかったです。レシピもいろいろと教えていただきまして、ありがとうございました」


「同じ男性として、ソーマさんをますます尊敬しました。本当にとても楽しい時間を過ごせました」


「こちらこそジェロムさんとルネスさんには本当にお世話になりました。今度一緒に遊びに行きましょうね」


 ティアさん達にも本当にお世話になった。彼女達がいなければ、襲撃に対処できなかったかもしれないし、闇ギルドを潰すことができなかったかもしれない。


 彼女達はこの街を拠点にして依頼を受けている冒険者なので、また会う機会もあるだろう。というよりも、すでにジェロムさんとルネスさんとは今度街へ遊びに行く約束をしている。


 彼らはこの世界にやってきて初めてできた同年代の男友達だ。今後とも良い付き合いができればいいと思う。


「それでは我々はこちらで失礼します。ソーマ様、もし何かありましたら、いつでも声をおかけください。我々はいつでもあなた様の味方になると誓います」


「ティアさん、本当にありがとうございました」


 ティアさんが右手を差し出してきた。ポーラさんやイレイさんと同じように握手をしようと俺も右手を差し出す。


 チュッ


「へっ!?」


「んなっ!?」


「おいっ!」


「………………」


 び、びっくりした!?


 握手をしようとしていた俺の右手を、ティアさんは優しく右手で包み込み、跪いて俺の右手の甲にキスをしてきた。まるで騎士がお姫様の手の甲にキスをするかのようにだ。


 女性特有の柔らかな唇の感触が手の甲に伝わる。女性経験のない俺にとってはこれでも刺激が強い!


「ティ、ティアさん!?」


「ふふ、それではソーマ様、ごきげんよう!」


 ティアさんはそう言いながら颯爽と身を翻して、ギルドマスターの部屋を出ていった。それに続いてジェロムさんとルネスさんが続いていく。


 それにしてもびっくりしたな。こちらの世界なら女性が男性にする挨拶なのかもしれないが、とても心臓に良くない。胸キュンしてしまう女の子の気持ちが少しだけわかってしまったぞ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る