第73話 もうひとつの能力


 治療所で回復魔法を使って患者を治した際に、怪我は治ったが風邪のような症状は治らなかったことがあった。


 やはり聖男せいだんである俺の回復魔法でも病を治すことはできないらしい。


「……ソーマ殿、デーヴァ殿でも駄目だったのだ。気を落とす必要はないのでな」


「……ええ、大丈夫です」


 と言いつつも、やはり少しショックではある。目の前にいる痩せ細った老人は安らかな寝息を立てて、一向に起きようとしない。もちろんどんな怪我や病気を治せるなんて傲慢なことは思っていないが、今まで起き上がれないほど大きな病を患った人は見たことがなかった。


「一度先程の部屋に戻りましょう」




「……すまなかった。やはりデーヴァ殿に会わせるべきではなかったようであるな」


「………………」


「こればかりは誰のせいでもない。デーヴァ殿の運が悪かっただけなのだ。……この世にはもっと不要な者が大勢いるというのに、なぜ彼のような立派な者がこのような大病に侵されるのだと嘆いたりもしたものだな」


 国王様の気持ちも分かる。元の世界でもテレビや映画などで難病に苦しむ人達を見るたびに、世の中にはもっと悪人がいるのに、どうしてこんな人達が苦しまなければならないのかと不思議に思う。


 子供を暗殺に使うような最低最悪の闇ギルドなんかがあるこの世界では尚更だ。はっきり言えば、あの闇ギルドのやつら全員分の命と引き換えに、この人を治してあげたいと思う人の方が多いだろう。


 こんな理不尽なことがあるから、元の世界にもこの世界にも神や仏はいないと思えてしまう。


「おっと、こんなことを話すつもりでもなかった。忘れろというのは難しいかもしれないが、あまり気にしないでほしい。デーヴァ殿もきっとそう思っているはずであるからな」


「はい……」


「ソーマはできることをやった。それでもできないことがあるのは当然だ」


「そうだ、それをソーマが気に病むのはお門違いってもんだぞ」


「ソーマは最善を尽くした。無理なものは無理で仕方のないこと」


 みんなが一緒にいてくれるのはとても心強い。慰めの言葉とわかっていても少し元気が出てきた。


「せっかくであるから、このまま食事でもいかがであるかな? ソーマ殿達が泊まっている宿の食事も美味しかったと思うが、この城での食事もなかなかのものであるぞ」


「そうだな、ソーマ。せっかくだからいただいていかないか?」


「ありがとうございます。でもその前にいくつかお話を聞きたいことができました」


 フロラは最善を尽くしたといってくれたが、それは違う。最善を尽くそうとするのはこれからである。




「とても大きいですね……」


「様々な地域から様々な分野の本を集めましたからね。この国で一番書物がある場所と言っても過言ではありません」


 コレットさんに案内してもらった場所は、この城の中にある書物庫だった。国王様から許可を得て、この城にある書物庫まで案内してもらった。中には大きな図書館並みの本があった。


「こりゃかなりの時間がかかりそうだな」


 フェリスの言う通りこの大きな書物庫をすべて調べるためにはかなりの時間が必要だろう。


「それでは私はこちらで失礼します。ご用が済みましたら、部屋の前にいる者にお声をお掛けください」


「はい、ありがとうございます」


 コレットさんはそういうと書物庫から出ていった。ここには俺やエルミー達と書物を管理する人だけしか残っていない。大切な書物がある場所というのに、俺達を入れてくれるということは、ある程度俺達のことを信用してくれているみたいだ。


 さて、この書物庫にやってきたのは、デーヴァさんの病を治す可能性を探るためだ。


「ソーマ、持ってくるのはでいいのだな」


「ああ、それで頼むよ」


 ドサッ


 エルミー達が次々と書物庫から本を持ってきてくれる。そして俺はそれに片っ端から目を通していく。


 この書物庫にくる前に国王様達からいろいろと話をして、このローマーク病という病気の情報やデーヴァさんの症状などを詳しく聞いた。


 実は俺は医師免許を持っていて、このローマーク病がどんな病かや治療法を知っている、なんて都合の良いことはない。


 しかし、俺にはこの世界にやってきた時に聖男せいだんというジョブの他にもうひとつ授かった能力がある。


「……うん、全部読めるな」


 そう、俺にはなぜだか分からないが、この世界の言葉を理解することができ、文字を読むことができる。そのことはすでにエルミー達には伝えてある。


 元の世界に歴史があるように、この世界にも長きに渡って積み重ねられた歴史がある。こちらの世界にも紙や羊皮紙のような物が昔からあり、その知識は遥か昔から蓄えられてきた。


 デーヴァさんが患っている病に対して、今この国には治療法がないのかもしれない。しかし、過去や別の国にはこの病の治療法が存在した可能性もある。この城の書物庫には歴史のある本が多く集められている。


 そう、可能性は低いが、他の人が読むことができない本の中に、ローマーク病の治療法が記されている可能性はゼロではない。


「……歴史の本、料理の本、教育の本、どれも違うな」


 みんなが読めない本をひとつずつ読んでいく。


「おっ、病気や薬に関しての本! これはどうだ………………駄目か。ローマーク病や似た症状については書かれていない」


 病気や薬など医療に関連することが書いてある本については内容を読んで、ローマーク病に関する記載がないかを確認していく。


「こっちも駄目か」


 あとは根気のいる作業となる。コレットさんから聞いた話だと、この書物庫にはまだ翻訳を終えていない本が数多く集められているそうだ。古い書物は奥の方にまとめられており、扱いは注意するようにと教えられた。






 だんだんと読み終わった本が積み上がっていく。しかし、この書物庫にはエルミー達に読めない本がまだかなりあるようだ。


「ソーマ、今日はもうこれくらいにしたらどうだ?」


「そうだね。ここにある本で今日は止めておこうか」


 デーヴァさんの体調はあまり良くない。この城の書物庫だけでなく、街の書店の本にも可能性があるから、急いで調べないといけない。


「……んっ、ちょっと待って。これはどうだ?」


 そして医療に関する本以外にもあるもうひとつの可能性。それは偉人達のやジョブに関する書物である。

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