第90話 死に近い世界
「ふあ~あ……」
ゴブリンの巣穴から助け出した2人を村まで届けてから2日が過ぎた。その間に大きなトラブルはなく、順調にアニックの街へと進んでいき、今日の日が暮れる前までにはアニックの街に到着する予定となっている。
俺が寝ていた1人用のテントを出ると、向かいのテントからエルミーが出てきたところだった。ちょうどエルミーも今起きたところらしい。
「ソーマ、おはよう。よく眠れたか?」
「いや、そんなにぐっすりは眠れなかったね」
エルミーはいつも早起きだが、俺は普段よりも早く起きてしまった。朝食を作る前に少しだけエルミーと座りながら話をする。
「やはりゴブリンに殺された女性達のことを考えているのか?」
「よくわかったね……」
「いろいろあったが、ソーマとの付き合いも結構経ってきたからな。それに以前ソーマの世界は争いごとが少ない世界だと聞いていたし、遺体を見た時のソーマの表情は酷いものだった」
「………………」
俺がこの世界に来てから数ヶ月は経っているとはいえ、さすがエルミーだ。あるいは、その時にそれほど酷い顔をしていたのかもしれない。
「俺を襲ってきた襲撃者や闇ギルドの人達が目の前で死んだ時はそれほど何も感じなかったんだよね。それこそ俺達を殺しにきたわけだし、返り討ちにあって当然みたいに思っていたんだ。
だけどゴブリンに殺されてしまった彼女達を見ると、なんだか人が死ぬってことが急に身近に思えてきた。今さらどうしようもないんだけれど、例えばもう1日早く王都を出ていたらあの4人も助けられたんじゃないか、なんて考えちゃってさ」
ゴブリンに殺されていた4人は遠目からしか見ていないが、こん棒のような鈍器で殴り殺されていたり、木の槍で身体を貫かれて殺されていた。4人の死に様を見てやっぱりこの世界は死にとても近い世界なんだと、改めて再確認してしまった。
それと共にどうしようもないことだとは思いつつも、もっと俺にできたことがあったのではないかと思えてしまう。もちろん1日早く出たところで、すでに4人は助けられなかっただろうし、道中でゴブリンには襲われずに男性2人も助けられなかった可能性が高い。
それが頭で理解はできていても、あの4人も救えた道があったのではないかと考えてしまう。
「……こればかりは乗り越えていくしかないのだろう。ソーマも分かっていると思うが、あの4人は数日前に亡くなっていた。私達がなにか行動を変えていたとしても結果は変わらない。2人を助け出せただけでも最善の結果だと言えるだろう」
「………………」
「素直に納得できない気持ちもわかるよ。私もフェリスとフロラとパーティを組む前に、目の前で初めてパーティメンバーが死んだ時はしばらく立ち直れなかったからな」
「エルミーにもそんなことがあったんだ……」
いつも凛としていて、常に冷静沈着に戦闘をこなすエルミーにも過去にそんなことがあったというのは意外だ。
「その時は今回とは異なり、私達のミスでそうなったからな。他のパーティメンバー達と一緒に本当に後悔したものだ。しばらくの間はモンスターが怖くて街からも出られなかったからな」
「……どうやって乗り越えたの?」
「私の場合はがむしゃらに身体を鍛え続けた。もう絶対に仲間を死なせることがないように、ただひたすらに自分を鍛え上げたんだ。普通の冒険者の活動ができるようになってからも、その習慣を続けていたおかげで気付けばAランク冒険者になっていたんだよ」
その話は初めて聞いたな。エルミーがこの若さでAランク冒険者になれるほど自分を鍛え上げていたのは、そういった過去があったからか。
「4人を救うことができなかったのではなく、2人も助けることができたと考えるようにしたほうがいい。ゴブリンやオークに襲われた男性達は助けたとしても、立ち直れないことが多いが、ソーマの回復魔法のおかげで2人とも立ち直ることができるだろうからな」
「……そうだね、エルミー。ありがとう、そう考えることにするよ」
「この先にソーマの力でも助けられない怪我人が現れたり、治療所へ到着する直前に亡くなってしまう患者も出てくると思う。たぶんソーマはそれを自分のせいだと感じてしまうのかもしれないが、そんなことは絶対にない。
聖男であるソーマが助けることができないのなら、それはもう誰にも助けることができない。それにソーマはこれまでに数えきれないほどの人の命を救ってきたんだということを忘れないでほしいぞ」
幸いなことに今のところ治療所での治療で治せなかった患者はひとりもいない。それでもいつかは俺の目の前で人が死ぬということも起きるだろう。その時にはエルミーの言う通り、俺はきっと自分を責めるのだろうな。
「……たぶん落ち込むことは間違いないだろうけれど、エルミーが言ったことも忘れないようにするよ」
「ああ、そうしてほしい。やはりソーマは本当に優しい男だな」
「それを言うならエルミーも優しいでしょ。俺に元気がないことを気付いて、わざわざ励ましてくれたんだよね」
「べ、別に私は優しくなんてないぞ!」
顔を真っ赤にして照れているエルミー。相変わらず彼女は褒められなれていないようだ。
「ありがとう、だいぶ元気が出たよ。そういえば昨日ゴブリンと戦っているエルミーは本当に格好良かったよ」
「う、うむ!」
「おっと、みんな起きてきたみたいだ。そろそろ朝ご飯を作らないとね」
やっぱりこの世界では女性にとって優しいよりも格好良いという誉め言葉のほうが嬉しいようだ。エルミーはさっきよりも顔を真っ赤にしている。
エルミーのおかげで少し元気もでた。あの2人を助けることができて本当によかったと考えるようにしよう。
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