第52話 ハイヒール


 実際のところ、回復魔法を使って怪我が悪化する可能性はないだろうけど、こう言っておけば治療費なしで治療する建前にもなる。金貨10枚でもこの村の人達にとってかなりの大金だろう。


 とはいえ、他の人からはお金を取っている以上、無料で治療をしてそれが広まってしまうのはまずい。そのため村の人達には今回の治療の件については黙っていてもらう。それにハイヒールを人に使うのが初めてなのも本当のことだから、人体実験というのも過言ではない。


「そ、そんな実験だなんて……」


「マイス、どちらにしてもこのままじゃドリエは助からねえよ。それならこの人達に賭けるしかねえ」


「……うむ。治療士様と一緒にいる方々はAランク冒険者様じゃ。治療士というのも本当であろう。それに実験というのも方便じゃろう。本当に実験をする気じゃったら、わざわざそんなことを言うわけがあるまい」


 村長さんには少し見透かされている。だが、俺のせいでエルミー達やティアさん達に迷惑をかけるのはまずい。


「断っておきますが、彼女達は私が雇った冒険者で、私がすることとは関係ありません。たとえ治療ができなかったとしても、彼女達を責めることは絶対にないようにお願いします」


「当然でございますじゃ。仮に治療ができなかったとしても、冒険者様やあなた様を責めたりはしませぬ。ドリエもそれで良いな?」


「頼……む……」


「うう……お兄ちゃん、お母さんを助けてください!」


「……全力を尽くします」


 改めてドリエさんの前に立つ。胸や腹からは大量に出血をしており、顔は火傷で爛れている上に右腕は二の腕から先がない。


「ふう〜」


 今まで大勢の人の怪我を治してきたが、これほどの大怪我の人はほとんどいなかった。それに今回は初めて部位欠損を治療する。ここしばらくは回復魔法を使っていなかったが、あの感覚を思い出せ!


 ドリエさんを治したい! その気持ちをすべて込めろ!


「ハイヒール!」


「うわっ、眩しい!?」


「なんて光だ!」


 普段ヒールで治療をしている時よりも激しい光が、ドリエさんの身体の傷口を包み込む。するとみるみるうちに傷が治っていった。焼け爛れていた顔の火傷の痕は綺麗になくなり、千切れていた右腕は腕の根本から生えてきた。


「う……腕がある! 痛くない! あれだけあった痛みが綺麗さっぱりなくなっちまった!?」


「お母さん!」


「マイス!」


 治った右腕と左腕の両腕でマイスくんを抱きしめるドリエさん。……いかん、俺ってばこういうのに弱いんだよ。


「う、嘘だろ!? あの大怪我どころか魔物に食いちぎられた右腕まで生えてきやがった!」


「き、奇跡じゃ! これは奇跡じゃ!!」


 マガリスさんもランシュさんも、あの大怪我が一瞬で治ったことにものすごく驚いている。そりゃ初めて回復魔法の力を目の前で見たら驚いて当然だ。


「まさにこれは奇跡だ。神よ、今この場で奇跡の光景を見れたことを心より感謝いたします!」


 相変わらずティアさんは大袈裟である。あと俺に跪いて両手を組んで祈るのはやめようね。ほら、みんなも真似しちゃうじゃん!






「あれほどの大怪我どころか、この右腕まで治してくださった。ソーマ様のおかげで命拾いをしました! このご恩一生忘れません!!」


「ソーマ様、お母さんを助けてくれて、本当にありがとうございました!」


 ドリエさんの治療を終えたあと、ドリエさんとマイスくんは嬉しさのあまり泣きながら抱き合い、エルミー達以外は俺を祈ってくるという、なかなかカオスな状況から一旦は落ち着いた。


「いえ、俺は取引して魔法の実験をさせてもらっただけです。その実験の結果がうまくいっただけなので、あなた達がこれ以上恩を感じる必要はありません」


「それでも私はこのご恩を一生忘れません! たとえ本当に魔法の実験であったとしても、ソーマ様が私を治してくださったことは事実です! 私にできることなどたかが知れていますが、できることがあったらなんでも言ってください!」


「………………」


 気持ちはとても嬉しいのだが、王都からの帰り道もこの村に寄るかは分からないんだよな。


「わかりました。まずしばらくの間は絶対に安静にしていてください。怪我は治ったのかもしれませんが、体力まで元に戻ったわけではないと思いますし、怪我が完全に治ったのかもまだ分からないですからね。


 それと先程約束したように、今回俺がドリエさんを治療したことは秘密にしておいてください。いずれはバレてしまうかもしれませんが、少なくとも俺の名前は出さないでくださいね」


「はい、わかりました!」


「僕も絶対に言いません!」


 さすがにあの大怪我が治るだけならまだしも、右腕が生えてきたとなると、すぐに周りの人達にバレてしまうかもしれない。少なくとも俺の名前だけは秘密にしておいてもらうとしよう。


「ソーマ様、ドリエを助けていただきまして本当に感謝しております。金貨100枚は支払えないのですが、せめて昨日いただきました宿泊代や食料の代金はお返しさせてください」


「いえ、先程も言いましたが今回は実験ですので、先程の約束を守ってくれれば報酬はいりません。俺は普段アニックの街におり、金貨10枚で治療をしています。少し遠いかもしれませんが、もしまた大怪我をした人がいたら連れてきてください」


「き、金貨10枚!? それならば、かき集めればこの村でも集められるかもしれません! ソーマ様、あなたはまさに男神様のようなお方です!」


 ……いや、もうそれはいいから。




 ドリエさんの怪我を無事に治すことができ、王都へと出発した。今回の件によって、ハイヒールにより欠損部位まで回復できることがわかったし、アレックの街に帰ったら他の患者さんも治してあげないとな。

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