第72話 もうひとりの男巫


「………………」


 ……さて、どうしようかな。このまま何もしなければ、俺を狙ってきたと思われる例の治療士が捕まえられて処罰されることになる。


 それはそれでとてもありがたいのだが、元の世界での倫理観を持っている俺からすると、本当にそれでいいのかという話にもなってくる。


 例の治療士から命を狙われている俺からすると、早急になんとかしてほしくはあるのだが、こちらの世界の処罰はおそらく厳しいものになると思うし、もしかしたら極刑もあり得る。


 さすがに確たる証拠もないのに、罪をでっち上げてまで処罰するのはどうかとも思う。もしも一連の襲撃が例の治療士によるものでなければ、冤罪で人を罰することになってしまう。


「さすがに罪をでっち上げてまで処罰してもらう必要はございません。証拠が見つかったあとに、相応の処罰が下ってくれればそれで十分です」


 まだ見たことのないそいつの罪をでっち上げて処罰するというのは、高校生の俺にとっては少し重い。甘いとは思っているが、このあたりが許せる範囲かな。


「……ふむ、証拠もなく、人を罰するわけではない。罪はきちんと暴かれるべきというわけですか。ソーマ殿がそう仰るのでありましたら、そのように致しましょう」


 いや、そこまで高尚なことではなく、単純に俺が罪をでっち上げることに加担したようで嫌なだけなんだけど……


「それでは早急に調査を進め、証拠を集めさせましょう。証拠が見つかり次第、たとえ他の貴族達に止められようとも、この国の法に則って厳正な処罰を下すということでよろしいでしょうか?」


「はい、それでお願いします」


「うむ、コレット、そのように進めよ」


「ははっ!」


 国王様はコレットさんにそう指示をした。


「しかし、証拠が見つかるまでに、またソーマ様が襲撃される可能性がございます。しばらくの間護衛を増やしたほうがよろしいのでは?」


「今回の襲撃はさすがに驚きましたが、もう同じ手はくらいません。それに俺には頼りになる護衛がおりますから!」


「ソーマ……」


 今回の子供を使った襲撃には完全に油断していたが、もう同じ手は食わない。みんなさらに警戒心を強めたし、俺自身ももう油断はしない。


 俺の回復魔法や解毒魔法が自分自身にも有効であることが分かったし、即死しない限りはどんな大怪我も治せるだろう。


「そちらの護衛の方々をとても信頼されているようですな。承知しました、すべてソーマ様の仰る通りにさせていただきます」


 とりあえずは俺の要望通りとなったようだ。ちゃんとした証拠が見つかり、正式な処罰が極刑となった場合には、その時こそ俺が止める必要もない。




「それではソーマ殿、他になにかご要望はございますかな?」


「そうですね。もしよろしければ、この国にいる男巫おとこみこと会わせてくれませんか?」


 この国にひとりしかいないという男巫。他の治療士にも会ったことがないし、いろいろと情報を集めたい。


「「「………………」」」


「えっと、駄目なようでしたら大丈夫ですよ。もしもポーションの検証もその人に手伝ってもらえたらなあ、なんて……」


 ……おかしいなあ。そんなに変なお願いだったかな?


 国王様にコレットさんにジャニーさん、なぜか3人でお互い気まずそうに顔を見合わせている。


「……ソーマ殿になら話しても大丈夫でしょう。どうぞこちらへ」




「国王様……」


「彼の名はデーヴァ殿だ。この国にいる唯一の男巫だ」


 国王様達に案内された部屋、豪華な装飾品や美術品などもなく、ベッドと机と椅子と本棚だけしかない質素な部屋。


 この部屋にあるベッドの上にはひとりの老人が寝ていた。長い間なにも食べていないのか痩せ細っており、意識がないようで、呼吸をする音だけが聞こえてくる。


「すまないが少し外してくれ」


「はっ!」


 国王様がそういうと、デーヴァさんの隣にいた女性が部屋を出ていった。


「彼女は彼の主治医だ。彼がこうなってからずっと彼の世話をしてくれている」


 主治医、ということは……


「デーヴァ様は半年ほど前に大病を患ってしまいました。この病は非常に稀な病で、だんだんと身体の力が衰えていき、最終的には呼吸すらも止まってしまうという恐ろしい病です」


 コレットさんが状況を説明をしてくれる。


「今のところ治療法は見つかっておりません。国中の医師から情報を集めましたが、デーヴァ様を治すことはできませんでした」


「………………」


「ソーマ様もご存知の通り、たとえ治療士様や男巫様の回復魔法であっても、病を治すことはできません。デーヴァ様ご本人も一度回復魔法を試されたのですが、病を治すことができませんでした」


「デーヴァ殿はとても立派なお方であった。治療士よりも珍しいジョブである男巫にもかかわらず、決して驕らず誰にでも優しかった。お金の払えない者達にはこっそりと無償で治療を行ってくれもしたな」


「……なるほど、とても優しいお方なんですね」


「ああ、実は私も彼に命を救ってもらったことがあるのだよ。……そうだな、デーヴァ殿はソーマ殿によく似ているのかもしれんな」


「……あの、俺も回復魔法を試してもいいですか?」


 男巫女であるデーヴァさん。しかし、俺はそれよりも上位のジョブである聖男せいだんだ。デーヴァさんを治療できる可能性はゼロではない。


「ええ、もちろんです。どちらにせよこのままでは治る見込みもございませんからな」


 かなり状況は悪いようだ……


 頼む、これで治ってくれ!


「ハイヒール、ハイキュア、ハイディスパトラ!」


 光がデーヴァさんを包み込む。


 しかし、デーヴァさんは起き上がることはなかった。


「くそ、駄目か……」

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